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9 収穫祭(1)

 どうしてこうなった――瀟洒な屋敷を見上げ、シュカは嘆息した。

 此処は王宮嫌いのユーリがよく使用するという別邸である。門構えからして大変立派で、馬車の窓からちらりと覗ける庭もきちんと手入れが施されているようだった。

 シュカは死んだ目で門を見上げる。やはり断ればよかった。どうして断ることができなかったのか――

 そもそものはじまりは、収穫祭の期間、一週間授業が休みになると知らされたところまで遡る――

「シュカ、この休みはなにをするんだ?」

「帰省するひとも多いよね。まあ、シュカ君は相変わらず部屋に籠もってそうだけど」

 先生にそれを告げられ生徒たちが沸き立つなか、ユーリとディーはシュカに問うてきた。

「そうですね、学院の施設は開放されているとのことなので、図書館と寮で過ごします」

 シュカが淡々と云ってのけると、ディーが大袈裟に肩を竦めた。

「勿体ない! 勿体ないよ、シュカ君! 街には屋台も出て行商人も行き来するんだよ? お祭りムードなんだよ? 外に出ないなんて人生損してるよ!」

「そう云われましても……」

 食や衣類、アクセサリーの類いにも興味はなかったし、人混みのなか外へ出るのも億劫だった。

「シュカ、よければなんだが、うちの別邸に滞在しないかい?」

 ユーリがそう提案する。

「別邸に?」

「前に話しただろう。私は王宮が窮屈で嫌いだから、別邸に帰ることが多いんだ。そこでならシュカものびのび過ごせるんじゃないかと思ってな」

「ナイスアイディア! 食事は美味しいし、浴槽も広いよ? どうどう?」

 ディーもまるで我が事のように勧めてくる。

「いえ、僕は――」

 王子の“友人”としてそんなところに滞在しようものなら、素性を探られるかもしれない。そのような危険な橋を渡るのなどもってのほかだった。

「そうだな、シュカをひとりにしておくと本に熱中しすぎて食事を疎かにするかもしれないし、一歩も外に出ないなんて健康にも悪いからな」

「うんうん。その点ユーリ君の家なら健康管理もばっちりしてもらえるよね」

「いや、だから、僕は――」

「そうと決まれば使用人に連絡しておくよ。友人と過ごす休暇、楽しみだな」

 ユーリが決定事項のように告げる。

 ディーもまた、せっかくだから夜市に遊びに行こうなどと算段を立てている。

 これは、自分も滞在することが決定されているのだろうか――楽しそうにするふたりを前にいまさら断る術など持たず、シュカは盛大にため息をついたのだった。

 

 こんな筈ではなかった。それが、あれよあれよという間に荷造りをさせられ、馬車に乗せられ、気づけば別邸に到着していたというわけだ。

 シュカの憂鬱そうな顔色を見て取ったのか、ディーがその細い肩に手を置く。

「シュカ君、案外押しに弱いよね。そんなんじゃあ、変な輩に目をつけられないか心配だよ」

 そう云ってにやにや笑うディーの手を、さっと払いのける。笑みを返すのも忘れない。

 押しに弱い――そうなのだろうか。たしかに、シュカに押し通したい自我などというものは存在しない。そもそも、それを持つことも許されてこなかったのだから仕方がないだろう。

「ディー、シュカは純粋なんだ。あんまりからかうんじゃない」

 純粋、なんだそれは――的外れな援護射撃もいいところだ。シュカは思わず真顔になってしまう。

 そうしているあいだにも、馬車寄せに馬車が止まり、ユーリから順番に下りてゆく。

 玄関には使用人たちが集まっていた。

「お帰りなさいませ、ユリウス様」

「ようこそお越しくださいました、ディードリヒ・ナイツェン様、シュカ・リンドウ様」

 別邸と聞いていたが、随分と仰々しい出迎えだ。案の定ユーリが、「総出での出迎えはよしてくれと云っただろう」と文句をつけている。

「お荷物お持ちいたしますね」

 初々しい使用人の少女が、シュカの荷物を受け取る。

「アイリスと申します。滞在中リンドウ様のお世話をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」

 どうやら、シュカが性別を偽らなくてもいいよう配慮されているようだった。

 通された部屋は、比較的落ち着いたトーンの内装で安心した。豪奢な部屋など落ち着かないだろうから、これくらいが丁度よい。

「お夕食まで時間がありますから、お好きに散策してくださって構いません。では、なにか御用がありましたらお呼びください。失礼いたします」

 アイリスが下がると、シュカはほっとひと息つく。過剰に世話をされるのは慣れていない。これくらいの距離感でいてくれるのなら、滞在中もさしてストレスにはならないだろう。

 トランクケースを開け軽く荷解きをしていると、早速扉がノックされた。

「シュカ。ユーリだ。ちょっと出られるかい?」

「少々お待ちを」

 扉を内側から開けると、ユーリがひとりで佇んでいた。

 ディーが一緒でないのは珍しい。目を瞬かせていると、それを悟ったのかユーリが、ああ、と呟いた。

「この屋敷はセキュリティがしっかりしているからな。ディーも羽を伸ばせるというわけだ」

「なるほど、一応護衛でしたね」

「そう、あれでも一応」

 ユーリは相変わらずの真顔で頷くものだから、笑いどころに困る。

「……それで、なにか御用でしたか」

「ああ、そうだ。今夜は夜市に出向こうとディーと相談していて。夕食は控えめにしてもらおうと思うのだが、シュカも一緒にどうだ?」

「夜市ですか」

「屋台がたくさん出ていて、ダンスやショーなんかの娯楽も見られる。楽しいぞ」

 心なしか、ユーリの目が輝いている。

 娯楽に興味はなかったが、善意で誘ってくれているのがわかる分、断りにくかった。

「まあ、いいですけど……」

「ほんとうか! ディーも喜ぶ。それじゃあまた、夕食後に!」

 ユーリは嬉々として去っていった。

 シュカはその後ろ姿を見送りながら、ため息をつく。

 また断れなかった。ユーリたちは、断って気分を害するような人間ではない筈だのに――やはり自分は押しに弱いのだろうか。

 まあ、これもひとつの経験だろう。

 部屋に戻ると、シュカは荷解きの続きに入ったのだった。


「リンドウ様、お夕食の時間です」

 シュカが持ち込んだ本の頁を捲っていると、扉のノック音が響いた。

 はっと顔を上げる。掛け時計を見ると、時刻はもう十八時を回っていた。

「はい、いま行きます」

 外へ出ると、アイリスが緊張した面持ちで出迎えてくれた。

 まだ新人なのだろう。その心情が此方にも伝わってきて、シュカまで肩に力が入ってしまう。

「此方でございます」

 案内された部屋には、すでにユーリとディーの姿があった。

「シュカ君、きたきた。待ちくたびれたよ」

「そんなに待っていないだろう? シュカ、安心してくれ」

「やだなあ、言葉の綾ってやつさ」

 ふたりのやりとりを聞いていると、自然と肩の力が抜ける。

 シュカは、長テーブルの一角に座った。

 此方もまた簡素な食堂で、シュカは安堵した。

「本日のメインメニューは白身魚のムニエルでございます」

 食前酒、前菜に続き、メインメニューが登場する。このあと夜市に繰り出すことを考えれば、これくらいの量が丁度よかった。

 淡白な味付けで、それもシュカの好みである。この国の食事は味が濃く喉を通らないことも多かったから、助かった。

「シュカは食が細いようだからセレン帝国風の味付けにしてもらったんだ。口に合うか?」

「――それは、お気遣いありがとうございます。とても美味しいです。しかしユーリたちには物足りないのでは?」

「このあと屋台でたんまり肉を食べる予定だからいいんだよ」

 ディーがにこやかに付け加える。案外気遣いのできる男なのだ。

「……ありがとうございます」

 デザートに軽めの甘味が出てきて、夕食会は御開となった。

「それじゃあ、三十分後に玄関に集合しようか」

「わかりました」

「治安はいいとはいえ掏摸もいるかもしれないから、荷物は最低限にね」

 治安がよい国とは聞いていたが、祭りの夜だ。そんなこともあるのだろう。

 シュカは頷くと、自室へと引き上げた。

 せっかくだからお洒落でもしたらどうかと云うユーリの言を丁重にお断りして、シュカはいつもどおりの服を身に纏う。制服以外でも男装をすることに慣れてしまっていたため、シャツにトラウザーズ、薄手のコートというシンプルなコーデになった。眼鏡は、今日はいいだろう――幻術もかけず、そのままで出ることにした。

 シュカが早めに玄関に着くと、そこにはすでにふたりが待っていた。

「すみません、お待たせしました」

「いいや、いま来たところだ――あれ」

 ユーリがシュカの顔を覗き込む。

「今日は幻術を使っていないんだね。やはり、奇麗な金色だ」

 普段は瞳の色を碧色に擬態しているから、素の色を見せたことはあまりないのだが――そう真剣に見られると恥ずかしさを覚える。

「あまり見ないでください」

 腕で押しやるとユーリは離れていった。

「ひゅう、ユーリ君やるぅ」

 ディーは傍から口笛を吹いている。なにがやる、なのだろうか。

「それじゃあ行こうか」

 ドアマンが玄関扉を開けてくれる。馬車は目立つので断ったらしい。屋敷は比較的街中に位置しているため、メインストリートまでそう歩く必要もなかった。

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