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8 兄妹(2)

 みなが食事を終えたころ、中庭を横切る影があった。

「兄上!」

 それは先ほど教室まで説明にきた、ギルベルト――王位第二継承者でありユーリの兄であった。

 ユーリが声を上げるが、ギルベルトはベンチの前を素通りしていく。なにやら考え事をしているようだった。

 そして数歩進んだところで、おもむろに此方を振り返った。

「――なんだ、ユーリじゃないか」

「相変わらずですね、兄上。思考の邪魔をしてしまいましたか」

「いいや、あの憎きハートフォードにどうやって一泡吹かせようか考えていたところだ。気にするな」

 どうやら、いまのいままで説教を受けていたとのことだった。研究の時間が取られて苛立っていたらしい。

「まあまあ、先生も生徒のことを考えてくださっているのですから……」

「そうだな。そちらは? 友人かい? ん……そっちのやつは見覚えあるな。ユーリの護衛の――」

「ディードリヒ・ナイツェンと申します、ギルベルト様」

「ああ、そうだ、ディーとか云う! で、そちらは?」

 視線はシュカのほうを向く。

 シュカは立ち上がり、一礼した。

「シュカ・リンドウと申します。ユリウス様にはいつもお世話になっております」

「ほーう。もう新しい友人ができたのか? 相変わらず人たらしだな」

「そんなことはありませんよ、兄上」

「ま、せいぜい学生生活に励むことだな。それじゃあ俺は研究があるから。またな、ティー君、ユカ君」

 ギルベルトはさっと踵を返すと、大学の校舎のほうへと戻っていった。

 あとに残ったのは、申し訳なさそうな顔をするユーリだ。

「すまない、ふたりとも。兄上は研究のこと以外あまり覚える気がないようで……人の名前をよく間違えるんだ」

「気にしてないよ。名前聞かれるのも何回目だっけ」

「ええ、記憶に残らないなんてすばらしいことです。是非このままであってほしいものですね」

「シュカ……それはどうなんだ……」

 ユーリは肩を落とす。本音を云えば、友人たちの顔と名前くらい覚えておいてほしいものなのだが、ギルベルトは一筋縄ではいかない人物であった。


 午后の授業が終わると、シュカはようやくひと息ついた。最近はせわしない日々だったから占い師稼業も中断していたが、そろそろ再開してもよいだろう。そう思って席を立とうとしたのだが――

「シュカ、シュカ、放課後は暇かい?」

 くいと袖を引かれたのだった。

「……忙しいです。それでは」

 また厄介ごとに巻き込まれてはいけないと踵を返したのだが、そこに立ち塞がるのがディーだった。

「まあまあシュカ君、ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいんじゃない?」

 前にはディー、後ろにはユーリ。逃げ道はなく、渋々腰を下ろした。

「で、いったいなんの御用で?」

「月に一回、妹とお茶会を開いているんだが、今日がその日なんだ。よければシュカも一緒にどうかと思って」

 ユーリが上目遣いに誘ってくる。

「家族水入らずを邪魔するわけにはいかないでしょう。遠慮させていただきます」

「それが、シュカの話をしたら妹が会いたがっていて。よければ来てほしいのだが……」

「話って? いったい何処まで話されたのです?」

 年若い少女の気を引く話となれば――占い師のことを伝えたのだろうか――

「占い師のことは話していない! ただ、東方にルーツがあって占いにも詳しいらしいとだけ……」

「話しているじゃありませんか……」

 頭が痛い。

 妹といえば、王位第四継承者のエリーゼ・アッシュヴィルドの筈だ。かのじょは中等部に在籍している。中等部は、いちばん占いに熱が入るお年頃――まさか兄の前で恋愛相談などはしないだろうが、興味を持たれていそうなのはたしかであった。

「シュカ君頼むよ。護衛という立場上オレも同席しなきゃいけないんだけどさ、毎度兄妹のなかに放り込まれて気まずいというか心が折れるというか……」

 ディーの鋼の心が折れるような会になどなおさら出席したくなかったのだが、ふたりはシュカを逃がす気はないらしい。

 早々に悟ると、シュカは逃げることを諦めたのだった。


「お兄様!」

 温室――王家が管理しているらしい――を訪れると、そこには金糸の長い髪をツインテエルに結い上げたかわいらしい少女が座っていた。

 その後ろに立つ青年は護衛だろうか。此方に黙礼を送ってくる。

 椅子は三脚用意されており、シュカが来ることも想定済みだったらしい。

「ごきげんよう、ディー。それとあなたがシュカさんね。わたくしはエリーゼ・アッシュヴィルドよ」

「お初にお目に掛かります。シュカ・リンドウと申します」

 一礼すると、少女はシュカの手を引き、自分の隣の席に座らせた。

「あなたには一度お会いしてみたかったの。お兄様が、新しい友人ができたと楽しそうに語っていらっしゃったから――」

 頰を染める様子は、如何にもかわいらしい少女である。しかし次の言葉にはシュカも困惑した。

「――いったい何が目的でお兄様に近づいてきたの? やっぱり王族だからかしら? 残念、お兄様は一系統の魔術しか使えないし、一族のなかでも外れと云われているのよ」

 ディーが、心を折られると云っていた意味がわかった。

 かわいらしい顔をして、随分と攻撃的なお嬢さんである。

「……僕から近づいたわけではございません。勝手に友人にされたというか、懐かれたというか」

 つい本音が漏れてしまう。

「まあ、随分自信がおありなのね」

「エリーゼ、私の友人を侮辱することは許さない」

「でもお兄様、高等部から入学した一般組の生徒だっていうじゃない。何が目当てでもおかしくないわ。お兄様の許嫁を狙っているのかもしれないし」

「……許嫁?」

 シュカは内心冷や汗をかく。男装していることまで調べ上げられているのだろうか――

「ああ、シュカ君、ローレヒ王国では同性婚も認められているんだよね。セレン帝国ではそうじゃないんだっけ」

「――ああ、そうでしたね。ええ、ほかの国では聞かないものですから、失念していました」

 ディーが助け船を出してくれる。

 そういえば、ローレヒ王国は男女同権を掲げる先進的な国であった。王位継承順も男女関係なく、王位第一継承者は女性であると聞く。

「お茶が入りました。どうぞ」

 そこで、エリーゼの後ろに控えていた青年が紅茶を注いだカップを配膳しはじめた。

「まあいいわ。今日は楽しくお話しましょう?」

 少女は紅茶の馨しい香りに敵意を引っ込めたようで、それからは他愛もない話をしたのだった。

「あなたは占いに造詣が深いと聞いたのだけれど、もしかして噂の“占い師”さんなのかしら?」

「とんでもございません。東国出身の母に少々教わった程度で、あのような真似はできませんよ」

「ふうん、つまらないの」

 他愛のない話をしていても、何処か棘が含まれる。これが王族というものなのだろうと思わせる仕種であった。

「お兄様も、もうすこしご友人は選んだらどうかしら? なんの取り柄もない人間を置いていても、侮られるだけよ」

「私の友人は私が決める。口を出さないでもらおうか」

「……ふん」

 一応兄のことは立てているのだろうか。それ以上追求することはなく、弁えてはいるようだった。

「はあーやっと終わった」

 解散すると、ディーが大きく伸びをした。

「毎回付き合わせて悪い」

「ま、いいんだけどね。シュカ君、大丈夫だった? あの子、棘が多いんだよねえ」

「ええ、あの程度、問題ありませんよ」

 針のむしろの上で暮らしていたころに比べれば、随分かわいいものだった。

「それにしても、エリーゼ様はユーリのことが大好きなのでしょうね」

「……え?」

 前を行くユーリが振り向く。

「そうだろうか。このお茶会も、兄妹仲が悪くないことをアピールするために開かれているものだし、エリーゼは私に当たりが強いから。魔術も一系統しか使えないし当然なのだけれどね」

 ユーリの顔に翳りが生まれる。一族でも外れと云われている――エリーゼはそう云っていた。

 飄々としているように見えるが、ユーリ自身気にしているのだろうか――

「かわいい反抗期に見えましたけどね。本音を云えば仲良くしたいように思えますよ」

「はは、ありがとう」

 信じていないのだろうが、ほんとうに悪意のある人間を多く見てきたシュカからすれば、エリーゼのユーリへの好意は明確に透けて見えていた。ただ、意図せず言葉尻が強くなってしまうだけなのだろう。ことによると、かのじょ自身も、どう接したらよいかわからないのかもしれない。

「ま、気長にやっていきなよ。オレにはきょうだいがいないから、そういうのちょっと羨ましいよ」

 ディーは頭の後ろで手を組んで軽い口調で云う。

「そうですね。対話ができるのはよいことだと思いますよ」

 セレン帝国の十三番目の姫として生まれたシュカだが、離宮に住まうかのじょがきょうだいと親密に話す機会は、ついぞなかった。母は愛してくれたから不満はないけれども――きょうだいと仲良くできる未来もあったのだろうか――少しだけ、考えてしまう。

「対話、か。そうだな。みな、私に向き合ってくれているのはわかる。大切にしなければならないな」

 ユーリは素直に頷く。この素直さは美徳だ。同時に、王族としてここまで腹芸ができないのもどうなのだろうかと思わなくもないが――それもまた、彼のよいところなのだろう。

「それでこそユーリ君だよね。ま、変な奴が近づいてきたらオレが追い払うから、安心してくれていいよ。人を見る目は確かだからさ」

 ディーはこともなげに云ってのける。

 自分は、近づいてもよい部類の人間と判断されたのだろうか――まあ危害を加えるつもりなど毛頭なかったが、なんだか複雑な気分になったシュカであった。


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