54 別荘(2)
お茶会は、三日後に設定された。
ギルバートの別荘への招待状が届いたのだ。
「ほんとうに大丈夫かい、シュカ。体調不良ということにして休んでも問題ないんだよ」
「大丈夫です……こんなに着飾らされてしまいましたし」
シュカは気が重くなる。
公爵家次男のお茶会に招待されたと知ったときのイリスの顔を思い出した。
シュカの好みを聞きだそうとし、特に好みがないと知ると、お任せください――かのじょは、とてもよい笑みを浮かべたのだった。
そうして用意されたのが、このドレスだった。
シュカをイメージしたという碧色のドレスは、どこか湖の色を連想させる。唯一つけた注文――露出は控えめで、というあたりもしっかりとクリアし、派手すぎず控えめすぎない、いまふうのデザインとなっていた。
「よく似合ってるよ~流石はオレのお姫さま!」
同じく着飾られたディーが、シュカを見て満足げに頷いている。
「ユーリもディーもよくお似合いですよ――はあ、早く終わらせてほしい」
褒め言葉と同時に、つい本音が漏れてしまう。
「とりあえず、ギルバート様とユーリ君に思い出話にでも花を咲かせてもらってさ、頃合いを見計らってオレが切り出すよ」
ディーがふたりが付き合っているという事実を伝える旨を画策している。
「まったくうまく反応できる気がしないのでよろしくお願いします」
「はいはい、シュカ君は優雅にお茶を飲んでてくれたらそれでいいから。オレに任せなさい~」
軽い調子だったが、ディーが云うと、ほんとうに信頼できるから不思議だ。
「それじゃあ、そろそろ行こうか。ギルが馬車を寄越してくれたらしい」
「わお~熱烈なお迎えだね! お手をどうぞ」
そう云って、ディーが此方へ手を伸ばしてくる。
「……? ああ!」
シュカは一瞬戸惑ったが、それがエスコートだと遅れて気付いた。
公の場ではユーリにされることが多いため、新鮮だ。けれど、こういうところからアピールしていくのもありだろう。流石はディーだ。よく考えている。
シュカはディーの腕に手を回した。
「いいね、ふたりとも、お似合いだ」
ユーリが上機嫌に先陣をきる。
公爵家の馬車は、四頭立てで、風の魔術のかかる高等なものであった。
「流石の乗り心地ですね」
「シュカは乗り合い馬車が好きなのかと思っていたが……」
「そんなわけないでしょう。腰が痛くなるし乗り心地は最悪です」
「今度からうちの馬車を出そうか?」
「謹んでご遠慮いたします」
アッシュヴィルド家の馬車をそう簡単に乗り回すわけにはいかない。
そうこうしているうちに、ヴァイス家の領地に入った。雰囲気はアッシュヴィルド家の別荘地と似ているが、流石にそこまでの広さはなさそうだった。
馬車寄せで、ギルバートが迎えに出ていた。
「ようこそ、ユーリ君、ディー君、そうして我が女神、シュカ君!」
ギルバートが手を出してくる前に、ディーがシュカに手を差しのべた。
牽制してくれているのだろうが、マナーとして大丈夫なのか――シュカは不安になったが、ギルバートは気分を害する様子もなく、中庭へと案内してくれた。
そこには、薔薇園が広がっていた。
「ちょうどいまが見頃の薔薇が多いんだよ。気に入ってくれるとうれしいな」
ギルバートは明らかにシュカに向けて云っているが、ユーリが「素晴らしいな」と割って入ってくれる。基本の会話はユーリに任せておけば問題ないだろう。
薔薇園の一角に、テーブルとパラソルが用意されていた。
ギルバートの護衛とディーは後ろにつき、ユーリとシュカの椅子が引かれる。
「せっかくだからディー君もいっしょにどう? 立っているだけでは退屈でしょう? 高等部の話も聞きたいし、是非ご一緒したいな」
ディーは暫し迷っていたようだが、やがてみずから椅子を引いて席についた。
「そういうことでしたら、お邪魔します」
「うん、気楽にしてよ。さ、お茶をお願い」
「かしこまりました」
メイドが、紅茶を用意しているあいだにも、ユーリとギルバートは流れるように会話を交わす。
「ほんとうにひさしぶりだね、ユーリ君。学院生活はどう? 相変わらず規則を破って怒られてたりするのかな」
「そんなことはないさ。いい子にしているよ」
「この前討伐に出てS1級の魔物を倒したって聞いたけど」
「何故それを……」
「宮廷魔術師候補試験の対策に、ボクも討伐に出ていたんだよね。冒険者ギルドは、ユーリ君たちの話で持ち切りだったよ」
「そうか。でも、学院の規則を破っているのはギルもいっしょだろう?」
「大学生は討伐を自由に受けていいことになってるから、そこは規則の範囲内だよ」
「……そうなのか」
「はは、あんまり無茶しないでね。シュカ君も、ユーリ君たちとの討伐に参加していたんでしょう?」
話の矛先が唐突に此方へ向く。
「ええ、まあ」
「S1級を倒せるだなんて、すごいな」
「ユーリとディーのお陰ですから。僕はほとんど役に立っていませんよ」
「そういう謙虚なところもすきだよ」
「……」
もくもくとお茶を飲んでいる予定だったが、ギルバートが思いのほか攻めてくる。
「あは、照れてる? かわいいね」
「ギルバート様。あんまりひとの恋人を口説かないでもらえますか?」
と、そこでディーが声を上げた。
「え?」
ギルバートは話が読めないようで、首を傾げる。
「シュカ君、もしかして、思い人ってディー君のことだったの?」
真っ直ぐに見つめてくる視線に罪悪感が募り、シュカは視線を斜め下に逃がす。
「ええ、まあ――」
「最近付き合うことになったんですよ。ギルバート様の件を聞いて、いても立ってもいられなくなって、ね。オレもシュカ君のことがすきだったから、告白して」
「それは、両思いだったということ? わあ、物語のようだね。おめでとう! でもそうか、ディー君が相手なら、潔く身を引くしかないね」
「いいのかい?」
せっかく身を引こうとしているギルバートに、ユーリが余計なことを云う。
「だって、ディー君なら安心してシュカ君を任せられるでしょう? 振り向いてもらえなかったのは残念だけれど、彼が相手なら勝ち目はないな」
「またまた。公爵家の御方がなにをおっしゃっているのですか。オレなんて、吹けば飛ぶような身分の人間ですよ」
「それでも、シュカ君はディー君を選んだんでしょう? 恋に身分なんて関係ないよ。ほんとうに、素敵だね!」
「ありがとうございます」
シュカは微笑んだが、自分がうまく笑みを浮かべられているか気が気ではなかった。
「シュカ君は、ディー君のどんなところがすきなの?」
「――え?」
予想外の方向から飛んできた質問に、シュカは冷や汗を流す。
「ええっと、そうですね。やさしくて……気が利くところですかね」
「そうなの? ボクもやさしさには自信があるんだけどな。それだけ?」
「え?! えーっと……」
シュカは完全に混乱していた。
「ギルバート様、シュカ君は恥ずかしがり屋なんです。あんまり追い詰めないであげてください」
ディーがナイスアシストを入れる。
「――そうですね。すきなところは秘めておきたいタイプなので」
そうして口の端を上げると、ギルバートは目を丸くした。
「わあ、そうなんだね。実は、ボクのアプローチを躱すための演技なんじゃないかなって疑ってたんだけど、そんなことなかったみたい。試すようなことをしてごめんね」
ギルバートの素直さは美徳だが、いまは良心に刺さった。
思わずすべては嘘なのだと吐露したくなってしまう。
けれど、ここまでディーに協力してもらったのだ。その努力を無碍にすることは憚られた。
こうして、どうにかお茶会を乗り切ることができたのだった。
帰りの馬車は、アッシュヴィルド家から迎えがきていた。
「見送れなくてごめんね。今日はとても楽しかったよ。ありがとうね」
「此方こそ、招いてもらってうれしかったよ」
ユーリとギルバートが握手を交わしている。
「シュカ君も、末永くお幸せにね」
善意に満ちた目で此方を見てくるものだから、シュカは笑みを刷くのに多大なる労力を要した。
「オレがついていますから、どうぞご安心ください」
「うん、シュカ君のこと、お願いね」
そうして、馬車はヴァイス邸を後にしたのだった。
馬車の中で、シュカは長いため息を吐く。
「生きた心地がしませんでした」
「おつかれさま。きちんと対応できていたと思うよ」
「うんうん。それよりシュカ君、オレのやさしいところと気が利くところがすきなの? うれしいな~いつか秘密にしてるすきなところも教えてね」
「……調子に乗らないでください」
「わあ、こわい」
シュカが横目に睨むと、ディーは両手を挙げ降参のポーズをとった。
「でも、あっさり引いてくれて助かりました。案外良識のある方なのですね」
シュカが思い返して語ると、ユーリは難しそうな顔をする。
「それなんだが……あまりにもあっさりしすぎていたような気がして……」
ディーも眉根を寄せている。
「そうなんだよねえ。落とせないひとはいない、なんて云われてるのは伊達じゃなくてさ。恋人がいるひとの心を射止めたり、なんて事例も枚挙にいとまがないひとで……」
「……つまり、まだ安心できないと?」
「そう考えてもよいかもしれない」
「アプローチは減るだろうけど、どこにつけこまれるかわからないから、充分気をつけてね」
頭痛がしてきた。こんなことで悩むのは莫迦らしく、勉学のみに集中したいところだったが、そう簡単にはいかないらしい。
シュカは項垂れた。




