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44 プロム(1)

「ねえ、シュカ。プロムに参加しない?」

「プロム?」

「そう、六月の半ばに開催されるダンスパーティのことだよ。本来は高等部四年生――卒業生向けのパーティなんだけど、在校生でも参加できるの。高等部に進学したからには出てみたかったんだあ」

 授業終わりに、ノエルに引き留められたかと思えば、そんな提案をされた。

「ダンスパーティですか……」

 ダンスはメイドのソフィアに教わった。一応人前に出て恥ずかしくない程度には踊れるものの、シュカは女性パートしかわからなかった。

「大丈夫! この国のひとは大抵リードパートもパートナーパートも踊れるから! 男女がどっちを踊っていても、不自然じゃないんだよ」

 リードにパートナー――男性パートと女性パートのことはそのように呼ぶのだろう。ひさしぶりにローレヒ王国の洗礼を浴びてくらくらする。

 しばらく考えたが、やはり目立つのは好きではない。

「うーん、人が多いところは苦手なので……すみませんがお断りさせてください」

「そっかあ、残念だけどわかったよ」

 ノエルは残念そうにしながらも、解放してくれた。

「リンドウさん。すこしよろしいですか?」

 そのとき、ハートフォード先生から声がかかった。

「はい、なんでしょう」

「此処ではあれなので、指導室で話しましょう」

 そう云って、ハートフォード先生は踵を返した。彼はいつも険しい顔をしているから、よい話なのか悪い話なのか検討がつかない。

 シュカはおそるおそる彼の後をついていった。


「……プロムでスピーチ、ですか」

「はい。もともと在校生であれ優秀な生徒に参加を促すことはあるのですが、リンドウさんは宮廷魔術師候補選抜試験に受かったでしょう? しかも首席で。王立学院のプロムといえば、貴族や国家の要職の方々も多く参加する社交場になっていまして。是非ともスピーチをと学院側に要請がありました」

「お断りすることは――」

「当日は国王の代理として、アレクシア殿下もいらっしゃいます。国からの要請なので断ることは難しいでしょうね」

「……そうですか」

 シュカは冷や汗をかいていた。まさかここまで大事になるとは思ってもみなかったのだ。せいぜい宮廷魔術師の集まる場で挨拶する程度だと思っていたのだが――プロムでスピーチをするとなれば、学校中にシュカのことが知れ渡ってしまう。今後注目を集めることになるだろうことは容易に想像できた。

「……貴方の立場は知っています。これから大変なことも多いでしょうが、教師一同、できる限りサポートしていくつもりです。お願いできますか?」

 断ることは難しいだろうに、あくまでシュカの意見を尊重しようとしてくれるところに、ハートフォード先生の優しさを垣間見る。

「……わかりました。お引き受けします」

「ありがとう。なにか相談があれば、私か――女性のほうがよければハミルトン先生に」

 暗に、ハミルトン先生も事情を知っているのだということを示唆された。

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 頭を下げると、シュカは部屋を出た。

 窓の外には曇天が広がっている。いまのシュカの心境を表しているようだ。

 シュカは、大きくため息をついた。


「――それで、結局プロムに参加することになりました」

「そうなんだ。シュカもたいへんだね……」

 先生に呼ばれた場面を見ていたノエルが、シュカを教室で待ってくれていた。

 話を聞くと、ノエルは気の毒そうな顔をする。

「でも、いっしょにプロムに参加できるのはうれしいな。美味しいもの食べてダンス踊ろう? せっかくだから楽しもうよ!」

「……そうですね」

 ノエルが明るく云ってくれるから、救われる。けれど、難題はまだあった。

「あのですね、なにを着ればよいのかわからず……相談にのっていただけませんか?」

「勿論! タキシードがいい? ドレスがいい? 性別を隠しておきたいならタキシードがいいかなあ」

「前にエリーゼ様にプレゼントしていただいたフォーマルなスーツがあるのですが、それではだめでしょうか?」

「うーん、スピーチをするとなると、きちんとタキシードがいいような気がするなあ。ユーリ君たちにも相談してみるといいかも」

「そうですね」

 そうしてふたりは、帰路についた。


「ええ、シュカ君、プロムでスピーチするの?」

 夕食後、ユーリの部屋を訪れると、案の定ディーもソファに転がっていた。

 ユーリは自習をしていたようだったが、シュカの訪問を受けてお茶を用意してくれた。

「そうか、姉上も出席するとなると断るのは難しいだろうね」

「そうなんです……いまから憂鬱です」

 シュカがため息をつくのを見て、ふたりは顔を見合わせる。

「まあまあ、学院ではユーリ君が傍にいるわけだし、注目されるようになっても今更というか」

「それは慰めになっているのか?」

 ディーは慰めてくれていたのか。それはまあいい。問題は――

「着るものなのですが、エリーゼ様にいただいたスーツではだめでしょうか?」

「そうだな、スピーチをすることを考えたらもうすこしフォーマルなタキシードのほうがよいと思うよ。今後も使えるだろうし、仕立ててもいいんじゃないかな?」

「……そう簡単に云われましても」

 オーダーするとなると、いくら飛んでいくことになるのか――考えるだけで恐ろしい。

「オレ、いいレンタルショップ知ってるよ~今度案内しようか?」

「ほんとうですか? ありがとうございます」

 やはり持つべきものは庶民の友人である。

 スピーチ内容も考えねばならない。プロムまでそう日もなく、やることは山積みだった。


 そうこうしているうちに、プロムの日はあっというまにやってきた。

 当日はノエルに着替えを手伝ってもらう予定だった。

 ――トントン。

 シュカが身支度を調えていると、ノック音が響く。

「シュカ、起きてる?」

「はい、どうぞ、入ってください」

 シュカが扉を開けると、そこにはタキシード姿のノエルの姿があった。白色で統一されたそれは、ノエルにとても似合っていた。

「ノエル、すごくお似合いです」

「えへへ、ありがと。ドレスだと視線がうるさそうだし、シュカもタキシードっていうから。お揃いにしてみたの」

 ノエルは例によってメイク道具を携えて、部屋に足を踏み入れた。

「わあ、これがシュカのタキシードかあ。黒色もかっこいいね!」

 クロゼットに掛かるタキシードは、レンタルしたものだ。この国は女性でもタキシードを着るらしく、幅広いサイズが展開されていて助かった。

「とりあえずメイクしちゃおうか」

「お願いします。あの、あまり目立たないように控えめで……」

「了解~でも前髪は上げたほうが印象がいいかな」

「……そうですよね」

「大丈夫、メイクで調整してみるよ」

 頼もしい限りである。メイクはノエルに任せることにして、シュカは頭に入れたスピーチの文を心の中で暗誦した。これだけ練習したのだ、飛ぶことはないだろうが――やはり注目を浴びることが苦手だから、心配である。

「うーん、こんな感じでどうかな? アイシャドウはマットなブラウンで控えめにしてみたよ。あとはアイラインを強調して――あんまり派手じゃなく、中性的な感じに仕上がったと思うんだけど」

 手鏡を渡される。見れば、ワンピースを着て出かけたときよりはかなり中性的なメイクに仕上がっていた。

「すごいです……! ノエルはなんでもできますね!」

「ふふん、でしょー? 役に立ててよかったよ! それじゃあ着替えようか。小物は持ってないかと思ってシャツガーターとかソックスガーターを用意してみたんだけど」

「なにもわからないので助かります」

 シュカは、ノエルに指示されるがままに着替えたのだった。

「ん~シュカ、恰好いい! このまま額縁に入れて飾りたいくらいだよ!」

「いえ、それはちょっと……」

 シュカは、姿見に映る自分をまじまじと見つめた。相変わらず、ノエルの手はすごい。魔術は使っていないのに、これだけ変貌するのだから――

「ありがとうございます、ノエル。お陰で人前に立てそうです」

「よかったけど、シュカの奇麗さがみんなに知れ渡っちゃうのかと思うと口惜しい気もするなあ」

「大袈裟な。ノエルのほうが余程奇麗なのに」

「……え? 奇麗だと思ってくれてるの?」

「ええ、ずっと思っていましたよ」

「はわわ」

 シュカが微笑むと、ノエルは顔を真っ赤にして俯いた。

「照れているんですか? かわいいですね」

「きゃー! いまそれはやめて!」

「ふふふ」

 ほんとうに、ノエルはかわいらしい。

 お陰で、此処最近の緊張が和らいだ。

「ノエルのお陰でスピーチ、がんばれそうです」

「ほんとう? すこしでも力になれたならよかったよ。応援してるからね!」

「ありがとうございます。そろそろリハーサルの時間なので、僕は一足先に行きますね」

「がんばって!」

 ノエルに見送られ、シュカはプロムの会場へと向かった。


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