47 毒
意識がゆっくりと浮上する。
目を開けると、シュカは見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
視界が歪んでいる。吐く息が熱を帯びている。
寝かされているのに、足元がぐらぐらと揺れているような心地がした。
「目が醒めましたか」
そこには、白衣を纏った校医の先生が佇んでいた。
「まだ熱が下がらないようですね。解毒はしましたが――」
「……解毒?」
声が掠れていて、すこし言葉を発しただけで喉が痛んだ。
「水を飲みますか? ゆっくり、そう」
頭の下に手を添えられ、軽く上げられる。吸い飲みが口に当てられた。
「けほ、ありがとうございます」
すこし身を起こしただけで、眩暈がひどい。
「詳しくはもうすこし回復してから説明しますが――リンドウさんはプロムで毒を盛られたようです」
「毒……」
校医は淡々と語る。一方で、シュカの頭は混乱していた。
いったい、何故――
「いまは眠ってください。考えるのは、あとでいい」
先生が目元に手を当てる。
昏闇が押し寄せてきて、シュカの意識はふたたび微睡みに沈んでいった。
次に目を醒ますと、枕元の椅子に、ノエルの姿があった。
「……ノエル?」
「シュカ! 目が醒めたんだね! 調子はどう? まだ苦しい?」
ノエルは泣きそうな顔で訊ねてくる。
「……先ほどよりはましになったようです」
「……最初に意識が戻ったのは今朝だって聞いたよ。いまは夜――プロムの翌日だよ」
「僕はそんなに眠っていたのですね……」
「うん……あ、いま先生を呼ぶね」
よくよく見れば、ノエルは酷い顔をしていた。目元は泣き腫らしたように赤くなっていて、唇もいつものような潤いがない。
「……ノエル」
「なあに、シュカ」
「ノエルのせいじゃ、ありませんから」
「……え?」
「気に病まないでくださいね」
「――! シュカ……」
ノエルは目に涙を浮かべる。けれど泣かないようにと、必死に感情を抑えているようだった。
「――先生、呼んでくるから。待ってて」
ノエルは席を立った。
暫くして、校医の先生が顔を見せた。
「気分はどうですか? 今朝よりは顔色がいいですね」
「はい。だいぶましです」
「なによりです。アッシュヴィルドさんからお話があるようです。通しても?」
どうやら、ユーリも見舞いに来てくれているようだった。
「はい」
「わかりました」
そう云って、先生は踵を返した。
ベッドはカーテンで囲まれているため外の様子はわからないが、なにやら低く話し声が聞こえる。やがて、足音が此方へ向かってきた。
「シュカ? 入るよ」
そうして、ユーリとディーが入ってきた。
「ユーリ……なんて顔をしているんですか」
ユーリは、ノエルほどではないとはいえ、酷い顔をしていた。眠れなかったのだろうか――目の下には隈ができている。
「シュカ、すまない。私がいながら、こんなことになってしまって――」
「オレも、御免ね。ずっと近くにいればよかった」
「顔を上げてください。おふたりのせいではありません。気付かなかった自分が悪いのですから」
ふたりが頭を下げるものだから、シュカは慌てて起き上がろうとする。
しかし、途中でくらりと目が回り、そのままベッドに逆戻りした。
「無理はしないでくれ。起きなくていい。――今回の件の話をしてもいいかい?」
ユーリが痛ましそうな表情で云う。つまり、犯人がわかっているということだろう。
「……はい」
シュカの返事を聞き、ユーリは何度か口を開く。けれどそのたびに吐き出されるのは吐息ばかりで、言葉が出てこない。
「オレから説明しようか?」
そんなユーリの様子を見て取ったのか、ディーが口を挟む。
「いや、私が。……犯人は、アマネ・コンドウだ」
ユーリが云いにくそうにしていた理由がわかった。
シュカは、その名を聞いても、さして動揺はしなかった。自分が口をつけたのは、卵焼きのみ――心の何処かでその可能性を否定していたが、やはり、そういうことなのだろう。
「……そうですか。動機は?」
「シュカが宮廷魔術師候補選抜試験に合格したことへの妬み、だったそうだ。コンドウは大学の魔術科に所属していて、過去二回試験に落ちている。次に受からなければ、故郷に帰らなければならないそうだ。そこに、君が現れた――」
ああ、そういうことか――シュカは納得した。同じく東国にルーツがある後輩として目をかけていた者が、自分の落ち続けていた試験に合格したのだ。妬みたくもなるだろう。
「ははっ――」
シュカは、無性に笑いたくなった。
「……シュカ?」
「いえ。――僕は、何処までもひとを不幸にするのですね」
自分という存在が、周りを不幸に陥れる。
そうだ、何故、忘れていたのだろう。
最近、幸福に浸りすぎていた。その代償を払うときがやってきたにちがいなかった。
「シュカ! そんなことはない。私は、君といっしょにいられて、幸福だよ」
「けれど、いつか不幸にしてしまうかもしれません。――やはり、友人でいるべきではないのかもしれませんね」
「シュカ……」
ユーリは泣きそうな顔をした。
「そんなことを云わないでくれ。私は、シュカといられて幸福だし、これからも君と友人でいたいよ」
「でも、もし貴方まで不幸にしてしまったら――今度こそ、僕は耐えられないでしょう」
「……」
ユーリは口を開く。しかし、そこから言葉が発されることはなかった。
重い沈黙が下りる。
「シュカ君、いまは調子が悪いから、思考も悪い方向にいっちゃってるだけだと思うな。とりあえずオレたちは帰るから、ゆっくり休んで」
ディーはユーリの肩を抱く。
「行こ、ユーリ君」
「ディー、でも……」
「いまは無理だ」
ディーがめずらしく険しい顔で首を横に振る。
「……」
ユーリは離れがたそうにしながらも、やがてディーと共に踵を返した。
ふたりの去ったあとを、シュカはじっと見つめる。
ああ、酷いことを云ってしまった。もう彼は、友人でいたくないと思うだろう。
それでいい。それでいいのだ。
母を、そしてソフィアを殺した自分が、幸せを得ることなどあってはならない。
一生独りで、生きていくべきなのだ――
そう思うのに、胸が軋むように痛むのは何故だろう。
まだ体調が万全でないせいに違いない。
いまは、眠ろう。
シュカは目を閉じる。
まなうらには、去っていた彼らの影が灼きついて、離れない――




