表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された薬師令嬢は、辺境で毒見役にされたはずが王弟殿下の命を救ってしまいました  作者: はてなるあてな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/50

第37話「星三つの鍵は、水音のする部屋を開けました」

トマは王弟府へ運ばれた。


眠り薬は浅い。


だが、箱の中で息を潜めていた時間が長い。


私は彼の手を温めながら、少しずつ水を含ませた。


「水音がしたのですね」


トマは小さく頷いた。


「箱の外で、ずっと。ちゃぷ、ちゃぷって」


「女の声は」


「リディア様じゃない声でした」


偽名を覚えている。


小姓の耳は、宮中で生きるために鍛えられている。


「どんな声でしたか」


トマは考えた。


「お年を召した方みたいに、ゆっくり。でも、歩く音は若かったです」


年寄りの声。


若い足音。


誰かが声を変えていた。


ハロルドが帳面に書く。


「王太后宮の水庭へ続く旧控え室に、星三つの鍵穴があります」


エルネスト殿下が黒い鍵を机に置いた。


「行く」


「殿下」


私は鍵を見た。


黒く塗られた鉄。


塗りの隙間に、銀色が見える。


「この鍵にも薬が塗られています」


ラーニャが舌打ちした。


「触った」


「手を見せてください」


彼女の指先は赤くなっていた。


強い毒ではない。


だが、皮膚を荒らし、印を残す薬だ。


「鍵を持った者を後で見つけるための薬です」


エルネスト殿下の目が細くなる。


「鍵を盗まれたのではなく、追跡するつもりだったか」


「はい。相手は、鍵を使わせたいのかもしれません」


それでも行くしかない。


行かなければ、向こうの道は見えない。


私は鍵を油紙で包み、薬を落とした。


王太后宮は、王妃宮より静かだった。


人の気配が少ない。


壁には古い星の紋。


廊下の奥から、水音が聞こえる。


ちゃぷ。


ちゃぷ。


トマが箱の中で聞いた音だ。


グラント卿が低く言った。


「ここから先は、先王の時代の水庭です。公式には閉鎖」


「また公式には、ですね」


私の言葉に、誰も笑わなかった。


扉は小さかった。


星三つの彫り。


鍵穴の周りに、黒い塗り跡。


私は濡れ布を当て、銀針で少しこすった。


甘い匂い。


白眠草ではない。


声をかすれさせる薬だ。


「ここを開けた人は、しばらく声が出にくくなります」


「証言を潰すためか」


「はい」


私は鍵を布越しに差し込んだ。


古い音がした。


扉が開く。


中には水庭があった。


月明かりの入らない庭。


浅い池。


枯れた水草。


壁に沿って、細い通路。


その奥に、衣装箱を置ける広さの部屋がある。


床には新しい擦り跡。


トマの箱は、ここに運ばれた。


「紙があります」


ハロルドが机の上を指した。


濡れた紙束。


乾かせば読める。


私は一枚をそっと広げた。


人名ではない。


声の一覧。


王妃。


王太后。


第二王子。


奥医師。


王弟。


それぞれの横に、声の癖が書かれている。


「声真似の台帳です」


ラーニャが顔をしかめた。


「そんなことまで」


「蝋に声を残す道具がありました。逆もできます。声を覚え、似せる」


銀の蛇の女が残した声。


あれは本当に彼女の声だったのか。


それとも、誰かの声を借りたものか。


奥の棚に、小さな面布が並んでいた。


香を染み込ませた面布。


声を変え、顔を隠し、薬で相手の声を奪う。


黒帳の主は、人の名だけでなく声まで盗んでいた。


エルネスト殿下が台帳を閉じた。


「これで、王太后宮の部屋が使われていたことは証明できる」


「王太后様ご本人の関与は、まだ証明できません」


私は言った。


「ですが、誰かが王太后宮の名と場所を使っています」


その時、水庭の奥で水が跳ねた。


ラーニャが走る。


暗い通路の先で、黒い影が動いた。


追う前に、池へ何かが投げ込まれる。


小さな瓶。


水が赤く濁った。


「触らないで!」


私は叫んだ。


赤い水の中で、紙片が浮いた。


文字は溶けかけている。


それでも一行だけ読めた。


「次の声は、王弟のもの」


星三つの鍵は、水音のする部屋を開けた。


そこには、人の声を奪い、別の命令に変えるための台帳が眠っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ