51 顔合わせ(2)
食堂では、候補生たちが、思い思いにグループを作り、食事を摂っていた。
三人が食堂に足を踏み入れると、視線が集まるのがわかる。
公爵家のギルバートが目立っているのだろう。
食事のトレーをとり席に着くと、早速ギルバートが口火を切る。
「キミたちは、どうして宮廷魔術師を目指したんだい?」
「才能があるからよ」
アリスが即答する。
「それは素晴らしい。合格順位も三位なんでしょう? すごいね」
「二位のあなたに云われたくないわ」
「ボクは歳上だしね。シュカ君、キミは?」
「――この国に、居場処を作るため、ですかね」
「あら、この国出身じゃないの?」
「……出身は、隣国のセレン帝国です」
「ローレヒ語が流暢だから、気付かなかったわ」
アリスは素直に驚いたような顔をする。
「それで首席なんて、ますます驚きだわ」
「そうでもないですよ。古語はセレン語に近いので勉強しやすいですし。数学も言語は関係ありませんしね」
「なんでもないことみたいに云うけれど、すごいことだよ。誇っていいと思うな」
ギルバートはうつくしい所作で食事を摂りつつ、周りを褒めることも忘れない。貴族らしい貴族だった。
「そういうギルバートさんはどうして宮廷魔術師に?」
「うーん、ボクも、居場処がほしかったのかもしれない」
彼は遠い目をする。
「もう知っているかもしれないけれど、ヴァイス家は公爵家で、ボクの兄は次期国王、アレクシア様の婚約者に選ばれるようなひとなんだ。家でも兄は期待されているけれど、ボクはほどほどに生きればいいって思われているみたいで。なんだかひとりぼっちだったんだよね」
「……友人は多いみたいだし、そんなことないんじゃない?」
家の事情を惜しげもなく晒すギルバートに、アリスはフォローの言葉をかける。
「ふふ、ボクの地位に近づいてくるひとも多いから、なんとも云えないところかな。でも、信用できる友人は作っているつもり。キミたちとも、そうなれたらいいな」
「庶民を友人にするだなんて、格が下がるわよ」
鼻で笑うアリスに、ギルバートは笑みを向ける。
「ううん、寧ろ、さっきのことがあったから、アリス君と友人になりたいと思ったんだ。勿論、シュカ君とも」
デジャヴュを感じる。これは、ユーリに興味を持たれたときとまったく同じ状況ではなかろうか――
「そういうことなら、考えてあげないこともないけど。せいぜいあたしの信用を勝ち取れるよう努力することね」
「努力、努力かあ――うん、そうだね。がんばるよ」
ギルバートは、心なしかうれしそうな顔をしている。努力などせずともほどほどにやってこられた人間だからこそ、努力しろと云われることがうれしかったのだろうか。
ギルバートは、一見友好的だが、奥底になにかを隠している気がする。果たして、ユーリたちのように、心の底から信用してよいものか。
シュカは、微笑むに留めることにした。
午后からは、早速屋外訓練場で訓練が行われるようだった。
集合した候補生たちは、緊張した面持ちを隠しきれていない。
エミリアに指示されたのは、順位順に二人一組で組んでの簡単な魔術の試合だった。
シュカは、ギルバートと組むことになる。
「お手柔らかに頼むね」
「此方こそ、よろしくお願いします」
最初は、お互い様子見で、軽い攻撃魔術を打ち込む。
ギルバートは、氷と闇系統の魔術の使い手のようだった。攻撃系と護りのシールドが使えるのは、実戦において強力な武器となる。彼は流石の腕前を誇っていた。
「シュカ君、もっと本気を出してもいいんだよ?」
「貴方こそ。そう簡単にやられたりしませんから、ご安心ください」
シュカが煽ると、ギルバートは軽く目を見開く。おそらく、彼は兄と比べられてきたから、自分に自信がないのだろう。一方で、二位で合格したことからも、その実力はたしかと云える。周りに、彼についてこられる友人は少なかったのではないだろうか。
「ふふっ、それじゃあ、ちょっと本気出そうかな」
その瞬間、ギルバートは姿を消した。
高等闇魔術の瞬間移動だ――気付いたときには、彼はシュカの後ろに立っていた。
「もらった」
氷の魔術で背中を狙ってくる。
けれど、それはシュカの幻影だった。攻撃は虚しく幻影を刺し貫くのみだった。
「あれ」
「実戦には慣れていませんか」
シュカは、彼の横からその顔を覗き込む。
「幻術か。周りに幻術を使えるひとがいないから、初めて見たよ。すごいね」
ギルバートは、素直に顔を耀かせている。
「まあ、僕も実戦にはそんなに慣れていないのですがね」
「それでもすごいな。流石だね――セレン帝国のお姫さま」
その瞬間、シュカの背筋が凍った。
ギルバートは、あくまで柔和な笑みで、シュカを至近距離から見つめている。
「……元、です」
「そうだったね。ごめんね、怖がらせるつもりじゃなかったんだ。そんなに警戒しないで」
「……そうですか」
そこで、試合終了の号令がかかる。
「ねえ、あとでゆっくり話さない?」
「――ええ」
このひとは、どこまでなにを知っているのか。さらには、それを開示した目的はなんなのか。
シュカは、頷かざるを得なかった。
夕食後、シュカは、寮の裏手のベンチでギルバートを待っていた。彼が其処を指定してきたのだ。
まもなく足音がして、彼がやってきた。
「待たせちゃってごめんね。寒くない? ふたりきりで静かに話せる場処がよくて。でも部屋にふたりきりになるわけにはいかないしね」
ユーリたちとは普通に部屋で話していたから思い至らなかったが、たしかに地位の高い男性とふたりきりになるのは、万が一正体がばれた場合、外聞がよろしくないだろう。
「ええ、問題ありません。それで、お話とは?」
彼は人一人分のスペースを空けて、シュカの隣に腰を下ろした。
「そう急かさないで。ただ、ゆっくり話してみたかっただけなんだ」
「そうですか。なにも他意はないと?」
「実を云うと、家からキミのことを探るようには云われているんだ。でも、そういうの、ボクには性に合わないから」
すべてを明かすギルバートに、シュカはあきれた。
「そこまで開示してどうするんですか。腹芸ができないと、貴族社会で生き残れないでしょう」
「ふふ、大丈夫だよ。だれもボクには期待していないしね」
地位の高さに反する自己肯定感の低さ――どことなく、ユーリを思わせる御仁だった。
「キミ、ユーリ君と仲がいいんだろう? それなら、なんとなく仲良くなれる気がしてね」
「ユーリとお知り合いなのですか?」
「まあね、年齢も近いし、幼い頃から社交界では会っていたかな」
「……幼い頃のユーリはどんな感じだったのですか?」
「あれ、やっぱり気になる? そうだなあ、なんか社交界が窮屈で仕方ないって感じだったよ。いっしょに抜け出して、怒られたりもしたかな」
「ふふ、想像できます」
ユーリは、幼いころから好奇心旺盛で、権力を厭うていたのだろう。
「シュカ君、笑うとかわいいね。もしかして、ユーリ君のことがすきなの?」
突然なにを云いだすのだ、このひとは。
「……友人として、すきですよ。恋仲になることはありえないのでご安心ください」
「へえ、ユーリ君との結婚なんて、この国にいられるいちばんいい方法なのに」
「僕は、自分の力でこの国に居場処をつくりたいと思っていますから」
そこで、沈黙が落ちる。
風が吹いてきて、森の木々がざわめいた。
「――なるほど。思っていたのとちがったな」
そこで、ギルバートの雰囲気が変わる。やわらかな笑みを湛えているのはそのままだったが、どこか、威圧感を覚えた。
「離宮で育った世間知らずのお姫さまって聞いていたから、どんな子なのかと思っていたら。いまは、自分の意志で生きているんだね」
ギルバートは横目で此方に視線を遣る。
ときどき見定めるような感じがしたのは、こういうことだったのか。
「いいな、そういう子、すきだよ。ねえ、ユーリ君がだめならボクはどう?」
「――え?」
話の流れが読めない。シュカが首を傾げると、彼はくすりと笑った。
「鈍いところもかわいいね。恋愛相手にボクはどうって意味だよ」
そう云って、彼はシュカの手をとった。
「……はあ」
いったい、なにがどうしてそうなった。
「まったく話が読めないのですが」
「そう? 至ってシンプルな話だと思うんだけど。シュカ君、キミのことがすきだよ」
あろうことか、彼はシュカの手の甲に唇を落としてきた。
「――?!」
シュカは慌ててみずからの手を引く。そうして、服の裾でその手を拭った。
「わ、傷つくなあ。そんなに厭だった?」
ギルバートが眉尻を下げる。もはやすべてが演技にしか見えなくなっていた。
「意味がわかりません。この短いあいだに、いったいどういう心境の変化で?」
「恋に時間は関係ないよ。ただ、キミのことがすきだなあって思っただけ」
「信じられません」
「そう? 残念。でも、これからボクのこと、もっと知ってから考えてほしいな」
ギルバートは立ち上がり、此方に手を差し出してくる。
「寮まで送るよ」
「……此処は寮の裏手なので必要ありません」
「部屋まで送るよってこと」
「いちおう性別を隠しているので、そういった扱いは困ります」
「此処はローレヒ王国だよ? 性別なんて、些末なことだ」
なにを云っても流されてしまう。
こういった手合いははじめてで、シュカはひたすらに困惑した。
結局部屋の前まで見送られ、彼は去っていった。
シュカは部屋にひとりになると、呆然としてしまった。
いったい、なんだったんだ。
ここまで思考が読めない人間には、はじめて出会った。腹芸ができないかと思えば、急に籠絡しようとしてきたり――自分に利用価値を見いだしたのだろうか。
それともほんとうに、この短い間に恋に落ちたというのか――?
疑問は深まるばかりである。
とりあえず、シュカはすべてを忘れて眠ることにした。




