45 プロム(2)
会場の入り口で招待状を差し出すと、確認が取られ、中へと案内された。
会場内は煌びやかに飾り付けられており、流石王立学院の名を冠するプロムだ。
ノエルのお陰で和らいだ緊張が再び戻ってくる。こんなに広い会場だとは思ってもいなかった。いったいどれだけのひとの視線を集めるのだろうか――
壇上には、教師陣が集っていた。ハートフォード先生やハミルトン先生の姿もあり、シュカはやや平静を取り戻す。
「こんにちは。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「シュカ・リンドウさんですね。学院理事のヴェルフです。今回、プロムを取り仕切らせていただきます。愚息がお世話になっております」
精悍な顔つきをした壮年の男性が、握手を求めてくる。ヴェルフといえば――ルークの父親だろうか。生真面目そうな様子がたいへん似ており、血のつながりを感じさせる。
「こちらこそ、ルークさんにはいつもお世話になっております」
「はは、優秀なお嬢さんにそうおっしゃっていただけるなんて、ルークは果報者ですな」
細められた目が笑っていない。やはりルークとは違い、一筋縄ではいかなそうな御仁だ。
シュカは気を引き締めた。
「原稿の確認も兼ねて、一度舞台上でスピーチをしていただいても?」
「かしこまりました」
シュカは舞台に上がる。風の魔術を使った拡散器を前に佇むと、スピーチを行った。
「はい、結構です。問題はなさそうなので、本番もよろしくお願いします」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
そうして、リハーサルはほかのひとびとへと移った。
シュカはひとまず安心する。本番もこのとおりにやれば大丈夫だ――なにも心配することはない。 不安はあったが、なんとか自分を鼓舞する。
プロムは夕方からだ。すこしばかり散歩をしよう。
そう思い外へ出ると、着飾った生徒たちがあちこちで談笑していた。開場を待っているのだろう。
シュカは一度寮へ戻ろうかとメインストリートを歩く。けれど、いつになく視線を感じた。
ちらりとそちらを見遣ると、視線は逸らされ、なにやらこそこそと内輪で話しているのが見て取れる。
まさか、もう噂が広まっているのだろうか――生徒たちはユーリと共に行動するシュカの顔を覚えている可能性がある。そんな人間が宮廷魔術師候補選抜試験で首席を取ったのだ――なんらかの不正が疑われている可能性もあった。
ユーリに迷惑をかけてはいけない。やはり距離を置くべきだろうか――
『私は、シュカと友人でいることを諦めたくないんだ』
そう考えたとき、ふと、ユーリの言葉を思い出した。彼は、決然とそんなふうに云ってのけた。
ユーリと友人でありたい気持ちは、シュカだっていっしょだ。喩えなにを噂されようと、シュカが実力で首席合格したことは事実。なにも臆することはないのだ。
シュカは改めて背筋を伸ばすと、視線を払いのけるように毅然として歩みを進めた。
暫く自室で休んでいると、夕刻が迫ってきた。開場は十七時だ。一時間前だが、スピーチのことを考えると早めに向かってもよいだろうか――
シュカが立ち上がると、折良くドアをノックする音が響いた。
「はい」
「シュカ? 私だ」
「ユーリ」
扉の外には、タキシードを纏ったユーリと、護衛の正装をしたディーの姿があった。
「わあ、シュカ君かっこいい!」
「ああ、よく似合っている」
「ノエルのお陰です。――ところで、なにか御用でしたか?」
シュカが訊ねると、ユーリは目元を和らげる。
「シュカが緊張しているのではないかと思って激励に来たのだけれど、なんだか大丈夫そうだね」
「うんうん、なんか騎士みたいなオーラを感じるよ!」
ディーが巫山戯て敬礼してみせる。
「……少々思うところがありまして。これも洗礼だと思って、毅然と立ち向かおうと思います」
「勇ましいね。シュカなら、立ち向かえるさ!」
「ねー。惚れちゃいそうだよ」
「それは困るよ、ディー。ファーストダンスは私と踊ってもらわなければならないのだから」
「ははっ、わかってるって」
ふたりはいつものようにじゃれあっている。一方のシュカは、顔面蒼白になった。
「……ファーストダンス」
「そうそう、ユーリ君はこれでも王子様だからさ、下手にほかの生徒と踊って気を持たれちゃったり外堀埋められても困るから、オレと踊るの――ってもしかして、シュカ君、ファーストダンスの相手、決まってない?」
「……スピーチのことで頭がいっぱいで、完全に忘れていました」
ファーストダンスは、非常に重要である。通常は、正式に社交界デビューする際に舞踏会で踊る最初のダンスのことを云うが、ローレヒ王国王立学院のプロムは社交界に匹敵する規模の舞踏会である。
そこで踊るはじめのダンス――ファーストダンスは、カップルや大切な者同士、または気心の知れた者同士で踊ることが多いとのことだった。
「よし、シュカ君、オレと踊ろう!」
「え? ユーリはどうなるのですか?」
「ユーリ君はアレクシア様を誘うのはどう?」
「……まあ、それがいちばん順当かもしれないね。婚約者のエリオット様はいらっしゃらないようだし、ちょうどよいかもしれない」
「ご迷惑をおかけします……あと、僕は女性パートしか踊れないのですが大丈夫でしょうか?」
「おっけーおっけー。オレはリードパートもパートナーパートもどっちも踊れるから、任せてよ」
頼もしい限りだ。
「そうしたら、私は姉上に相談してくるから、また会場で」
「スピーチがんばってね」
「ありがとうございます」
そうしてユーリたちは去っていった。
ファーストダンスは特別な関係でない限り、二回以上同じ者と踊らないのがマナーだ。三回目はどうしよう――ノエルにでも頼もうか。
不安は取り払われた筈なのに、新たな不安の種が生まれてしまった。
けれど、開場の時間は迫っている。腹をくくるしかないようだった。
シュカが会場入りすると、舞台袖に通された。はじめにアレクシア殿下の挨拶があり、賓客の挨拶が続く。そのあとで、シュカのスピーチの番が回ってくるらしい。
いよいよ、開幕だ――ひとが思った以上に多く、殿下のありがたい話も、右から左へと通り抜けてゆく。かのじょは堂々としていて、流石の話しぶりだった。
「続きまして――」
シュカの名が呼ばれる。毅然として、臆さず――そう思って舞台に上がったが、衆目の視線を一身に浴びると頭が真っ白になってしまった。
震える拳を隠し、前へ進む。ひとつ深呼吸をすると、シュカは口を開いた。
「本日は、お招きいただき、誠にありがとうございます――」
言葉はすらすらと出てきたが、内容がまるで頭に入ってこない。自分は正しく話せているのだろうか――
そんなことを考えているうちに、スピーチは終わった。
拍手が起こり、ようやくシュカの心は現実へと戻ってきた。
ぎこちなく頭を下げ、舞台袖へと捌ける。
そこにはハートフォード先生が待機していた。
「おつかれさまです。よいスピーチでした」
滅多に生徒を褒めない先生が、そう云ってくれている。シュカはそこへきて、やっと胸を撫で下ろした。
「あとは招待客として、プロムを楽しんでください」
「はい、ありがとうございます」
シュカはやっと解放された。
しかし、まだ難題が残っている。
「続きまして、ファーストダンスのお時間です」
あらかじめ落ち合う場所を決めておいて助かった。人混みをかき分け、ディーのいる場処へと向かう。
「シュカ君、こっちこっち」
袖を引かれた。見れば、ディーが笑顔で手を振っていた。
「おつかれ、スピーチよかったよ」
「ありがとうございます。実は緊張でなにも覚えていません」
「あはは、そうだったの? 堂々として見えたけどな。さあ、行こうか。お手をどうぞ」
「……ダンスはひさしぶりなので、失礼があったらすみません」
「オレだってひさびさだからうまくできるかわからないけどさ、楽しもうよ」
「はい」
ディーの言葉に、肩の力が抜ける。これだけひとがいるのだ、粗相をしても目立つことはないだろうし、無難に終わることを祈ろう。
そのとき、フロアから歓声が上がった。
中央には、ユーリとアレクシアの組が出てきたところだった。ふたりが並ぶと荘厳な空気が醸し出され、とても絵になる。
「わあ、うまく王子様してるねえ。ま、あのふたりの独壇場だろうから、俺たちは気楽にいこ?」
ディーはウインクを送ってくる。
「そうですね」
ふたりはダンスフロアへと進む。心なしか視線を感じるのは気のせいだろうか――タキシード同士で踊るのが不自然に映るわけでもなさそうだし、やはり先ほどスピーチを行ったのが原因だろうか――
位置につくと、まもなく音楽が流れはじめる。はじめはワルツだった。
ディーのリードは、非常に安定感のあった。なんでも器用にこなす彼らしい。
「シュカ君、やっぱりそっち側が似合うねえ」
「? 似合うとかあるのですか?」
「そうだね、この国のひとたちは大抵どっちのパートも踊れるけど、好みはあるし、そのひとの雰囲気に合うかどうかも重視されるかな」
「……理解が難しいです」
「ははっ、まあ、ゆっくり覚えてもらえれば」
ひさしぶりのダンスだったが、やはり身体が覚えているらしく、シュカはミスすることなく一曲踊り終えることができた。
「もう一曲いかがですか?」
ディーが茶目っ気を出して誘ってくる。
シュカはくすりと笑い、「是非」とその手を取った。
「あーあ、これはオレも噂されちゃうな」
「え?」
「いやーこっちの話。……あ、ユーリ君がこっちを気にしてる。シュカ君とも踊りたいんだろうな」
「そうなんですか?」
「うんうん。仲良しの証だからね!」
二曲目も無事踊り終える。ディーと二曲以上踊って、彼の心象を悪くしてもいけない。シュカは礼をして、その場を離れた。
「シュカ」
そこへ、すかさず声がかかる。
「ユーリ。アレクシア様とのダンス、とても素敵でした」
「ありがとう。よければ私とも踊らないかい?」
「喜んで」
ユーリは無表情ながらも顔を耀かせた。
「ディーはよいのですか?」
「あとで踊るよ。でもいまは、君と踊りたい」
「そうですか」
ユーリの手を取る。
リードは慣れたもののようで、ダンスフロアへと移動した。
すると、先ほどが目でないくらいの視線が集まる。王位第三継承者の名は伊達ではない。
音楽がはじまる。注目されているのがわかるから、緊張で足が縺れそうになった。
「大丈夫。私に任せて」
ユーリのリードもまた、安定感があった。
「ありがとうございます」
「いや。此方こそ。注目を浴びるのは好きではないだろう? 手を取ってくれてありがとう」
「友人ですからね。アピールしておくのも悪くないかと思いまして」
冗談めかして云うと、ユーリは目を見開く。
「うれしいよ」
心底うれしそうに眉を下げるものだから、シュカは微笑んでしまった。




