46 プロム(3)
三曲目が終わる。
そこで、一旦休憩が挟まるようだった。
ユーリにつれられて壁際に移動する。直ぐに、ディーが合流してきた。
「ふたりとも優雅だったよ~流石、絵になるねえ」
「ありがとうございます」
「あと、ドリンクもらってきたからどうぞ。シュカ君のは葡萄ジュースね」
そう云って、ディーはユーリとシュカにグラスを渡した。護衛を経由したということは、ユーリの分は毒味済みということだろう。
「ありがとう。ディーも、ひさしぶりというわりにうまかったじゃないか」
「やっぱりオレってなんでもできちゃうなあ。流石でしょ?」
「その調子で引き続き勉強に励んでもらいたいものだ」
「うわ、墓穴掘ったかも」
「ふふ」
ふたりのやりとりは相変わらずで、力が抜ける。シュカが笑い声を立てると、ふたりは微笑ましいものを見るような目でシュカを見た。
「リラックスできたようでよかったよ。ここのところ、緊張しっぱなしだったでしょ?」
「はい。夜も眠れないほどで……でも、やっと解放されます」
シュカが微笑みを見せたところで、ユーリが気まずそうな顔をする。
「その、解放される前にもう一仕事あるかもしれない……」
「え?」
なにかあっただろうか――シュカが思考を巡らせると、ユーリが口を開いた。
「先ほど、姉上がシュカにも挨拶したいとおっしゃっていて……」
「……アレクシア様が」
シュカの表情はふたたびかたくなる。
しかし、かのじょには大変世話になった。宮廷魔術師候補の件でも、助言をもらったのだ。此方から挨拶に伺うのが筋というものだろう。
「……ご挨拶に伺ってきます」
「私も行こう。ふたりきりよりはまだ話しやすいだろう?」
「正直ありがたいです」
こうして、シュカはユーリとディーと共にアレクシアのほうへ向かった。
かのじょは、生徒たちのいるエリアからはすこしばかり離れたところで、貴賓に囲まれていた。
しかし、ユーリが近づくと、人の波が割れる。
「姉上、シュカがご挨拶をと」
「通して頂戴」
アレクシアは、此の舞踏会の主であるが如く、毅然と佇んでいた。これが、次期国王の貫禄――シュカは人知れず息を呑む。
そんなシュカを見て、アレクシアは口火を切った。
「おひさしぶりですわね、シュカ様。宮廷魔術師候補選抜試験の首席合格、おめでとうございます。よいスピーチでした」
「勿体ないお言葉でございます。アレクシア様のご助言あってこそのことで――その節は、誠にありがとうございました」
「すべて貴方の実力です。これから大変なことも多いでしょうけれど――期待していますわ」
「ご期待に添えるよう、尽力いたします」
シュカは一礼して、その場を下がった。
そんなふたりの様子を、周りの貴賓たちは観察していたようだ。アレクシアに敬称を使われるシュカは何者なのかと、みな興味津々である。
そんな視線を遮るようにユーリは、シュカの隣に立つ。背後には、ディーが付き従っていた。
壁際へと戻ってくると、シュカは長いため息をついた。
「……アレクシア様は相変わらずですね。緊張しました」
「姉上は公の場では特に存在感を発揮するから――私まで緊張してしまったよ」
「もうほんとに切れ者って感じだよね」
三人がこそこそと言葉を交わしていると、集団に近づいてくる者があった。
「シュカー! 探したよ。スピーチおつかれさま!」
ノエルだった。
「ノエル、ありがとうございます。ノエルのお陰で人前に出られる恰好になって――助かりました」
「そんなことないよ。――でもみんなシュカの話で持ちきりだったから、ちょっと誇らしかったかな」
それは初耳である。何処でどのように話されていたのだろうか――不安げに翳るシュカの表情を読み取ったのか、ノエルが慌てて付け加える。
「あ、悪口じゃないよ。シュカが素敵だって、みんな褒めてたんだから!」
ノエルの腕がよすぎるせいで、目立ってしまったということだろう。それはそれで複雑だった。
「――ねえ、このあといっしょに踊らない?」
シュカが思考を飛ばしていると、ノエルがやや上擦った声で云った。その一言で、シュカの心は現実へと戻ってくる。
「――ええ、勿論。エスコートしてくださいますか、レディ?」
「きゃー! します、する、がんばる!」
「ノエルちゃん、ファイト!」
「私たちも踊ろうか、ディー」
「はいよ、せっかくだしね」
そうして、シュカたちは暫しダンスを楽しんだ。
「シュカと踊れるなんて、夢みたい」
「また幾らでも踊れるじゃありませんか」
「うん、そうだよね!」
ノエルが無邪気に笑う。
けれど、その笑顔が輝かしい分だけ、シュカの心は沈んでいった。
かのじょはこの笑顔を、いつまで自分に向けてくれるだろうか。隠し事ばかりの、自分に――
「……ノエル、これから、僕に関するさまざまな噂が立つと思います。おそらく、ノエルにとって予想外のものもあることでしょう――それでも、友人でいてくれますか?」
シュカは、おそるおそる口を開く。
ノエルは大きな目を更に大きく見開いて、シュカをまじまじと見つめた。
「――シュカ、わたしは、いつだってシュカの味方だよ」
とびきりの笑顔で、かのじょは云う。
「どうして……」
「ふふ、シュカが大好きだからだよ」
そこで、曲が終わる。本来なら一礼するところだが、ノエルはシュカを抱きしめた。
「シュカ、好き。大好き。なにがあっても傍にいるからね」
「ノエル……ありがとう、ございます」
注目を浴びているのはわかったが、シュカは涙を堪えるのに必死だった。
「へへ、マナー違反だったね。ねえ、ご飯食べに行かない? 美味しそうなものがたくさんあったよ」
暫くして、ノエルが離れていく。
シュカははにかみながら首肯した。
食事は、ビュッフェ形式になっていた。
シェフがその場で焼いてくれる肉料理や卵料理からフルーツまで、なんでも揃っていた。
「わあ、お肉美味しそう……あ、あれ、卵焼きじゃない?」
ノエルの指さすほうを見ると、アマネが卵を焼いていた。
「アマネさん、こんばんは」
「……もしかして、リンドウさん? わあ、今日の恰好、とても素敵です」
「ありがとうございます。卵焼きなんて、珍しいですね」
「文化交流の一環なんだそうです。本場のシェフが直前で体調不良になってしまったらしく……急遽かり出されたんです」
「そうだったのですね。アマネさんのお料理は美味しいのでうれしいです。ひとつお願いします」
「はい。リンドウさんに食べていただくとなると緊張しますね」
そう云うわりに慣れた手つきで、アマネはうつくしい卵焼きを完成させた。
「熱いのでお気をつけて」
「ありがとうございます」
それからフルーツをすこし取って、シュカとノエルは壁際へ下がった。
「わあ、ローストビーフ、すごく美味しい」
ノエルが頰を押さえている。
「ふふ、よかったです。卵焼きも美味しいです。よければ一口――」
そこで、シュカはふと違和感を感じる。
「わあい、すこしもらおうかな。……シュカ?」
ノエルの声が、遠くに聞こえる。
なんだろう――視界が昏くなっていく。
シュカの手から、カトラリーと皿が滑り落ちる。立っていることが難しく、ついにシュカは膝をついた。
――シュカ、シュカ!?
だれかが、悲鳴を上げる。
ノエルがシュカの身体を抱え込む。ノエルのつけた香水の香りだけが、妙にはっきりと感じられた。
そこで、シュカの意識は途切れた――




