10 収穫祭(2)
街は煌びやかに飾り付けられていた。秋の夜の気配に紛れて、ひとびとも洒落た恰好で出歩いている。
「圧巻だな」
メインストリートの左右には屋台が並んでいて、呼び込みの声やひとびとの歓談の声が響き活気がある。
「どこから回ろうか。あ、シュカ君、飴細工食べる?」
ディーは早速小銭を手に屋台へと向かう。
まだ返事もしていないのだが――
「はい、白鳥だって。きれいだね、シュカ君に似合う」
渡されたのは、琥珀色の飴細工だった。白鳥を模したもののようで、繊細な造詣美が際立つ。
「――ありがとうございます」
このようなものを見たのは初めてで、食べるのが勿体なく思える。
「――美味しい、です」
「よかった」
ディーもユーリも、どこかうれしそうな顔で此方を見ている。何故彼らがうれしそうなのだろうか――
「あ、ユーリ君、肉巻きだって、行こ行こ!」
ディーは目敏く目当ての屋台を発見したらしく、ユーリを伴って駈け寄っていく。
こうしてみると年相応の少年のようだ。
ふたりとも、それなりの地位や過去を抱えて生きているようだが、青春を謳歌しているのならなによりだ。
「シュカ君もちょっと食べてみる?」
「いえ、結構です」
見るからに味が濃く、好みではなさそうだった。
「毒味はよいのですか?」
シュカはユーリに問いかける。
「ある程度毒には耐性があるし、そんなに顔も知られていないから大丈夫だ」
それは大丈夫と云えるのだろうか。
なんとも云えなかったが、本人が大丈夫だと云っているのなら大丈夫なのだろう。
「あとはディーが毒に詳しくてな。なにかあってもなんとかしてくれるだろうから」
「そうそう。まあ、大抵のものならなんとできるから安心して」
「そういえば闇の系統の魔術を使われるのでしたね」
闇の系統の魔術は、主にシールドに使われるのだが、それは空間圧縮に基づく副次的な使用法なのである。空間圧縮は、例えばマジックポケット――物を圧縮して収納することができる魔道具――に使用されるなど、使用範囲が広い。
一方で、闇の魔術の使い手のなかには、稀に毒の属性を持つ者もおり、それゆえ闇系統の魔術はひとびとに敬遠されることもあった。
「うん、オレは毒属性持ちなんだよね。毒を以て毒を制することもできるってわけ」
「なるほど。ユーリの護衛に選ばれるのも納得です」
「うーん、それにはまた別の理由があるんだけど。その話は今度ね」
別段興味はなかったので頷くに留めておく。
するとユーリが、ゴンドラに乗りたいと云いだした。
「シュカ、ゴンドラに乗ったことはあるかい?」
「いえ、ありませんが」
此処、ローレヒ王国の首都は水の都と呼ばれ、至るところでゴンドラによる水上移動が行われている。
「いいねいいね、お酒を飲みながら乗るゴンドラは格別だ」
ちなみにローレヒ王国の成人年齢は十六歳のため、ふたりは酒が飲めるようだった。
「セレン帝国の成人年齢って十八だっけ? シュカ君、お酒呑んだことある?」
「いいえ、ありません」
「真面目だねえ。呑んでみる?」
「……やめておきます」
母は酒を好んだが、そこまで強いわけではなさそうだった。シュカも酒には弱い可能性が高い。こんなところで醜態を晒すわけにはいかなかった。
ふたりはシードルを片手に河沿いへの道を辿る。すでに酔いが回っているのか楽しげにステップを踏んでいた。
「酔っ払わないでくださいね。ふたりなんて運べませんから」
「大丈夫だ、ディーはうわばみだし私も弱くはない」
「うんうん、お酒は楽しく呑まなくちゃ」
すでに話が通じていないような気がしてならないが、顔色は変わっていないようだし大丈夫だと信じよう。
端のほうのゴンドラは客がおらず、貸し切り状態で乗ることができた。
ゴンドラはゆっくりと水上を滑り出す。ボートに乗った経験もなく泳げないシュカは、はじめ縁につかまっていたが、安定感のある運行に周りを見渡す余裕も生まれてきた。
「――!」
水上から見る街は、色とりどりの光が重なり合い、非常にうつくしかった。その光は水面にも反射していて、光の河を渡っているような心地になる。
「ふふ、きれいでしょ?」
ディーが上機嫌に云う。シュカの様子にご満悦のようだった。
「――はい、このような景色ははじめて見ました」
つい、素直な言葉が口からこぼれてしまう。
笑われるかと思ったが、ふたりは微笑ましいものを見る目でシュカを見遣っていた。
「シュカが喜んでくれて、私もうれしい。この街を好きになってくれたら、と思うよ」
ユーリの長い銀糸の髪が月灯りの下でゆれて、月光を編んだかのようにきらきらと耀いている。
ああ、このひとは、この街を愛しているんだ――そう自然に理解することができた。
ゴンドラを下りると、一行は食べ歩きを再開した。モクテルもあったため、シュカはうつくしい碧と橙色のグラデーションのドリンクを注文する。夕焼けの色のようで奇麗だと思ったのだ。
「碧や橙が好きなのかい?」
ユーリが問うてくる。
考えたこともなかったが、たしかに、擬態する目の色も碧色にしていた。
「……そうなのかも、しれませんね」
碧色を見ていると、離宮にあった湖の水面を覗いているかのようで落ち着く。
夕方、陽が落ちると、湖面はこのモクテルのように橙に染まり、たいそううつくしかった。
「そうか。シュカの好きなものが知れてうれしいよ」
ユーリがシュカの頭をひと撫でする。
母も、よくシュカの頭を撫でてくれたことを思い出す。不思議と、悪い気持ちはしなかった。
「ユーリ君たら、ほんと、ひとたらしだよね」
「うん? そうか? ディーのほうが、いろんな人と仲良くできてすごいと思っているが」
「そういうところだよ、もう」
ディーがユーリの肩を小突く。仕返しに、ユーリもディーの肩を小突くものだから、しばらく応戦が続いていた。
「おふたりはどうやって仲良くなったのですか?」
今日日ここまで仲の良い男子生徒は珍しいと、周りを観察して思っていた。そのため、つい質問してしまう。
すると、ふたりは目を丸くしてシュカを見た。
「シュカ君がオレたちに興味を持ってくれている!」
「ああ、すごい! はじめてのことだ!」
「……大袈裟な」
早くも質問したことを後悔する。
「そうだな、あれは中等部の入学式のときのことだった――」
しかし撤回するまえに、ユーリが語りはじめた。
「私は所謂反抗期というやつでな、四六時中監視してくる護衛が煩わしくて仕方なかったんだ」
当時は大人の護衛がついていたらしい。たしかに、そんな人間に傅かれていては、息が詰まるだろう。
「そこで出会ったのがディーだったんだ。私たちはすぐに意気投合して、親友になった。けれど――」
微笑ましい友情のはじまりかと思いきや、俄に雲行きが怪しくなる。
「ディーは姉上に送り込まれた護衛候補だったとあとになってわかったんだ。この友情はニセモノだったのかと、私はふて腐れて、しばらくディーとは口を聞かなくなった」
「そんなこともあったなあ。オレは出自が特殊でね。まあ、云ってしまえば護衛もできる素養があったってわけ。それで中等部から王立学院に入学させてもらって、ユーリ君と仲良くしろ、と命令されていたんだよ」
「それで大喧嘩になったんだ。命令があったから仲良くしていたのかって。でもディーが、『ユーリ君だからこんなに仲良くしたいと思ったんだよ』と云ってくれてな。――それで、許してしまった」
「え、恥ずかしいな。オレ、そんなこと云ったっけ」
「云ったんだ。私は忘れないぞ――うれしかったからな。そのころは、私が王族だから寄ってくる者ばかりで、辟易としていたのもあった」
「ちょっとすさんでたよねえ。懐かしい」
なるほど、そんな紆余曲折があったからこそ、ふたりはこんなにも仲がよいのだろう。
「シュカもそうだぞ」
「え――?」
唐突に、話の矛先が自分へ向く。シュカは困惑してしまった。
「占い師として出会ったときにはなんの遠慮もなく此方のことを暴いてくるし、対面してからは私が王族だからといって態度を変えることもなく、寧ろ煩わしそうにされて――それで、仲良くなりたいと思ったんだ」
「……すべてが裏目に出ていたわけですね」
そうと知っていれば全力で媚びにいった――ことはないだろうが、態度を変えて近寄らせないようにしたのに。
シュカはため息をつく。しかしそれをうれしそうに眺めるユーリに、平穏な学院生活を壊されたことまで許してしまいそうになる。
「けれど、学院内で近づいてくるのはやめてほしいものですね。僕はなんの瑕疵もない学院生活を送りたいので」
「そんな悲しいこと云わないでよ。それにシュカ君、もうユーリ君とオレと三人一組で認識されてると思うよ」
ディーの言葉に、シュカは衝撃を受ける。三人一組? このひとたちと?
「そうだな。この前も購買でパンを買っていた私たちにシュカなら中庭にいたと教えてくれたクラスメイトがいてな。それで場所がわかったというわけだ」
なんということだ――シュカは絶望のあまり膝をつきそうになるのを必死に堪える。
笑みを刷く余裕はなく、真顔になってしまった。それを見てディーが楽しそうに笑う。
「シュカ君、最近作り笑いがなくなりがちだよね。気を許してくれたみたいでうれしいよ」
作り笑いだと看破されているところまではまだいい。それは知っていた。しかし気を許したつもりはなかったため、シュカはふたたび衝撃を受ける。
幼少の頃より、母とひとりのメイドを除いては、全員敵であった。
他者に心を許すことなどないと思っていたのに――自分は、このひとたちに気を許しているのだろうか?
「なんだか難しい顔をしているな。そう考えすぎることもないんじゃないか? そういうときは、心に従うといい」
ユーリがしたり顔でアドバイスをくれる。
心に従う――そんな難易度の高いことが、いまのシュカにできるとは到底思えなかった。
まあいいか――シュカは諦めた。
現状、このひとたちによって平穏な学院生活が壊されたこと以外の実害はない。こうして街へ連れ出してくれるのも、親切心からだとわかる。
まあいい。なにがよいのかはわからないが、とりあえずシュカは思考を放棄した。
「あ、わたあめあるよ。シュカ君、食べる?」
なにやらふわふわの物体を持った子供が、傍を駈けていく。その物体は、わたあめというらしかった。
「……食べます」
ふわふわの食べ物は、甘くて雲を食べているようだった。
「……美味しい」
「甘いもの好きみたいだね。またひとつ好きなことがわかってよかったね」
ディーがユーリとわたあめをシェアしながら、笑いかけてくる。
たしかに、甘味を食べると心がふわふわする。
そうか、自分は甘いものが好きなのか。
いろいろな発見のある一日だった。
「さあて、夜市も満喫したことだし、そろそろ帰ろうか」
「そうだな。あまり遅くなって使用人たちに心配をかけても悪い」
「そんなことまで考えられるようになっただなんて、ユーリ君、大人になったね」
「たしかに。昔は王宮を抜け出してはみなを心配させてばかりいたからな」
ユーリの子供時代が目に浮かぶようだ。やんちゃで、活発な子供だったのだろう。いまでさえ好奇心旺盛なのだ。想像に難くなかった。
こうして三人は帰路についた。




