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52 顔合わせ(3)

 翌日から、シュカはたいへん頭を悩ませることとなった。

 何処へ行くにも、ギルバートがついてまわってくるのだ。それだけなら懐かれたものだと流すこともできたが、堂々とエスコートし、ところかまわず愛を囁いてくるのには参ってしまった。

「シュカ、いったいなにがあったの?」

 ギルバートは場処を選ばないものだから、その件はアリスにも容易に伝わった。

 ギルバートが少々席を外しているあいだに、アリスが訊ねてくる。

「……意味不明です。突然すきだと云われ、何故かこんなことに」

「あら、ギルバートは惚れっぽいひとだったのね。ご愁傷様」

 そのひとことで済ませるアリスの胆力がすごい。

「……どうにかなりませんか」

「随分情熱的に見えるし、諦めたら? あなた、押しに弱そうだものね」

「……」

 そういえば、ディーにも押しが弱いのではと云われたことがある。

 しかし、自分にも限界というものがある。いい加減にしろと、毅然と云うべきだろう。

 その夜、シュカはギルバートを以前話した寮の裏に呼び出した。

「なんだい、ついにボクの思いが伝わったのかな?」

 ギルバートはうれしそうにしている。

「……迷惑なので、やめてもらえませんか」

 シュカにしては、だいぶ直截的な言葉を使ってしまう。強い言葉に自分でもひるんでしまったが、それくらい云わないと、彼には伝わらないだろう。

「そう……シュカ君、もしかして思い人がいるの?」

「え?」

 シュカは驚いて顔を上げてしまう。その様子を見て取ったギルバートが、なにを勘違いしたのかうんうん頷いた。

「そういうことなら仕方ない。この思いは秘めることにするよ……でも、諦めるつもりはないから、覚悟しておいて」

 真摯な眼差しで、見つめてくる。

 その気持ちはほんもののような気がして、シュカはこれ以上彼を拒絶することができなかった。


「――というわけでして」

「やっぱり押しに弱いじゃない」

 翌日から、ギルバートは適切な距離を置いてくれるようになった。

 彼のおらぬ間にアリスに昨晩の出来事を報告すると、案の定事実を突きつけられた。

「……そうなのでしょうか」

「迷惑だから二度と近づくなくらい云えばいいのよ」

「でも、せっかくよい友人になれるかもしれないのに……」

「甘いわ。砂糖より甘い。あなた、恋愛してこなかったの?」

 アリスはやれやれとばかりに首を横に振る。

「……そういうアリスさんはどうなのですか」

「……まあ、勉強にのめり込んできたことは認めるわ」

「……」

「……」

 つまるところ、かのじょもたいした恋愛経験はないということだろう。

 経験がない者同士が知恵を絞っても、どうしようもない。シュカは、諦めることにした。


 こうして、一週間は過ぎていった。

 研修に追われるかと思いきや、案外トレーニング自体は軽くこなせる内容となっていた。顔合わせの意味が大きかったのだろう。

「シュカ君、さみしくなるよ。そうだ、手紙を送ってもいいかい?」

 帰り、公爵家の馬車に乗っていかないかという申し出を丁重に断る。すると彼は、思わぬ提案をしてきた。

「……困ります」

「ギルバート、シュカが困っているわ。諦めなさいな」

 アリスは心底疲れ切っているシュカを哀れに思ったのか、助け船を出してくれる。

「アリス君、勿論キミにも手紙を出すよ! そうだ、キミたち、勿論飛び級の対象となる筈だろう? 大学の授業を受けるんじゃないかい? いっしょに勉強できるなんて、楽しみだな」

「そうね。飛び級の話は出ているから、そうなるでしょうね。せいぜいあたしを失望させないことね」

「キミの信頼を得られるようがんばるよ」

 ふたりは順調に友情を育んでいるらしく、かたく握手を交わしている。

「シュカ君も、仲良くしてね」

 シュカにも手を差し出してくるから、仕方なく握り返さざるを得ない。

「そうですね、友人としてなら」

「もう、案外強情だな。そんなところもすきだよ」

 そう云って甘い微笑みを浮かべるギルバートに、周囲の者が見惚れているのがわかった。

 シュカは顔をしかめたくなるのを必死にこらえ、帰りの馬車の時間だからとその場を後にした。

「まあ、悪いひとではないんじゃない?」

 乗り合い馬車でいっしょのアリスが、語りかけてくる。

「それは、そうなのでしょうが……」

「いいじゃない。公爵家の次男。将来有望株よ。それとも、彼の云うとおりほんとうに思い人がいるの?」

「それは、いませんが」

「ならいいじゃない。いいなあ、あたしもあんなふうに云い寄られてみたいものよ」

「アリスさん、モテるでしょう?」

 アリスはたいへんかわいらしい顔立ちをしている。小動物系と云うのだろうか。ツンとした仕草とも相俟って、ノエルとはまた違ったモテ方をしそうだった。

「なにそれ、厭味? あなたこそ、モテるんでしょ。よく見たら奇麗な顔してるし。中性的だから男女問わず好かれそうね」

「……セレン帝国では異性愛が主流なので、それはなんとも」

「ああ! 忘れていたわ。それならギルバートに靡かないのも納得ね。女の子がいいの?」

「……実は僕、性別を偽っていまして……」

 シュカがぼそぼそと事実を告げると、アリスは驚きの声を上げた。

「……え!? 男の子だと思ってた! それならギルバートでいいじゃない。それともなに?  同学年だっていうし、まさかユリウス殿下に云い寄られているとでも?」

「ユーリは友人です」

「……ユリウス殿下と友人? あなた、案外取り入るのがうまいのね」

 アリスは変に感心しているようだった。

「いえ、僕は目立たず学院生活を送りたいだけです」

「それはもう諦めることね。プロムで挨拶もしたのでしょう? それに殿下のご友人で、公爵家の次男に云い寄られていて。もう平穏な学院生活は望めないと思いなさい」

 アリスの指摘ももっともだ。

 シュカは遠い目をすることとなった。


 学院に帰り着くと、アリスと分かれ、寮へと戻った。

 時刻は夕食時であったが、心労がひどい。今日はもう休もう。

 そう考えつつ談話室に足を踏み入れると、そこにはユーリとディーの姿があった。

「シュカ! おつかれさま。今日が帰りだと聞いて待っていたんだよ」

「おつかれ~って、なんかやつれてない? そんなにたいへんだったの?」

「それが……」

 シュカは思わず、ふたりのもとへと駈け寄った。そうして、多大なる心労を与えてきた新しい友人について話をしたのだった。

「あちゃー、よりにもよってギルバート様かあ……」

「ギルか……」

「なんですか? 何故黙るのですか?」

 ふたりは何故か視線を下げる。

「シュカ、その、気を悪くしないでほしいのだが、ギルは些か惚れっぽいところがあって――」

「はあ」

 ユーリがおそるおそるといったように口火を切る。

「しかも結構熱烈で……社交界では、彼に落とせないひとはいないと云われているんだ……」

「……」

「もしかすると、長期戦になるかもしれない」

 シュカは天を仰いだ。

「なんていうか、ご愁傷様」

 ディーは慰めるように背をさすってくれるが、そんなものは無意味だ。

「ディー、なにかよい方法はありませんか」

「え?」

「モテるんでしょう? うまい躱し方とか、ご存じなのでは?」

 そうだ、身近に、モテると豪語する友人がいたのだった。シュカの気分は上を向く。

 ディーが、この状況を打破する素晴らしいアイディアを授けてくれることだろう――シュカの瞳はたしかに希望で耀いていた。

「えっと……まああるっちゃあるけど……」

「教えてください!」

「じゃあ、オレと付き合う?」

「――え?」

「――え?」

 シュカとユーリは、同時に声を上げた。

「……ディー、僕はいま、とても真面目に話をしているのですが」

 ディーの言葉に、シュカは半眼になってしまう。

「そんな目で見ないで! ちゃんと真面目だから! ――えっと、ギルバート様は、シュカ君に思い人がいると思ってひとまず引いてくれたわけでしょう?」

 ディーはたしかに真面目な顔つきで、確認してくる。

「……そうですね」

「じゃあ、その思い人と付き合ったってことにしちゃえば、解決じゃない? 別にオレじゃなくてもいいけど、流石にユーリ君だと話が大きくなりすぎちゃうし……ノエルちゃんは、なんていうか、洒落じゃ済まなくなりそうというか……」

「なるほど……」

 一応、彼の云い分は理解できた。ユーリだと話が複雑になりすぎるというのはわかる。

 けれど、ノエルだと何故いけないのだろう。

「うーん、それは、まあ、オレの口からは云えないけど――とりあえずオレなら安牌だと思って」

「たしかにな。ディーになら、安心してシュカを任せられる。よろしく頼む」

 ユーリがなにやら娘を嫁にやる父親のような風情で腕を組んでいる。

「任せてよ」

「ちょっと待ってください。僕の意見は?」

「え? 断る要素ある?」

 ディーが目を丸くして此方を見遣る。

 そこでやっとよく考えるが、たしかに、断る理由はなかった。

「……ないですね」

「――いや、あるでしょ。そこまで押しに弱くてどうするの。シュカ君自身の気持ちは大事だよ!」

「僕の気持ち? とりあえずギルバートさんのことが大事になって面倒なことに発展しなければそれでいいです。というわけでよろしくお願いします」

「……シュカ君がそれでいいならいいんだけど」

「ディー、くれぐれもシュカのことを大切にしてくれ」

「それは勿論――って、ユーリ君、これ、ふりだからね? そんな真面目な顔で迫ってこないで?」

「ふりでも、シュカを悲しませたらディーと云えど許さないからな」

「はいはい、承知しましたよっと」

「ユーリは何故そんなに保護者の構えなのですか……」

 けれど、ディーが協力してくれるのなら、なんとかなるだろう。

 シュカは帰ってきたときとは打って変わり、明るい気持ちで夜を迎えられそうだった。

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