43 合格発表
期末試験の結果が返却された。
ディーは無事赤点を回避し、全教科七割を越える得点を取ったのだった。
「八割には届きませんでしたか……僕の力不足です……」
「いやいやいや、これまでの成績を考えたら大健闘だって! 先生たちだってびっくりしてたよ!」
「そうだぞ、シュカ。お陰で共に進級できる。私からも礼を云わせてくれ」
「いえ、たいしたことはしていませんから」
ふたり揃って頭を下げてくるものだから、シュカは慌てて顔を上げさせた。
「御礼はなにがいい?」
「別に、なにも要りませんから」
「そうはいかないよ。ちゃんと考えておいてね!」
「……わかりました」
ディーに迫られると、それ以上の断り文句が浮かばないシュカであった。
その週の土曜日、その日は、朝から宮廷魔術師候補選抜試験の合格発表があった。王宮の外門に合格者の名が張り出されるらしい。
シュカは緊張しながら、王宮へと向かった。
門の前にはすでに人だかりができていて、喜びに腕を振り上げている者から泣き出してしまった者まで、さまざまなひとで溢れていた。
人混みをかき分け、なんとか看板の前へ辿り着くと、下の方から順に名前を探してゆく。
ない――シュカは焦りながら、それでも目線を上げてゆくと――いちばん上に、シュカの名があった。
「……首席?」
見間違いかと思い、何度も瞬きをする。何度見ても、それはシュカの名で間違いなさそうだった。
遅れて、試験に合格したことへの喜びがこみあげてくる。それと同時に、不安もまた増してきた。
首席となれば、当然目立つ立ち位置だ。学院の入学式とは違い、今回はスピーチを譲ることなどできないだろう。
また流石に国家職の試験で身分を偽ることもできなかったから、王宮の者たちはシュカの来歴を知っている。痛くもない腹を探られることにはならないだろうか――
心配は募るばかりだったが、どちらにせよいつかは向き合わねばならないことだ。いまは、合格を喜ぼう。
そう決めて、シュカは帰路についた。
学院に戻ると、早速談話室で待っていたユーリとディーに合格を報告した。
「そうか、おめでとう! シュカなら合格すると信じていたよ!」
「うんうん、シュカ君が落ちるわけないよね! ――で、どうかしたの? なんだか顔色が悪いみたいだけど」
微笑みを浮かべていた筈なのだが、ディーは相変わらず目敏い。
「……いえ。なんでもありませんよ」
「――もしかして、首席で合格しちゃった、とか」
彼は何故こんなにも鋭いのだろう。
その言葉に、シュカの顔から笑みが消えた。
「あちゃーそっか。シュカ君ならあり得ると思ってたけど、そうかあ」
ディーはすべてを悟ったように頷く。
一方で、ユーリはなんのことかと首を傾げていた。
「首席なんてすごいじゃないか。なにか問題があるのかい?」
「……」
「宮廷魔術師候補選抜試験の最年少合格者ってさ、たしか十八歳だったよね。十七で合格、しかも首席となれば、やっかみも多いだろうなって思っただけだよ」
「そんなこと……」
「すくなくとも、セレン帝国の皇族であったことは広まってしまうでしょうね」
「だろうねえ。それに、なにか思惑があって国の中枢に入り込もうとしているのでは、なんて心ない噂も出てくるかも」
「そんな……」
ユーリはショックを受けているようだった。当然だ。純粋な彼に、この事実は重いだろう。
「アレクシア様が云ってたでしょ、茨の道だって。シュカ君が歩もうとしている道って、そういうことだよ」
「私には理解できないとはそういうことだったのか……」
ユーリは消沈した。
ディーが静かにユーリの頭を撫でる。
「ユーリ、なにやら落ち込ませてしまったようですが、僕なら大丈夫ですよ。針のむしろには慣れていますから」
「そんなものに慣れる必要なんかない!」
「けれど、これが社会というものですから」
「……」
ユーリが口惜しそうに唇を噛む。
「私は、無力だな」
「そんなことありませんよ。貴方がたがいてくれるから、頑張ろうと思えるのです」
シュカが心からの笑みを刷くと、ユーリはなにかを考えるような素振りを見せた。
「……もしかしたら、シュカが私と友人でいることで、不利益を被ることがあるかもしれない。けれど私は、シュカと友人でいることを諦めたくないんだ」
決然と、云い放つ。その瞳には力強い光が宿っていて、それでこそユーリだと思った。
「そうですね。僕も諦めるつもりはありませんよ。なにがあっても傍にいられるように、僕も力をつけようと思います」
「シュカ……」
ユーリは目を潤ませる。案外涙もろいところがあるのだと知ったのは、いつだったか。
シュカはくすりと笑うと手を広げた。
「ハグ、しますか?」
そうすると、ユーリがシュカの腕の中に飛び込んできた。
ぎゅうと抱きしめられ、息も苦しいほどだった。
「絶対に離さないからな」
「はいはい。ほんとうに、強欲なひとですね、貴方は」
いつか、彼は太陽なのだと、ディーが形容した。それはそのとおりで、ユーリがいるだけで、シュカの世界は明るく照らしだされた。
「――ちょっとおふたりさん、此処が談話室であることをお忘れなく」
こほんと咳払いをして、ディーが割って入ってくる。たしかに、此処は公共の場であった。
衆目の視線を集めているのがわかったからか、ユーリは渋々離れていく。
「こんなときだけ年上ぶって。ほんとはディーだってうれしいんだろう?」
「実際年上だけどね。まあ、うれしいのはほんとだよ。あのシュカ君が、まあよくぞここまで成長したなと思って。泣けるねえ」
からりとした様子で云うものだから、真偽のほどは定かではない。けれど、彼なりに喜んでくれているのだということは伝わってきて、シュカは微笑んだ。
「ありがとうございます。がんばりますね」
「つらいことがあればいつでも頼ってくれ!」
「うんうん、なんでも云ってね。――そういえば、試験の御礼、決まった?」
「そうですね。試験も終えたことですし、三人で出かけたいです。街を案内してください」
「そんなんでいいの? お安い御用だよ!」
それがなにより尊いことなのだと、口には出さないけれど。喜ぶふたりの姿を見て、シュカもまたうれしくなったのだった。




