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7 兄妹(1)

 波乱の交流会が終わり、日々は日常を取り戻しつつあった。

 今日はハートフォード先生の魔術概論の授業から始まる。理論系の授業で、魔術を体系的に学べるため、シュカはこの授業が好きであった。

 隣に座るひとたちさえいなければ――

「あーあ、一限から魔術概論なんて、退屈だよねえ」

「そうだな。どうせなら実践魔術の授業を増やしてほしいものだ」

 シュカの隣には、ユーリ、その隣にディーと並んでいる。すっかり定位置になってしまったらしい。

 ふたりを無視して教科書を読んでいると、ハートフォード先生が、二人の人間を伴って入ってきた。ひとりは髪の長い女性で、白衣を身に纏っている。もうひとりは男性だろうか――よれよれの白衣にぼさぼさの髪――背は高いため男性だと思われたが、年齢性別不詳の雰囲気であった。

「本日は授業前に、交流会であった不祥事について、大学の研究室から説明があります」

「不祥事だなんて、大袈裟な。怪我人は出なかったんでしょう?」

 青年が気怠げに口を開くと、ハートフォード先生が厭そうな顔をする。

「……怪我人がいなかったからといって、本来あってはならないことで――」

「はい、ハートフォード先生のお説教は長いので説明に入ります。魔物研究室代表のシェリル・アンダーソンです。まず、このたびは大変なご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございませんでした。事の経緯を主な原因である魔術基礎研究室の代表さんからしてもらいます」

 そう云って、隣の青年を小突く。

 青年は仕方なさそうに前へ出ると、口を開いた。

「えー、魔術基礎研究室のギルベルトです。このたびは誠に申し訳ございませんでした。魔術基礎研究は日々削減される予算とのたたかいでして、今回の魔物研究室との合同実験も、予算をもぎ取るための一環で行ったものでした」

 赤裸々なことを語り出すギルベルトに、ほかのふたりが蒼白になる。

「ちょっと、ギルベルト、関係ないことを喋らないで」

「はいはい……えーそれでですね、魔物により強大な魔力を付与できたら功績が上がるのではないかと考えたうちの莫迦どもが、強力な魔物を生み出してしまったようで、今回こうしたトラブルとなってしまいました。管理体制が杜撰だったことは事実です。俺も自分の研究にしか興味がないもので……兎に角、申し訳ございませんでした」

 微塵も申し訳ないと思っていなそうな表情で、ギルベルトは頭を下げる。

「こほん、えーこういった事情があったようで、みなさんに危険を与えてしまったこと、教師からもお詫びいたします。今後はこのようなことがないよう努めてまいりますので――」

 ハートフォード先生は真面目なのだろう。その真面目さを遺憾なく発揮し、長々と謝罪を行った。

「あのギルベルトってひと、たしかユーリのお兄さんなんだっけ?」

 ディーが小声で口を挟む。

「ああ、王位第二継承者のギルベルト兄上だ」

 それはシュカにとって初耳だった。小中高等部と大学の校舎は別の敷地にあるため、ある程度の情報収集は行っているといっても、大学の学生まではカバーしていなかった。

「なんかやる気のなさそうなひとだねえ」

「兄上は研究命なんだ。それ以外にあまり興味がなくてな。身なりも気にしないから王族だと知られていないらしい」

「あーいかにも研究者っぽいねえ」

 こそこそと話しているうちに謝罪会見が終わり、大学生のふたりは出て行った。

「さて、それでは、授業に戻ります。教科書を開いてください――」


「うわ、シュカ君お弁当なの? 手作り?」

 ランチタイムになると、生徒たちはこぞって学生食堂に集まる。人混みを厭うシュカは、節約も兼ねて弁当を持参していた。

 それを中庭で食べようとしていると、購買でパンを手に入れたユーリとディーがやってきたのだった。昼休みくらいひとりでいたかったのだが、見つかってしまったからには仕方がない。

「料理もできたんだな」

 勝手にベンチに座ってきたふたりは、左右からシュカの弁当を覗き込んでいる。

「簡単なものですがね」

「あまり見たことのない食べ物が多いな。これはなんだい?」

「卵焼きですね。東国の伝統料理です」

「へえ、美味しそう。このパンとひとくち交換しない?」

「……構いませんが」

 断ってもしつこく云ってきそうだ――そう判断したシュカは、箸を使って卵焼きをディーの口元に運ぶ。皿もカトラリーも持っていないようなのでその方法を選択したのだが――それにはディーも目を丸くした。

「? 食べないのですか?」

 川魚の件で行儀はあまり気にしないものと思っていたのだが、違ったのだろうか。

「あーシュカ君、そういうのは……まあいいか」

 なにか葛藤していたようだったが、ディーは卵焼きに口をつけた。

「わ、美味しい! ふわふわだ、中から出汁が染み出てくる!」

「いいな、シュカ、私にもくれないか?」

「はいはい」

 もうどうにでもなれ。

「毒味は必要ですか?」

 そう問うと、ユーリは眉をひそめた。

「私はシュカを友達だと思っているんだ。そんなの必要あるわけないだろう?」

 そんな甘いことを云っていられる立場でもないだろう――それを云うとさらに機嫌を損ねそうだったため、そのまま箸を口へとつっこむ。

「むぐ……うん、美味だな」

「母直伝なので」

「お母様は東国出身なのかい?」

「そうですね。この黒髪も母譲りです」

 母は、離宮に追いやられようと腐らず、魔術や料理など、シュカに生きる術を教えてくれた。それなのに、何故、あんなふうに命を散らさねばならなかったのか――

 いけない、感傷に浸っても仕様がないというのに。

「はい、シュカ君、これオレンジピールの入ったパンだよ。食べてみて」

 ディーが横からパンの欠片を差し出してくる。

「どうも」

 受け取ろうとすると、ディーはそれを遠ざけてしまう。

「なんですか?」

「ん? さっきしてくれたからお返ししようと思って。はい、あーん」

「……」

 そこで、自分の浅はかさに気づいた。やはり行儀が悪かったから仕返ししようというのだろう。

 云っても聞かなそうなため、シュカはため息をついて口を開いた。

「ん、いい子」

 一口大になったパンは、それでもオレンジピールの薫り高い一品だった。

「……美味しいですね」

 焼きたてのパンを食べるなど久しぶりのことで、密かに感動してしまう。

「シュカ、こっちはチーズのパンだぞ。はい」

 もはや無の感情で口を開くと、パンの欠片が迎え入れられる。此方も美味だった。

「……なにかに目覚めそうだ」

「同じく」

 ふたりはなにやら会話をしているが、ランチタイムは有限なのだ。シュカは弁当を突きはじめたのだった。


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