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台湾有事で焦土となった日本から、防衛官僚は開戦十年前に還った ~被害報告書の数字を、俺が一つずつ減らしていく~  作者: なまら呑兵衛
第一章 入省編

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記録二 令和三年の秋


 これは、書き換えられ始めた記録の、二年目である。


【二〇二〇年三月二日 全国】

 全国の小学校、中学校、高校が、一斉に休校した。

 ドラッグストアの棚から、マスクが消えた。トイレットペーパーが消えた。消毒液が消えた。

 物は、どこかにあった。工場にも、倉庫にも、問屋にも。ただ、どこにどれだけあるのかを、誰も正確に知らなかった。

 この春、日本中の人が同じことを学んだ。そして、夏が来るころには、ほとんどの人がそれを忘れていた。


【二〇二〇年三月二十六日 沖縄県那覇市】

 那覇空港の第二滑走路が、使用を開始した。

 開港式典は、感染症の影響で規模を縮小して行われた。地元の新聞は、観光客の受け入れ能力が大きく増えると報じた。

 その日の到着便は、半分近くが欠航していた。


【二〇二一年一月 東京都千代田区・永田町】

 国会の委員会で、週刊誌の記事が取り上げられた。

 「敵に弾を数えさせろ」。質問に立った議員は、その言葉を三回読み上げた。大臣は、特定の国を想定した検討を行っている事実はない、と答えた。

 翌週、その話題は国会から消えた。


【同月 海の向こう】

 ある国の軍の研究機関で、一人の研究員が、日本の週刊誌の記事を翻訳していた。

 日本語の雑誌を定期的に読み、日本の防衛政策に関わる記事を要約して上に報告する。それが彼の仕事だった。毎週、何十本もの記事を処理する。ほとんどは、何の価値もない。

 その記事には、付箋をつけた。

 〈日本側、航空基地の分散と欺瞞を検討中。若手官僚レベル。予算化の有無は不明。要継続観察〉

 三か月後、彼の要約は、ある部隊の訓練計画の参考資料の一つになった。


【二〇二一年一月〜三月 愛知県・群馬県・栃木県ほか】

 自動車メーカー各社が、半導体の不足を理由に、相次いで減産を発表した。

 原因は、世界的な需要の急増と、一部の工場の火災や寒波による停止だった。台湾の工場は、止まっていなかった。止まっていないのに、足りなかった。

 部品メーカーの工場長は、社内の会議で言った。

「もし本当に台湾が止まったら、こんなもんじゃ済まないぞ」

 会議室の誰も、その言葉に答えなかった。


【二〇二一年四月 沖縄県那覇市・沖縄防衛局】

 本省から異動してきた三好は、着任の翌週、宮古島市の防災担当の職員と初めて顔を合わせた。

 議題は、駐屯地の周りの騒音対策だった。三十分の予定の打ち合わせが、一時間半になった。

 帰り際、三好は何気なく尋ねた。

「宮古で、もし島の人が全員避難しなきゃいけなくなったら。何日くらいかかると思います?」

 市の職員は、少し考えてから答えた。

「船と飛行機を全部かき集めても、一週間じゃ無理じゃないですかね。それより、まず、みんな出ようとしないと思いますよ。島の年寄りは、特に」

 三好は、その言葉を手帳に書き留めた。


【二〇二一年七月二十三日 東京都新宿区・国立競技場】

 一年遅れの大会の開会式が、観客のいないスタジアムで行われた。

 花火が上がり、ドローンが夜空に地球を描いた。テレビの前で、何千万人もの人がそれを見ていた。

 同じ夜、国家安全保障局の経済班の島では、二人の若手が、液化天然ガスのタンクの容量の一覧表を作っていた。


【二〇二一年十月四日 台湾周辺空域】

 中国軍機五十六機が、一日で台湾の防空識別圏に進入した。過去最多だった。

 そのうち八機は、台湾の東側を回り込み、与那国島の南の空域をかすめて飛んだ。

 日本のテレビは、五十六という数字を大きく報じた。八機の編隊について触れた報道は、なかった。


【二〇二一年十月 東京都千代田区】

 防衛省が民間の研究機関に発注した調査研究の報告書が、納品された。

 題名は、『大規模災害等における航空基地の機能維持・早期復旧に関する調査研究』。

 結論の章には、簡易型の掩体の整備、分散先となる飛行場の事前の指定、滑走路の補修資材の備蓄が、優先度の高い対策として並んでいた。

 報告書は、二百部印刷された。そのうち一部は、防衛計画課の奥寺の机の上に置かれた。

 奥寺は、表紙に赤ペンで小さく書き込んだ。

 〈令和五年度要求 根拠資料〉


―――――――――――――――――――――――――

『第一次台湾海峡戦争に関する国家検証報告書』 記録の書き換え


               改変前 → 現在

自衛官戦死者        二,一一四名 → 二,一一四名

民間人死者         三,九六二名 → 三,九六二名

 うち先島諸島       一,七四一名 → 一,七四一名

航空自衛隊 航空機損失    一一八機 →  一一四機

 うち初動七十二時間の地上損失 八一機 →   七七機

海上自衛隊 艦艇損失      二六隻 →   二六隻

先島諸島 避難未完了者   約六〇,〇〇〇名 → 約五九,〇〇〇名

首都圏 計画停電日数      八七日 →   八七日

初年度実質GDP        −一一・八% → −一一・八%


追記された記述

・第四章 中国軍は二〇二一年以降、分散した小規模飛行場への攻撃を想定した訓練を実施

・第十三章 国家安全保障局において、海上交通途絶を想定した非公式な検討が行われていた

―――――――――――――――――――――――――


 減った数字があり、増えた数字がある。

 鏡の向こうでも、誰かが記録をつけ始めていた。

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