記録〇 二〇二九年四月二日
これは、書き換えられる前の記録である。
【午前五時〇九分 沖縄県・嘉手納町】
新聞配達のバイクを止めた男の携帯電話が、聞き慣れない音で鳴った。
〈ミサイル発射。ミサイル発射。建物の中、または地下に避難してください〉
男は空を見上げた。夜明け前の空は、まだ群青色だった。
三分後、嘉手納基地の方角で、地面が持ち上がるような衝撃が走った。音は、そのあとから来た。
【午前五時十二分 宮古島市・平良港】
岸壁から四百メートルほど内陸の駐車場に、約二千人が並んでいた。避難三日目。第三便のフェリーは午前六時に出る予定だった。
前日に配られた整理券は、八時までの分が終わっていた。並んでいた人の多くは、整理券を持たないまま、それでも列に加わった家族だった。
警報は鳴った。逃げ込める建物は、港の周りにほとんどなかった。
【午前五時四十分 東京都千代田区・首相官邸】
危機管理センターの大型モニターに、着弾地点の一覧が表示されていく。嘉手納、那覇、宮古、石垣、与那国。その下に、岩国と佐世保が加わった。
総理大臣が、武力攻撃事態の認定を閣議に諮る。
予測事態の認定から三日。避難は、半分しか終わっていなかった。
【午前八時 福岡空港】
受け入れ計画では、福岡県は約四万七千人の避難者を担当することになっていた。九州・山口の受け入れ先の中で、最も多い数だ。
国内線の到着ロビーに、石垣からの臨時便の乗客が降りてくる。泣いている子ども。何も持たずに乗った老人。
受付の県職員は、名簿と照らし合わせながら、ある欄が空白のままであることに気づいていた。
昼すぎ、那覇空港の滑走路が使えなくなったという連絡が入る。午後の便は、すべて欠航になった。
【午前九時 東京都中央区・日本橋兜町】
東京証券取引所は、取引開始と同時に売り注文で埋まった。日経平均の先物は、開始から十二分でサーキットブレーカーが発動した。
円は買われなかった。ドルに対して、一日で十一円下落した。日本が当事国になったからだ。
【正午 愛知県豊田市】
自動車部品メーカーの工場長は、調達部から一枚のメモを受け取った。
台湾からの半導体の入荷予定、すべて未定。
この工場で使うマイコンの六割が台湾製だった。在庫は九日分。
工場長は社内チャットに「ライン停止の可能性」と書き込み、送信する前に三回読み直した。
四月十一日、完成車メーカー各社は国内全工場の稼働を停止した。
【午後三時 鹿児島県・志布志湾】
国家石油備蓄基地の職員は、放出準備の指示を受けた。石油の備蓄は、二百五十日分を超えていた。
足りなくなったのは、石油ではなかった。
【四月十三日 経済産業省】
電力大手のLNG在庫が、百二十万トンを割り込んだ。
日本は液化天然ガスを長期間ためておけない。開戦時点の在庫は二週間分に満たなかった。南西海域での船舶への妨害が始まり、海上保険の引き受けが止まると、カタールやオーストラリアからのタンカーは、遠回りの航路を取るか、日本に来るのをやめた。
四月十五日、首都圏で計画停電が始まった。一日四時間、地域を輪番で。
それは、八十七日間続いた。
【四月十八日 熊本県八代市】
多良間村から避難してきた八十代の女性が、旅館の一室で、受け入れ担当の市職員に尋ねた。
「いつ、帰れるんでしょうか」
職員は答えられなかった。答えを知っている人は、日本のどこにもいなかった。
【五月十四日 停戦】
中国人民解放軍の台湾本島への上陸作戦は、失敗に終わった。台湾は自治を保った。
テレビは「事実上の勝利」と報じた局と、「勝者なき戦争」と報じた局に分かれた。
夜の渋谷のスクランブル交差点では、信号機の半分が消えていた。人々は、自分が喜ぶべきなのかどうか分からないまま、黙って交差点を渡っていた。
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『第一次台湾海峡戦争に関する国家検証報告書』より抜粋
自衛官戦死者 二,一一四名
民間人死者 三,九六二名
うち先島諸島 一,七四一名
航空自衛隊 航空機損失 一一八機
海上自衛隊 艦艇損失 二六隻
先島諸島 避難未完了者 約六〇,〇〇〇名
首都圏 計画停電日数 八七日
初年度実質GDP −一一・八%
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