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50 顔合わせ(1)

 六月末から九月末にかけては、長期休暇となる。学校中の生徒たちは、浮かれに浮かれていた。

 けれど、シュカの顔色はすぐれない。ハートフォード先生に呼び出されたのが原因だった。

「叱られることなんてないでしょ!」

 ディーはシュカを元気づけてくれる。

「そうだぞ。シュカは期末試験でも首席だったのだから、きっと褒めてくれるにちがいない」

 ユーリはのんきなものだ。あの堅物のハートフォード先生が、一生徒を褒めるためだけに呼び出すとは思えない。

 シュカは重い足取りで、彼の研究室へと向かった。

 重厚な扉の前で深呼吸をし、シュカは軽くノックする。

「シュカ・リンドウです。ハートフォード先生はいらっしゃいますか」

「入ってください」

 暫くして、ハートフォード先生が扉を開けてくれた。手ずから開けさせてしまったことに恐縮しつつ、シュカは部屋へと足を踏み入れる。

 ソファに座ると、季節の挨拶などの無駄話は不要とばかりに、先生は早速本題に入った。

「貴方に、大学への飛び級の話がきています」

 まさかそんな話だとは思わず、シュカは唖然とする。

「……飛び級、ですか。まだ高等部一年ですが」

「ええ、そのとおりです。けれど、一年にして宮廷魔術師候補選抜試験に首席合格したという実績があります。ゆえに、来学期から一部大学の授業を受け、一年かけて論文を仕上げ、その審査を以て飛び級に値するか否かを判断するというのが上の意向のようです。どうでしょう」

 ハートフォード先生の顔色は変わらない。どうでしょうもなにも、寝耳に水の話で頭が真っ白になってしまっているのが正直なところだった。

「……あまりに急な話で、まったく思考が追いつきません」

「そうでしょうね。――まあ貴方には、さっさと大学を卒業してもらい、宮廷魔術師となってほしいのでしょうね」

 宮廷魔術師は、候補者のなかから選ばれる。その席はたいへん少なく、候補者試験に合格したからといって必ずしも宮廷魔術師になれるとは限らなかった。

「まだなれるかもわからないのに……」

「貴方なら確実に宮廷魔術師になれることでしょう」

 あのハートフォード先生が、頷いている。その事実に、シュカは驚いた。余程期待されているのだろうか。胃が痛くなった。

「その、すこし考えさせてもらっても?」

「まあよろしいでしょう。候補者の研修もありますし、それをとおして考えを固めるのがよいかと思います」

 アドバイスに、シュカはとりあえず頷いた。

 そうだ、候補者たちの研修――それもまた、シュカの気を重くさせる原因だった。

『宮廷魔術師候補選抜試験合格者のみなさまへ』

 そんな一文で始まる手紙を受け取ったのは、二週間前のことだ。

 曰く、宮廷魔術師候補を集め、一週間の研修を行うとのことだ。郊外に、宮廷魔術師たちの訓練施設があるらしい。座学から実戦訓練まで、さまざまな研修が行われるようだった。

 シュカの噂はどれほど広まっているだろうか――正直、帝国に帰郷するのに匹敵するほどには緊張していた。

「なるほど、飛び級の話だったのか」

 教室へ戻ると、ユーリとディーが待っていてくれた。

「ええ。正直決めかねています」

「君の実力なら問題ないと思うけれどね」

 ユーリが首を傾げる。

「……貴方たちと離れることになってしまいますから」

 恥を偲んで、本音を零す。すると、ユーリとディーは顔を見合わせた。

「シュカ……!」

「シュカ君……!」

 だれもいないのをいいことに、前後から抱きついてくる。

「……苦しいです」

「正直そう思ってくれてうれしいよ。でも、君の将来の選択肢を狭めてしまうつもりはないんだ。行けるところまで行ってほしい。友として、応援するよ」

「そうですね……」

 行けるところまで――そんなこと、考えたことがなかった。これまで、敷かれたレールの上を歩くことしか考えていなかったのだ。急に自由に羽ばたけると云われても、籠の中の鳥は、飛び方を知らない。

「研修もあるので、考えてみます」

「研修?」

「ええ、一週間、郊外の施設で候補生を集めた研修があるそうです」

「そうか。シュカ、それが終わったら、休暇を楽しまないかい?」

「休暇を? 別邸ですか?」

 シュカが疑問を投げると、ディーは不敵な笑みを浮かべる。

「ふっふっふ、それはお楽しみってことで! とりあえず、研修がんばってきてね!」

「応援しているよ!」

 ふたりの言葉が、すっと心に入ってくる。

 どんな噂が広まっているのか――心配は尽きなかったが、ふたりの応援があれば、なにがあっても乗り越えられるような気がした。

「はい、がんばってきます」

 シュカは笑みを返した。


 郊外の施設は、馬車で半日行ったところにあった。思ったよりも長距離の移動で、腰が痛む。

 施設の前に降り立つと、合格者の三十名のうち多くの者がすでに集っていた。

 年齢層は二十代がもっとも多そうだった。そのなかで、王立学院高等部の制服を着たシュカは目立つ。高等部の生徒の正装はこれだと思い、制服できてしまったが、シュカはすでに後悔していた。

 開門の時間を待っているあいだ、参加者はじりじりと他参加者の雰囲気をうかがっているようだった。

 ふいに、ひとりの少女が近づいてくる。

「あなたも高等部の生徒?」

 見れば、茶髪に翡翠の瞳をもつ、王立学院高等部の制服を着た生徒が佇んでいた。

「ええ」

「あたしはアリス・テイラーよ。あなたは?」

「シュカ・リンドウと申します」

 高等部四年のタイをつけているアリスに、シュカは丁寧にお辞儀する。しかし、顔を上げた瞬間、アリスの友好的な笑みは敵意らしきものに変わった。

「シュカ・リンドウ――そう、あなたが、最年少首席合格者の……」

 にこやかな微笑みはいまや影を顰め、その瞳には燃えるような光が宿っていた。

「あたしね、結構自信があったの。最年少首席合格も夢じゃないって云われてきたわ。けれど蓋を開けてみたら三位合格で……首席はどんな子なのかしらって、ずっと気になっていたの」

 敵意の正体は、そういうことだったのか。シュカは合点がいく。

「まあいいわ。宮廷魔術師試験では首席をもらうから。これからよろしく」

 アリスは手を差し出してくる。

 仲良くしようとばかりの態度のアリスに、シュカは困惑した。鋭い視線がシュカを射貫くが、敵意を向けられているわけではないのだろうか――

 シュカは握手を返す。

 見た目にそぐわず力強く握られて、その小さな手は離れていった。

 そこで、案内人が現れた。宮廷魔術師の制服を纏っており、みなから羨望の眼差しを受けている。

「みなさま、たいへんお待たせいたしました。これより施設案内に入ります。わたくしは、第三部隊所属の宮廷魔術師、エミリア・スミスと申します。みなさまの研修も担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

 どうやら、第三部隊――後方支援部隊の隊員らしい。

 かのじょは、淡々と施設を案内していった。

 施設は、約百人ほど滞在できる規模といったところか。屋内訓練室から結界の張られた外に面する訓練場、座学用の講義室まで、訓練に必要そうなものはひととおり揃っていた。

 そのあとで、寮に案内される。ひとり一部屋与えられるらしく、性別を隠しておきたいシュカにとってはありがたかった。

「部屋の鍵を受け取り、荷物を置いたあと、第一講義室に集合してください。それでは、解散とします」

 エミリアは、候補者たちを置いて踵を返した。

寮の管理人から鍵を受け取り、シュカは自分に割り当てられた部屋へと向かう。

 学院の寮より幾分か狭いようだったが、一週間滞在するのに支障はなさそうだった。

 そのあとで、講義室へ向かおうと外へ出ると、アリスが寮の入り口に佇んでいた。

「講義室、遠いでしょう。道は覚えている? いっしょに行ってあげてもいいけど」

「……いえ、特に方向音痴ではないので問題ありませんが」

「……そう」

 アリスは大きな目をさっと逸らした。

 ああ、そういうことか。そこでやっと、シュカは察する。

「――よければご一緒しませんか、テイラー先輩」

「いいわよ。それと、アリスでいいわ、シュカ」

 アリスは顔をぱあっと耀かせる。なんだか既視感を覚えるひとだ。

 矜恃が高く、自信家で、自分の弱点を悟らせたくなくて――シュカは、ユーリの妹の、エリーゼのことを思い浮かべたのだった。

 講義室に着くと、席順が壁に張り出されていた。どうやら合格順位らしく、シュカは最前列の窓側の席だった。

 ひとつの席を空けて、アリスが座る。

「二位は、大学に通う公爵家の次男らしいわ。なんでも、アレクシア殿下の許嫁のお兄様をもつとか」

「お詳しいですね」

「別に調べたわけじゃ――! 勝手に噂話を伝えてくるお節介な友人がいるだけよ!」

 エリーゼと違い、かのじょには友人がいるようだった。

 シュカは、その友人とやらに思いを馳せる。シュカの正体が出回っているとしたら、アリスはこんなにも気軽に話しかけてこないのではなかろうか。

 つまり、まだ噂にはなっていないのだろうか――

 そこまで考えたところで、講師のエミリア・スミスが入室してきた。

「さて、みなさまお揃い――ではないようですね」

 かのじょは、シュカとアリスの真ん中の席に視線を送る。

「ギルバート・ヴァイス、減点」

 手元の紙に、なにやら書き込んでいる。

「まあよいでしょう。時間となりましたので、研修をはじめます――」

 あらかじめ長机の上に置かれていた書類を捲るよう指示される。

 内容は、宮廷魔術師の理念にはじまり、候補生として如何に過ごすべきかという心構えにまで及んだ。

 始まって三十分ほど経ったころだっただろうか――講義室の前のドアが、がらりと空いた。

「すみません、馬車の都合で遅れました。ギルバート・ヴァイスと申します」

 みなの視線を浴びるのは、金髪碧眼の青年だ。柔和そうな顔立ちをしていて、落ち着いた雰囲気を纏っている。特に急いだ様子もなさそうだった。

 これが公爵家の人間の余裕というものだろうか。

「遅刻の場合は一報入れるように。席に着いてください。最前列の右から二番目です」

「はい」

 彼は優雅な足取りで、シュカとアリスの間の席にやってきた。

「よろしくね」

 遅刻など意に介さない様子で、挨拶までしてくる。シュカは無言で会釈した。

「――では続きを進めます。この一週間の研修内容ですが――」

 研修は、朝九時から夕方の六時まで。食事は各自食堂で摂るようにとのことだった。

 外出には、外出届が必要。ただし、郊外にあるため、施設の近辺にはたいした店は揃っていないらしい。

 必要なものがあれば事務職員に申しつけるように、云々。

 内容はすべて書類に記してあるため、あとで読み返せば問題ないだろう。

 はじめの研修は、二時間ほどで終わった。

「これより昼食の時間とします。午后は、屋外訓練場に集合してください」

 エミリアが退出すると、候補生たちはぱらぱらと席を立った。

「シュカ、いっしょに昼食を摂りましょう?」

 アリスが話しかけてくる。ひとりで行動できないタイプには見えないため、きっと、食堂の場処もわからないのだろう。

「ボクもご一緒していいかい?」

 すると、シュカとアリスの真ん中に座っていたギルバート・ヴァイスが声を上げる。

「……なによ、突然」

 アリスは、彼に不審そうな目を向ける。大学生と知っていても敬語を使うこともしないようで、シュカはその態度を不思議に思った。

「ボクはギルバート・ヴァイスと云うんだ。講義のはじめのほうを聞けなかったから教えてもらえないかと思って」

「その手元の書類を読めば全部書いてあるわ」

「そのようだけど――正直なところ、ほかの候補生たちと話してみたくてね。どう?」

「あたし庶民だから、貴族って厭いなの。王立学院でも、散々莫迦にされてきたわ。見下されてるのって、態度でわかる」

 アリスは、容赦のない言葉をギルバートに浴びせかける。

 けれどギルバートは、柔和な笑みを浮かべたままでいた。

「そうなの? ボクは地位なんて関係ないと思うけれど……尊敬できる友人にだって、貴族の出でないひとたちはたくさんいるし」

 その言葉に、嘘はないようだった。

 実際、ギルバートは、シュカやアリスを見下している様子はない。

「アリスさん、初対面から見下してくると決めつけるのは失礼では?」

「なによ、シュカ、その胡散臭いお貴族様の肩をもつの?」

「口が悪いですよ」

 シュカが落ち着いて諭すと、ようやくアリスの視線は和らいだ。       

「……そうね、あなたは、あたしを見下してきたひとたちとはちがうものね。決めつけて悪かったわ」

「いいよ、気にしない」

「あたしはアリス・テイラー。アリスでいいわ」

「改めましてギルバート・ヴァイスだよ。ボクもギルバートでいい。よろしくね」

 ふたりは握手を交わしている。

 そのあとで、ギルバートが此方を向いた。

「キミの名前も聞いていい?」

「シュカ・リンドウです」

「――キミがあの……」

「……よろしくお願いいたします」

 ギルバートが握手を求めてきたため、シュカはその手を握り返した。

 彼は柔和な笑みの下で、注意深くシュカの様子を観察しているようだ。なにか耳に入っているのだろうか――

 シュカが不安になったところで、ようやくギルバートは手を離した。

「それじゃあ、行こうか。あ、場処がわからないから案内してもらえるとうれしいな」

「勿論よ。シュカ、あなたが先頭を行くといいわ」

「はいはい」

 ギルバート、ついでにアリスに施設を軽く案内しつつ、シュカは食堂へと向かった。

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