第7話 見えない感染症
二〇二〇年一月の終わり、テレビは毎日同じ映像を流すようになった。
白い防護服。マスクをした群衆。封鎖された中国の都市の、誰もいない大通り。
俺は、その映像を知っていた。
知っていたというより、覚えていた。この先に何が起きるかも、だいたい覚えていた。横浜の港に停まる大きな客船。春の学校の一斉休校。延期される世界的なスポーツの祭典。夏の、その次の夏の、さらに次の冬の波。
ただ、覚えているのはニュースの見出しだけだ。
二〇二〇年の俺は、防衛政策局の係員だった。感染症の対策には、何一つ関わっていなかった。どの役所がいつ何を決め、その裏で誰が何を間違えたのか。そういう細かいことは、何も知らない。
報告書を書いたときも、そうだった。あの報告書は戦争のことしか扱っていない。感染症の三年間は、第一章の「時代背景」に二行書いただけだった。
――二〇二〇年から二〇二三年にかけての感染症の世界的流行は、国際的な供給網の脆弱性を明らかにした。しかし、その教訓は有事への備えには十分に反映されなかった。
二行。
その二行の中に、何万人もの死が入っている。
「砂川くん、明日から臨時の応援、行ける?」
二月の最初の月曜日、三好が言った。
「統幕の運用のほうで、人が足りないんだって。横浜の船の件。若手を何人か出してくれって、局に依頼が来てる」
「行きます」
即答した俺に、三好は少し驚いた顔をした。
「早いね。まあ、助かるけど。感染の心配もあるし、嫌なら断っていいんだよ」
「大丈夫です」
大丈夫かどうかは、分からなかった。この時期にウイルスがどう広がるのか、俺は詳しく知らない。ただ、何もしないでいることのほうが、ずっと耐えられなかった。
応援先の仕事は、地味だった。
港に停まった客船へ、自衛隊の医官や看護官、物資を送り込む。その段取りを、市ヶ谷の地下で調整する。俺の担当は、物資の一覧表を毎日更新することだった。マスク、手袋、防護服、消毒液。どこの倉庫に、何が、いくつあるか。
簡単な仕事のはずだった。
実際には、一覧表は毎日空欄だらけだった。
「この倉庫の防護服、いくつ残ってます?」
「確認します」
電話をかけて、確認して、書き込む。翌日には、もうその数字は違っている。別の部隊が使ったのか、厚生労働省に融通したのか、そもそも最初の数字が間違っていたのか。
夜の十一時、同じ部屋で作業していた医官の一人が、背伸びをしながらぼやいた。
「物が足りないんじゃないんだよな」
四十代の、二等陸佐だった。顔に、マスクの跡がくっきりついていた。
「どこかには、ある。でも、どこにあるか分からない。分かったときには、もうない。物が足りないんじゃなくて、物がどこにあるかの情報が足りないんだ」
俺は、手を止めた。
報告書の第九章。「避難および国民保護」。
――開戦後、九州の受け入れ先自治体は、避難者のための食料・毛布・医薬品の不足を訴えた。しかし、同時期に政府の備蓄倉庫には相当量の在庫が存在していたことが、事後の調査で確認されている。
物はあった。でも、どこにあるか分からなかった。
同じことが、十年後にもう一度起きる。
「どうしたの、ぼーっとして」
医官が、こちらを見ていた。
「いえ。……今おっしゃったこと、書き留めてもいいですか」
「何を」
「物が足りないんじゃなくて、物がどこにあるかの情報が足りない、と」
医官は、変なやつだという顔をした。
「別にいいけど。誰でも分かることだよ」
「誰でも分かることは、誰も書かないので」
俺はノートに、その言葉を書いた。日付と、医官の名前と一緒に。
二月の半ば、応援の仕事が一段落した日の夜。
俺は奥寺に、帰り際に声をかけられた。
「応援、お疲れさま。大変だったでしょ」
「いえ。勉強になりました」
「勉強ね」
奥寺は、エレベーターのボタンを押しながら言った。
「みんな、春には落ち着くって言ってるけど。きみはどう思う」
どう答えるべきか、迷った。
本当のことを言えば、これから三年かかる。何度も波が来て、そのたびに病院が溢れる。いま言えば、たぶん、変わり者だと思われて終わりだ。言わなければ、何も変わらない。
いや。何も変わらないとは限らない。
俺が言っても言わなくても、たぶん、感染症の流れは大きくは変わらない。一人の係員の意見で、国の方針は動かない。それでも、聞いた人の頭の中には残る。奥寺自身が、そう教えてくれた。
「落ち着かないと思います」
俺は言った。
「春には終わらない。夏にも、たぶん終わらない。何年か、かかると思います」
「……根拠は」
「ありません。ただ、そう思います」
エレベーターの扉が開いた。奥寺は乗り込まず、俺の顔を見ていた。
「きみ、去年もそういう顔をしてたね。概算要求の締め切りがある、って言ったとき」
「……」
「まあいいや。僕も、春には終わらないと思ってる。だから、うちの課の在宅勤務の準備、今のうちに進めておくよ。パソコンの台数、全然足りないから」
奥寺はそれだけ言って、エレベーターに乗った。
扉が閉まる直前、彼は付け加えた。
「砂川くん。根拠がないことを言うときは、相手を選びなさい。僕は選ばれたと思っておくよ」
その夜、官舎で、俺は一つのルールを決めた。
ノートの最初のページに書きつける。
一、人の命に直接関わることは、迷わず使う。
二、ただし、知っている理由は誰にも言わない。
三、使った結果、何が変わったかを必ず記録する。
それから、母に電話をかけた。
「どうしたの、こんな時間に」
「母さん。しばらく、那覇にも本土にも行かないで。人の多いところは避けて」
「なによ急に。宮古は大丈夫よ。まだ誰もかかってないもの」
「今は、ね。でも、そのうち来る。観光客が来るから」
「……透、あんた、なんか知ってるの?」
電話の向こうで、母の声が少し低くなった。
「防衛省で、何か聞いたの?」
「聞いてない。ただ、そう思うだけ」
ルールの二つ目。知っている理由は、誰にも言わない。
「美月は、四月から那覇のホテルだよね」
「そうよ。入社式は延期になるかもって、連絡が来てたけど」
「美月にも言っておいて。手洗いと、マスク。それから、もし仕事が休みになっても、焦って辞めないでって」
「辞める? なんで辞めるのよ。まだ入ってもいないのに」
「……観光の仕事は、しばらく大変になると思うから」
母は、しばらく黙っていた。
「分かった。伝えとく」
それから、少し笑った。
「あんた、昔から心配性だったけど。東京行って、もっとひどくなったわね」
電話を切ったあと、俺は眠った。
地下室にいた。報告書を開く。
第三章、人的被害。第五章、防衛。第八章、経済。
どの数字も、変わっていなかった。
百十六。二十六。三千九百六十二。千七百四十一。
当たり前だった。
この報告書は、戦争の数字しか数えない。
俺が今日、誰かに手洗いを勧めて、それで一人の命が助かったとしても、ここには載らない。逆に、俺が何かを間違えて、誰かを死なせたとしても、それも載らない。
報告書は、二〇二九年四月二日から五月十四日までのことしか記録しない。
俺は、第一章を開いた。
時代背景。感染症の世界的流行。二行。
その二行は、まったく変わっていなかった。
目を覚ますと、窓の外で雨が降っていた。
俺はノートを開き、ルールの下に、医官の言葉を書き写した。
〈物が足りないんじゃない。物がどこにあるかの情報が足りない〉
この三年間で、この国は何度も同じことを学ぶ。マスクで、消毒液で、ワクチンで。
学んだことを、十年後まで覚えておけるかどうか。それは、たぶん誰かが紙に書いておくかどうかで決まる。
開戦まで、あと三千三百三十九日。




