6 交流会(4)
「シルバーウルフ!」
ユーリが叫ぶ。同時に彼は、マジックポケットから、剣を取り出し、構えた。
「これは厄介だね。A2級の魔物だ。魔力も弱まっていないみたいだし、手違いかな」
同じくディーも、いつのまにやら剣を構えている。
魔物は、S1級~E3級まで、等級に分けられている。A2級の魔物といえば、それなりに強大な魔力をもつ筈だった。
シュカは咄嗟に幻術を使い、自分たちの姿が見えないよう攪乱する。
しかし、彼らは魔力の気配を鋭く察知する。魔術を使えば居場所がばれるため、時間稼ぎでしかなかった。
「幻術で僕たちの姿が見えないようにしています。いまのうちに逃げましょう」
「――いや、ほかの生徒を襲ったら厄介だ。倒そう」
シュカの言葉に、ユーリはゆっくりと首を横に振る。
「そうこなくちゃ!」
ユーリの言葉に、ディーは愉しげに相槌を打った。
ふたりは、余程腕に自信があるのだろう。けれどシュカは、魔物と相対したことなどなく、攻撃系統の魔術も授業で習う以上のものは使えなかった。
「僕は幻術で攪乱することしかできませんよ」
「助かる。私が氷で足止めしよう」
「俺が見せ場奪っちゃっていいの?」
「同時に斬りかかろうか」
「あいあいさー」
シルバーウルフはその場に留まり魔力の気配を探っているようだ。そのあいだに、ユーリとディーは作戦を決めた。
ふたりは、一呼吸おくと、左右に分かれて飛び出していく。
ユーリは、氷の魔術と剣技を組み合わせた攻撃を得意としているらしく、右側からシルバーウルフに斬りかかっていった。
一方のディーは、闇の魔術の使い手だ。闇は通常シールドに用いられるのだが、シールドを上手く使いこなし剣を主体として戦っている。
シュカは自分の姿を隠しながら、ふたりの援護をする。しかし、烈しい打ち合いに視線が追いつかず、たいした役には立てなかった。
「もらった!」
ディーがシルバーウルフの気を引いているあいだに、ユーリが後ろに回り込み、首に剣を突き立てた。
大きな咆哮が上がり、暫く抵抗していたようだったが、やがてシルバーウルフは力尽きた。
見事な連携だった。
「大丈夫ですか、怪我は」
ふたりのもとへ駈け寄り、シュカは怪我の有無を確認する。必要であれば光の魔術で治療するつもりであったが、どちらも返り血を浴びているだけで、怪我をしている様子はなかった。
「大丈夫だ、ここだけの話、私たちは魔物の討伐に慣れているから」
ユーリはこともなげに云ってのける。
「小遣い稼ぎしてるんだよね。みんなには内緒ね?」
ウィンクしてみせるディーも、余裕げな表情だった。
「……戦い慣れているように見えたのはそういうことですか。まさか剣まで使えるとは思いませんでしたが」
魔術科の人間が何故剣技を磨いているのだ。そうつっこみたいところだったが、シュカは感想を述べるに留めた。
「さて、これは緊急事態と云ってもよいだろう。ほかの生徒が困っていないか巡回しつつ結界に避難しよう」
先生が遠隔で監視しているということだったから大丈夫だと思うが、三人は結界を探すことにした。
どうやら強力な魔物はほかにもうろうろしていたらしく、シルバーウルフを前に一人奮闘する生徒を見つけた。
怪我をしている生徒をかばっているようで、逃げるに逃げられないのだろう。
「ルーク! 大丈夫かい?」
魔物と距離を取ったところで、ユーリが生徒の元へ近寄る。ルークというらしかった。
「いけません、殿下! お逃げください!」
ルークは忠誠心に篤いのか、ユーリをかばおうとする。
「私なら大丈夫。さっさと片付けよう」
「はいよ」
彼らなら大丈夫だろう。
そう結論づけて、シュカは後方で蹲る少女に近寄る。
「大丈夫ですか?」
「魔物に驚いて足をくじいてしまって……情けないなあ」
「治療しますね」
シュカはかのじょの足首に手をかざすと、光の魔術でさっと治療してみせた。
「わあ、痛くない! きみ、すごいね! ありがとう。シュカ・リンドウ君だっけ? わたしはノエル。よろしくね」
「ええ、よろしくお願いします。歩けそうなら結界に避難しましょうか」
「うん」
そんな会話を交わしているあいだにも、魔物のほうは無事に討伐できたようだった。
「ありがとうございました、ユリウス様。俺は、まだまだですね……」
ルークが口惜しげに唇を噛んでいる。
「そんなことはない。怪我人をかばうだなんて、すごいじゃないか。あと、私のことはユーリと呼んでくれ。敬語もいらない」
「そんなことは……!」
「仲良くなりたかったらそうしたほうがいいよ」
ディーがアドバイスをすると、ルークの殊勝な態度は打って変わって苛烈な面を見せる。
「貴様、無礼な!」
「わあ、こわい」
「……では、ユーリ様、とだけ呼ばせてください」
ルークは頭を下げる。何故こうもへりくだるのだろうか。理由は定かではないが、王族であるユーリに一目置いているのだろう。
「さて、みなさん。結界は直ぐ傍です。とりあえず移動しましょう」
念のためノエルに肩を貸しつつ、シュカは歩き出した。
「そういえば、チームは三人一組ですよね。あとのおひとりは?」
「あー、なんか怖がってどっか行っちゃったんだよね。先生が探してくれるでしょ」
「そうですね。ひとまず我々の安全を確保しましょう」
結界に辿り着くと、一同は安心して腰を下ろした。
「いやあ、まさかこんなところでシルバーウルフに遭遇するだなんてね。びっくりしたよ」
口火を切ったのはディーだった。横になり、リラックスしすぎている。
「ああ、なにか問題が起こっているのだろうか。ほかの生徒が心配だな、巡回に――」
「ユリウ――ユーリ様、ここは先生方に任せて。御身の安全の確保を最優先にしてください」
「お堅いなあ。ユーリ君はそういうの好きじゃないよ。もっと砕けていいんじゃない?」
「貴様は砕けすぎなんだ! だいたい、何故貴様のような出自も知れぬ人間がユーリ様の護衛をしている!」
「本来は自分の役目だったのにって? さあね。偉い人に聞いてよ」
火花が飛び散っているような幻覚を見る。このあたり、どうやら複雑な関係性のようだった。
「みんな、大丈夫? 怪我はないかな?」
其処へ、ハミルトン先生が駈け寄ってきた。
「はい、問題ありません。遭遇した二頭のシルバーウルフは討伐しました」
ユーリが簡潔に状況を報告する。
「あらら、そこまでしてくれるだなんて。強いのはいいことだけど、安全の確保が最優先だからね! 今度こういうことがあったら、迷わず逃げるように!」
「それにしても、A2級の魔物が現れるだなんて。いったいなにが起こっているのですか?」
「ごめんなさい。それについては調査中なんだけど、研究室のほうでいざこざがあったみたい……巻き込んじゃって申し訳なかったわね。今後はこんなことがないよう、厳重に叱っておくから、安心してね」
そこで、先生が風の魔術が利用された遠隔通信機で会話を始める。
「――ええ、此方はみんな無事みたい。森の外に誘導するわね。さて、行きましょうか。先生がついてるからもう大丈夫よ」
ハミルトン先生を先頭に、一同は森の入り口へと向かった。幸いそこまで離れていなかったため、三十分もせずに到着することができた。
ほかの生徒たちはすでに戻ってきているようだった。そのなかでも、返り血を浴びているユーリたちは目立っている。
ハートフォード先生が険しい顔で近寄ってきた。
「どういうことですか。怪我はないのでは?」
「この子たち、シルバーウルフを倒しちゃったみたい」
「シルバーウルフを?」
驚いたように眉を上げ、ユーリやディー、ルークを見遣る。
「今回は此方のミスとはいえ、A級の魔物に出会ったら逃げるようにしてください」
「はあい」
ディーが気の抜けた返事をすると、ハートフォード先生はきっ、と鋭い視線で彼を睨んだ。
「ナイツェン君、貴方もアッシュヴィルド君の護衛であるというのなら、主人を守ることを第一に考えなさい」
「……はーい」
ディーの態度は何処までいっても改善されず、ハートフォード先生やルークから強い視線を向けられている。
「まあまあ、先生。私が戦おうと云いだしたのです。彼ばかり責めないでください」
「アッシュヴィルド君、貴方はもうすこし王族であるという自覚を――」
「はいはい、そこまで! エドのお説教は長いんだから。怪我がなかったんだから、もういいでしょう」
「そうですよ、ハートフォード先生。みんな疲れているだろうし、早く休ませてあげましょう」
クレセント先生も助け船を出し、ハートフォード先生は渋々引き下がっていった。
「それじゃあみんな、今日はいろいろあったけど、怪我人が出なくてよかったわ。疲れたと思うから、ゆっくり休んでね」
そのひとことで、解散となった。
「さて、私たちはシャワーを浴びて帰るよ」
「そうだねー。そういえばシュカ君、お風呂ってどうしてるの?」
ディーは平気な顔でつっこんだことを聞いてくる。
「……部屋の簡易シャワーブースで済ませています。水が豊富な国でありがたい限りですね」
寮は一人一部屋与えられているうえ、部屋の設備も簡易的ではあるが、シャワーブースにキッチンと、充実していた。
「わーお風呂に浸かれないなんて、なんて拷問……」
「まあ、仕様がないですね」
セレン帝国は北国であり、入浴の習慣があったが、此処ローレヒ王国は温暖な気候であるため、シャワーのみでも問題なかった。
と、そこで、なにかを考えていたらしいユーリが顔を上げる。
「そうだシュカ、よければ今度うちに来るかい? 客室も揃っているし、遠慮なく浴室も使ってくれて構わないよ」
「うちって……」
王宮のことを云っているのだろうか?
そう簡単に誘ってよいものではないだろう。
「あ、いいねそれ。オレもひさびさに行きたいかも。浴槽が泳げるくらい広くてね、おすすめだよ」
ディーの発言にも衝撃を受ける。本人の云い分からしておそらく庶民の出だろうが、あまりにもフランクに訪問しすぎではなかろうか――
「――いえ、王宮は、流石に」
「あ、王宮ではなくて。私が堅苦しいことが厭いだから、別邸を用意してもらっているんだよ。友人を招いたり自由に使ってよいとのことだから、安心してほしい」
「なるほど……検討させていただきますね」
そんなところへ招かれようものなら、十中八九素性を調べられることだろう。“殿下のご友人”として目をつけられないよう、細心の注意を払って立ち回る必要がありそうだ。
「ああ! 寮のように規則もないから、自由に過ごせるよ。楽しみだな」
ユーリは目を輝かせている。
押し切られないよう注意しなければならない。
シュカは、そう心に刻んだのであった。




