49 決意(2)
「――そんなことがあったのですが、ローレヒ王国に残ることにしました」
その後ノエルの部屋を訪ねたシュカは、事の経緯を報告していた。
「……そっか。話してくれてありがとね。わたしも、シュカとずっといっしょにいたいよ」
ノエルは微笑む。
けれど、その表情はどこかかたく、シュカは首を傾げた。
まさか、まだ毒の件を気にしているのだろうか――
「ノエル、医務室でも云いましたが、あの件は、ノエルのせいじゃありませんよ」
念のため、シュカが繰り返すと、ノエルは俯いた。
「……あのね」
やがて、ノエルは重い口を開く。
「シュカはそう云ってくれるけど、やっぱり気付けなかったのが、ほんとうにショックだったんだ。だってわたし、毒属性持ちなんだよ? なんで気付かなかったのかって、あの日からずっとずっと後悔してる。もっと注意して見ておけばよかった」
「……それを云うなら、僕だって警戒して、毒消しの魔術をかけるべきでした」
ノエルは俯いたままでいる。相当ショックだったのだろう。当然だ。友人が、目の前で倒れたのだから――
シュカは、ノエルの手を取った。
「ノエル、決して、貴方のせいではありません。だから、これ以上自分を責めないでください」
「シュカ……」
ノエルは、目を潤ませる。
「わたし、わたしね……シュカが倒れたとき、ほんとうに怖かった。シュカがしんじゃうんじゃないかって、震えて、なにもできなかった。あのあと駆けつけてくれたディー君が応急処置をしてくれてなんとかなったんだけど――わたし、なにもできないんだなって実感したの」
「そんなことは――」
「でも、でもね――」
ノエルは、シュカの手を握る。
「わたし、強くなる。もしまたシュカが毒に倒れるようなことがあったら、今度はわたしが助けるよ。そのために、たくさん勉強する。わたしも、宮廷魔術師を目指そうと思うの」
「ノエル――」
その瞳には、力強い光が宿っていた。
「シュカ、わたし、がんばるから。見ていて」
掌をぎゅうと握りしめて、ノエルが云う。
シュカは、あたたかな熱を感じながら、微笑んだ。
「はい。見ています。ノエルのがんばるところを、ずっと隣で見ていますね」
「……! うん!」
ノエルはシュカに抱きついた。思い切りがよすぎて支えられず、シュカはソファに倒れ込む。
それでも、ノエルが離れることはなかった。
「ノエル、今度の里帰りの件で――」
そのときだった。ノックと同時に、扉が開かれた。
見れば、ルークが立っていた。
ルークはソファの上に倒れ込むふたりを見て、固まる。
「……失礼した」
そうして扉が閉まった。
「……もう、ルークったら、ドアを開けるときはちゃんと返事を待ってって云ってるのに、いっつもノックと同時に開けるんだから」
ノエルがシュカの上に覆い被さって頰を膨らませている。
「……その、ルークさんに、なにか勘違いさせていませんか?」
シュカはそんなノエルの様子に、おそるおそる訊ねる。
「――勘違いさせちゃ、だめ?」
「……え?」
「ねえ、シュカ。プロムのとき、シュカのこと大好きって云ったでしょ? あれって――」
その言葉を遮るように、今度はノックなしに扉が大きく開かれた。
「ノエル! 寮内で不純異性及び同性交友は禁止されている!」
ふたたび、ルークの声が響き渡る。
ノエルは顔を顰めると、渋々シュカの上から退いた。
「ルークってばうるさい! いまいいところだったのに!」
「リンドウはなにもわかっていないようだが?」
「それは、そうだけど……」
「兎に角、ユーリ様の許可なしにリンドウに手を出すのは禁止だ!」
「なんで此処でユーリ君の名前が出てくるのさ!」
「リンドウはユーリ様の大切な友人だ。当たり前だろう?」
「シュカはもう立派な大人なのに!」
「……あの、おふたりとも、ちょっと落ち着いて」
扉が開けっぱなしで、ふたりの声は廊下や隣室まで響いていることだろう。
「リンドウ、このままだとノエルに手籠めにされるぞ」
「……はい?」
ローレヒ王国の言語には不自由ないと思っていたが、めずらしく単語が聞き取れなかった。
「ちょっとルーク、変なことふきこまないでよ! そんなことするはずないでしょ!」
「中等部時代の数々の愚行を忘れたとは云わせないからな」
「あ、あれは向こうから……もう、シュカの前で過去のこと話すのは禁止! シュカ、ルークの云うことを信じちゃだめだからね」
ノエルはくるりと振り返ると、シュカの眼前に人差し指を立てる。
「わかりましたから、落ち着きましょう」
興奮するふたりを宥めるのに、シュカは多大なる精神力を費やしたのだった。
翌日、シュカは早くに目を醒ました。
ひさしぶりに、清々しい朝だ。散歩でもしようか――
もう陽が出ている。いまなら、湖面にうつくしく照り返る金色が見られるかもしれない――シュカは、寮内のお気に入りの湖畔へと向かった。
ベンチに座ると、初夏の風が頰を撫でていく。緑の匂いが色濃く、夏の訪れを感じさせた。
「わあ!」
「……!?」
「あはは、驚いてる! おはよう、シュカ君」
「ディー……いちいち驚かさないでください。また走り込みですか?」
「つい出来心で。そうそう、テスト勉強ばっかりで身体が鈍っちゃったから、取り戻さないとね」
ディーは涼しげな恰好で運動に励んでいるようだった。
「そうだ、ちょっとお伺いしたいことがあるのですが」
「え、なになに? めずらしいね」
ディーがベンチの隣に腰をおろす。
「てごめ、ってどういう意味ですか?」
「……え?」
ディーが固まる。発音が間違っていたのだろうか。
「すみません、聞き取りが曖昧で辞書が引けなくて。発音、違いました?」
「えっとお……たぶん合ってるとは思うんだけど合っててほしくないというか……だれに云われたの?」
「ルークさんが、ノエルにてごめにされるぞ、と」
「……そういえばノエルちゃんって、中等部のときいろんな噂が立ってたなあ。本人真面目みたいだし全部ガセだと思ってたんだけど……えーまさかね?」
「で、結局どういう意味なのですか?」
「あーシュカ君は知らなくていいかも?」
「何故渋るんですか。まあいいです。発音がわかったので辞書を引きます」
「えっと、あんまり本気にしないでね?」
「? わかりました」
ディーは遠い目をしている。そんなに教えたくない単語なのだろうか。
自室に戻ると、シュカは早速辞書を引き――悲鳴を上げたのだった。




