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5 交流会(3)

 三人分揃ったところで、ふたりは同時に魚に齧りついた。

 まさかナイフとフォークが用意されている筈もなく、そうするべきであることはわかっているのだが、どうにも受け入れがたい。

「シュカ、食べないのかい?」

 ユーリが純度百パーセントの瞳を向けてくる。王族がそうして食べているのだ、マナーなど気にせず、ふたりに倣うしかなかった。

 シュカは諦めてちいさく魚の背を囓る。

「――美味しい」

 シンプルに塩のみで味付けされたそれ――塩もまたディーのマジックポケットから出てきた――は、非常に美味であった。

「だろう?」

 ユーリは得意げに目を眇める。そしてディーを指して拍手をした。

「殿下は随分庶民的なのですね」

 シュカは微笑みを浮かべながら、皮肉たっぷりな科白を吐く。

「ディーにいろいろ教わっているんだ」

 シュカの意図を悟っているのかいないのか――ユーリはディーと肩を組んでみせた。

「教え甲斐のある生徒でこっちも楽しいよ」

 ディーもそれを平然と受け入れていることから、こういったコミュニケーションがいつもどおりのものであることが察せられる。

「仲がよろしいようでなによりです」

 学生生活を送るのが初めてのシュカにとって、それが普通なのか普通でないのか判別はつかなかったが――ふたりが悪友であることはわかった。

「シュカとも仲良くなりたいと思っているんだ。私はまだ、君のことをなにも知らないから――好きなものは? 友達はもうできた? 休日はなにをして過ごしているんだい?」

 好きなもの――その問いに、シュカは困惑する。自分は、なにかを選べる立場にはなかった――

 名目上はセレン帝国の皇族の生まれではあるが、実家――と呼べるのか定かではないが――では、母とともに離宮へと追いやられ、母とひとりのメイドを除いては、親愛を向けてくれるひともいなかった。そんなシュカが、友情など育める筈もない。

 離宮には書籍だけは大量に揃っていたため、幼いころより勉強して過ごすことが多かった。その延長で、いまも休日は図書館か寮室に籠もって読書と勉強をしていることが大半である。

「……好きなものは特にありません。友人はいません。休日は読書と勉強に当てています」

 シュカが簡潔に答えると、何故かユーリとディーは沈黙した。

「……シュカ」

 暫くすると、ユーリが我に返って決然とシュカの名を呼ぶ。

「なんでしょう」

「私たちは、もう友達だよな?」

 友情などというものを理解することはできなかったが、そういう設定のため、仕様がなくシュカは頷く。笑みを浮かべることも忘れてはならない。

「ええ、そうですね」

「――よし。私たちと、たくさん遊ぼう!」

「……遊ぶ、ですか」

「ああ。私も友人は多いほうではないが、中等部でディーと出会ってからは日々が楽しくて仕方ないんだ。シュカにも、そんな学生生活を味わってほしい!」

 困惑したシュカに、ユーリは真剣な顔で言い募る。

「はあ……僕は平穏な日々を送ることができればそれでよいのですが……」

「シュカ君、学生生活は楽しむが吉! 若いうちに遊ばなくてどうするの!」

 ディーも追い打ちをかけてくる。

「遊ぶと云われましても。――遊んだことなんてありませんし」

 云ってから、シュカははっとする。この歳にもなって遊んだことのない人間など、普通ではない。平凡な生徒を装っていたのに、ぼろが出てしまった。

「――学校というものに通うのが初めてで。不慣れなだけですのでお気遣いなく」

 慌てて付け加えるが、王立学院に入学できるほどの人間が――しかも、高等魔術の幻術まで使える――初等教育を受けていないのも不自然だろう。

 シュカは固まってしまった。これまで他者とコミュニケーションを取る機会が極端に少なかったのだ。ここからどう弁解したらよいものか、見当もつかなかった。

 そんなシュカの様子に、ユーリとディーは顔を見合わせる。

 そうして、ユーリのほうが口を開いた。

「――シュカ、君の素性を詮索するつもりはないから、安心してほしい」

 その声音はやわらかく、此方を安心させようとしていることが窺えた。

「うんうん、オレだって、わりと人に云えない人生送ってきてるからさ。なんだって気にしないよ!」

 続いて、ディーもフォローしてくれる。

「……」

 果たして、何処まで信用してよいものか。

 このふたりは、正体不明の占い師に好奇心を刺激され、シュカに一時的興味を持っているにすぎない――その関心をうしなったら、そこまでの関係性だろう。

 所詮は学生のお遊び。適当に合わせておき、早々興味をほかへ移してもらうのがよいだろう。

 そう結論づけると、シュカはふたたび口の端を上げた。

「ありがとうございます」

「――だから、あまり無理をしてほしくないのだけれど――今は云ってもわかってはもらえないか」

 ユーリは無表情のままにぶつぶつ呟いている。どこか心配げな表情に見えなくもないが、彼の心情を推し量ることはできなかった。

「まあいい。私が楽しませてみせるから!」

 どうやら彼のなかで結論が出たらしい。

 別に楽しませてもらわずとも結構だったが、それを云っても埒があかないだろう。

 シュカは返答を、微笑むに留めた。

「うん、いいねいいね。美しき友情かな」

 隣でうんうん頷いているディーのことは、もう理解不能だった。

「よし、そろそろ出発しようか」

 魚も食べ終わり、ようやく本来の目的を思い出したのであろうユーリが、立ち上がる。

「そうだね、ほかのチームに遅れを取るわけにはいかないし」

 火の始末を済ませたディーも云う。

 もう大分遅れを取っていることだろうが、それは云わないでおくことにした。

 ――と、そこで、三人は同時に顔を上げる。

 奇妙な気配を感じたのだ。

 強い、魔力の気配――それは、外に出る経験が少ないシュカにもわかった。なにか、強大な力を持つ魔物が近づいてきている――

「――これは」

 ユーリとディーが、北の方角を見遣っている。

「近づいてくるね。おかしい、弱い魔物しかいないって話だったのに」

 不穏な気配は、一歩また一歩と近づいてくる。背後は川のため、逃れようがなかった。

 そうしてついに、それは木陰から姿を現した。

 薄昏い森のなかにあって、銀色に発光する毛並みを持つ、狼のようなものが、其処にはいた――


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