記録一 令和元年の一行
これは、書き換えられ始めた記録である。
【二〇一九年八月三十日 東京都千代田区・大手町】
全国紙の朝刊は、防衛省の概算要求を一面で報じた。
見出しには「過去最大」の文字が並んだ。宇宙を担当する新しい部隊、最新鋭のステルス戦闘機、護衛艦を空母のように改修する計画。解説記事は、周辺国との軍拡競争への懸念と、厳しい財政事情を指摘していた。
二千万円の調査研究について触れた記事は、一本もなかった。
【二〇一九年十月 東京都千代田区・霞が関三丁目】
財務省主計局の主査・柏木は、深夜の執務室で、防衛省のヒアリング記録を読み返していた。
防衛費は毎年増えている。だが、国の借金も毎年増えている。彼の仕事は、その間に一本の線を引くことだった。
一つの項目に、付箋を貼った。
〈布石と明言。来年度以降の要求につき要注意。ただし説明は誠実〉
その付箋が十年後に何を意味するかを、彼はもちろん知らなかった。
【二〇一九年十一月 沖縄県那覇市・那覇基地】
夜勤の整備員が、駐機場に並んだ戦闘機の点検をしていた。
照明に照らされた機体は、等間隔に並んでいる。そのほうが整備しやすく、離陸の順番も管理しやすい。何十年も、そうしてきた。
すぐ隣の滑走路を、最終便の旅客機が降りてきた。観光客を乗せた機体だ。民間の空港と自衛隊の基地が、一本の滑走路を分け合っている。
整備員は、そのことを特に何とも思わなかった。ここで働く人間にとって、それは当たり前の風景だった。
【二〇一九年十二月 台湾・新竹】
世界最大の半導体受託製造会社の工場では、最先端の製造ラインが二十四時間止まらずに動いていた。
この年、日本が輸入した半導体のおよそ半分は、台湾で作られたものだった。そのうちの多くが、日本の自動車や家電の部品として、海を渡っていった。
日本の工場の多くは、在庫を極力持たない方式で動いていた。必要な部品を、必要なときに、必要なだけ。それがいちばん効率がよかった。
海が止まらない限りは。
【二〇一九年十二月 東京都千代田区・霞が関一丁目】
経済産業省の資源エネルギー庁では、液化天然ガスの調達に関する会議が開かれていた。
議題は、価格の安定と、長期契約の見直しだった。日本の電力会社が持つLNGの在庫は、通常二週間分程度。それ以上は、ためておく場所も、ためておく理由もない。供給は、オーストラリアやカタール、東南アジアから、途切れることなく届いていた。
出席者の誰も、海が止まる日のことは議題にしなかった。
【二〇一九年十二月二十日 東京都千代田区・永田町】
令和二年度予算案が、閣議で決定された。
一般会計の総額は百兆円を超え、過去最大を更新した。防衛関係費も、八年連続で過去最大となった。
その中の、千五百万円。
調査研究の報告書は、二年後に提出される。その報告書を根拠に、三年後、二つの基地で簡易型の掩体の建設が始まる。五年後には、それが七つの基地に広がる。
そうなる、かもしれない。まだ、誰も知らない。
【二〇一九年十二月三十一日 沖縄県宮古島市】
平良港の待合所は、年越しを島で過ごす帰省客で混み合っていた。
大きな荷物を抱えた家族連れ。迎えに来た祖父母。子どもたちの笑い声。
駐車場には、車が整然と並んでいた。港の周りに、頑丈な建物は一つも増えていなかった。
【同日 中国・湖北省武漢市】
市の衛生当局が、原因不明の肺炎の発生を公表した。
日本でこのニュースを気にとめた人は、ほとんどいなかった。
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『第一次台湾海峡戦争に関する国家検証報告書』 記録の書き換え
改変前 → 現在
自衛官戦死者 二,一一四名 → 二,一一四名
民間人死者 三,九六二名 → 三,九六二名
うち先島諸島 一,七四一名 → 一,七四一名
航空自衛隊 航空機損失 一一八機 → 一一六機
うち初動七十二時間の地上損失 八一機 → 七九機
海上自衛隊 艦艇損失 二六隻 → 二六隻
先島諸島 避難未完了者 約六〇,〇〇〇名 → 約六〇,〇〇〇名
首都圏 計画停電日数 八七日 → 八七日
初年度実質GDP −一一・八% → −一一・八%
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書き換えられた数字は、まだ二つだけである。




