41 期末試験(1)
「シュカ君、たいへんなんだ」
春のうららかな陽射しを浴びて、シュカが中庭のベンチで昼食を摂っていると、例によってユーリとディーが現れた。
「なにがたいへん、なのですか?」
ふたりは、シュカを挟むように両隣に腰を下ろした。いつもであれば、元気に昼食を食べ出す筈なのだが――なにやらディーの様子がおかしい。
「ディーは朝からこんな調子で、なにがたいへんなのか教えてくれないんだ」
左隣に座るユーリが困ったように首を傾げている。シュカもまた、首を傾げたくなるのをぐっとこらえて、ディーのほうを見遣る。
彼は器用で大抵のことは難なくこなす。そんな彼がたいへん、というのならばそれは――
「――もしかして、期末試験ですか?」
「そう、それだよシュカ君! よくぞ気付いてくれた!」
ディーがぱあっと明るい表情で振り向いた。
「オレ、実技は得意だけどペーパーテストが散々なんだよねえ。中間はぎりぎり赤点を回避できたけど……期末は範囲が広くなるし進級もかかってるからたいへんで。ユーリ君の護衛って立場もあるし留年はできないからさあ」
ディーはようやく手にしたパンに齧り付いた。
もぐもぐと咀嚼しながら、合間を見て説明を続ける。
「もしかして、赤点でもアレクシア様がなんとかしてくれたり――しないかな?」
「姉上は厳しい方だから、それは無理だと思う」
同じくパンを咀嚼しながら、ユーリが述べる。
たしかに、アレクシアはその点容赦がなさそうだった。
「だよねえ……はあ、憂鬱だよ、まったく」
まったく憂鬱そうに見えないが、彼が憂鬱だと云うのだから憂鬱なのだろう。
困っているのは本当らしいし、ここは助け船を出すべきだろうか――
「勉強なら、僕が見ましょうか?」
「ほんとう? シュカ君! 助かるよ~学年首席に教われるだなんて、オレはなんて幸運なんだ!」
「大袈裟な……ユーリだって成績上位なのですから、教えてもらえばよいのでは?」
そこで、シュカははたと気付く。たしかに首席は自分だったが、ユーリも幼い頃から教育を受けてきていたため、成績は上位の筈だった。
「それがな、シュカ。私はどうやら、人にものを教えるのが下手らしくて……」
ユーリはそう云って項垂れる。
「そうなんだよ。ユーリ君って、やっぱりギルベルト様に似たのか研究者気質でさあ。教科書に載ってないような深いところが気になって前に進めなくなったり脱線したり……兎に角教えるのには不向きなんだよねえ」
「不甲斐ない……」
「ユーリは大学で研究に没頭するのが向いていそうですね」
ほんとうにすまなそうにするユーリを、シュカは慰める。実際、彼の好奇心旺盛さは、大学に進学してからのほうが役立つだろう。
「というわけだから、シュカ君、お願い! 勉強教えてください!」
「勿論、構いませんよ。おふたりには試験の実技の件で世話になりましたし」
「ありがとう!」
こうして、期末試験までの放課後は、勉強会が開催されることになったのだった。
何故こうなった。
図書館の一角には、ユーリ、ディーに加え、ノエル、ルーク、果てはエリーゼの姿まであった。エリーゼがいるとなれば、当然護衛のハンスもついてくる。いくら広いとはいえ、この集団は目立った。
「なんですの、なにか文句があるのかしら」
シュカがエリーゼの姿をじっと見ていると、かのじょが此方を向いた。
「いえ、ただ何故中等部のエリーゼ様が此処にいらっしゃるのかと……」
「あなた、学年首席だって云うじゃない。お手並みを拝見させてもらおうと思ってわざわざ足を運んだのよ」
腕を組んでそっぽを向くエリーゼを見ていると、ディーが耳元に唇を寄せてくる。
「……エリーゼ様、勉強が苦手らしいんだよね。お兄ちゃんに教わるのも厭なお年頃だろうし、よければ見てあげて?」
「……わかりました」
続いてノエルのほうを見ると、ノエルはうれしそうにしていた。
「勉強会、一度出てみたかったの! みんな優秀だから必要ないかもしれないけど、古典語以外は得意だからなんでも聞いてね! あ、ルークは数学が苦手みたいだからつれてきたの。よければ教えてあげて」
「ノエル、余計なことを――」
「なあに? ユーリ君がいるって云ったら即答だったくせに」
「ユーリ様と呼べ!」
ふたりは相変わらずだ。
さて、本題に戻らなければ収拾がつかなくなってしまう。
シュカは早速プリントを取り出した。
「ディー、貴方の現状を知るために簡単なテストを用意しました。これを一時間以内に解いてください」
「うえーテスト……」
「返事は?」
「はあい。……あれ、もしかして思ったよりスパルタ?」
ディーは厭そうな顔をしながら、渋々テストを受け取った。
そのあいだにも、ユーリは黙々と自習を進めている。この騒ぎを気にしないあたり流石の集中力といえよう。
「……シュカ様、この問題なのだけれど、あなたに解けるかしら?」
早速エリーゼがつまずいているらしい。見れば、数学の方程式がわからないようだった。
「これは――」
「シュカ~古典語の格変化が覚えられないよう」
「それは暗記するしかないですね。けれど規則があって――」
「……リンドウ、ここの問題なのだが」
「ルークさんは、数学ですね。はい、何処でしょう」
次々に質問が飛んでくる。シュカは早々に自分の勉強を諦め、先生役に徹することとなった。
「はあ~結構進んだし、今日はこのへんにしておこうかな」
ノエルの一声に、みなが顔を上げる。時計を確認すると、すでに勉強開始から二時間が経過していた。
「そうだな、そろそろ夕食の時間だし、御開にしようか」
「はあ~やっと終わった」
「ディー、貴方は居残りです。今日のノルマが終わっていないので、夕食を食べたら談話室に来てください」
「ええ! シュカ君、そこまで本気にならなくても……」
「やるからには全教科八割は越えてもらいますよ」
「……もしかしてオレ、人選ミスった?」
ディーは冷や汗をかいているようだった。
「今日はとても有意義な時間をありがとうございました。またお願いしますわ」
エリーゼはよい笑顔でシュカに握手を求めてきた。随分と懐かれたものだ。
「リンドウ、どうやらお前の実力はほんもののようだ」
「ルークが助かった、ありがとう、だってさ!」
ルークもルークで素直でないところがある。実力を認めるのが口惜しいのだろうか。それをノエルが通訳していた。
折角だからこのメンバーで夕食を摂ろうということになったが、シュカはあまり頭を働かせなかったせいか、空腹を感じなかった。
「僕は此処で勉強を――」
「駄目!」
「駄目だよ!」
夕食は抜きにして勉強を続けようとしたのだが、途端に周りから静止がかかる。
「もう、シュカったら、すぐ食事を抜こうとするんだから! ちゃんと食べてもらうからね!」
「そうそう、シュカ君が食べないならオレも勉強しないから!」
「いや、ディーはするべきでしょう……わかりました。食べます」
心配してくれているのがわかるから、それ以上渋るわけにもいかず、シュカは食堂へと連行されたのだった。
その後、部屋で着替え、ひさびさに充たされた腹をかかえ談話室へゆくと、ディーがお茶を淹れて待っていた。
「リラックスするお茶だよ~ってそんな目で見ないで! ちゃんと勉強もするから」
勉強から逃れようとしているのではないかと、ついじっと見つめてしまった。
「そうですね、進級がかかってますから。きちんとやってもらわないと困ります」
シュカは席につくと、先ほど受けてもらったテストの結果から彼の苦手な問題をピックアップして作成したプリントを取り出した。
「これを解いてください。わからないところは教科書を参照しても構いません。その際、なにがわからなかったのかを明確に説明できるようにしてください」
「わあ、シュカ君、先生みたい……はい、がんばります」
冷ややかな目で見ると、彼は降参のポーズを取って、おとなしく机に向かった。
その間、シュカは自習を進める。魔術概論や古典語、数学といった教科は、最近まで宮廷魔術師候補選抜試験のために勉強していた。軽く復習する程度でなんとかなりそうだった。
「……シュカ先生~教科書を見てもわからないです~……」
「え?」
「そんな『何故教科書を見てもわからないの?』みたいな純粋な目で見つめてこないで! ほんとにできない子ってわからないところがわからないんだから!」
「なるほど、わからないところがわからない……」
そんな人間もいることを初めて知ったシュカであった。
その後、一時間ほど勉強を続けた。本人には云わないが、集中力は落ちていないあたり流石だ。
「古典語は、まずは単語を格変化といっしょに暗記してください。時制はまったくわかっていないようなので、次回までに対策を考えてきます」
「面目ない……」
「いえ、できない子に接するのが初めてなので新鮮です」
「それはどうも?」
皮肉だったのだが、通じていないようだ。
シュカはため息をついた。
「まあまあ、シュカ君。初日からそんなに気を張らなくても。なんとかなるって!」
「それはできてから云ってください」
「はあい……」
楽観的なディーに比べ、シュカは真剣に悩んでいた。これをあと三週間で八割得点できるようにする? そんなことができるのか――?
しかし、引き受けたからにはやるしかない。ユーリの護衛なのだ、留年させるわけにはいかない。
シュカは使命感に燃えていた。
シュカは計画を立てた。ディーは本人が赤点を回避できればよいと云っていたように、常に赤点をぎりぎり上回る成績をとっているようだった。
テストまで、残り三週間――はじめの二週間は基礎を詰め込むことにあて、最後の一週間で応用問題に対応できるようにする――それで八割は上回ることができるだろう。
あとは本人のやる気次第だったが――
「わ、シュカ君、古典語って結構楽しいねえ。規則がわかっちゃえば意外にいけるかも!」
勉強の楽しさにも目覚めたようで、ひとつ問題が解けるたびに、目を輝かせていた。この分だと問題はないだろう――
シュカは試験勉強と並行して、宮廷魔術師候補選抜試験の面接の準備を進めていた。
一次の筆記試験は、無事通過していた。あとは、二週間後に迫る面接を乗り越えるだけだったが――経歴に不安が残るため、念入りに対策をせねばならなかった。面接という名目ではあったが、口頭試験も兼ねているらしく、引き続き教科の勉強も怠れない。
時間はあっというまに過ぎていった。
「はあ~終わった終わった~」
期末試験が終わった。ディーは解放されたように伸びをしている。その顔色を見るに、感触は悪くはなさそうであった。
「おつかれさまです」
「シュカ君も、面接に期末試験の勉強に、忙しかったでしょ? 助けてくれてありがとね~」
「いえ、お互い様ですから」
「ふたりとも、よくがんばったな。今日は打ち上げをしよう!」
ユーリが提案する。
「打ち上げ?」
「寮の談話室でもいいけれど、今夜は街に出るのはどうだい? 私の奢りだ」
「わあい、ユーリ君ったら太っ腹!」
「それは申し訳ないので……」
「いいのいいの。シュカ君にはお世話になったんだから、御礼させてよ!」
「私の金だけれどね」
「はは、護衛っていい身分だね~」
ディーはしばらく根を詰めていたようだから、ふたりがじゃれあっている姿を見ると安心する。
「なになに、打ち上げするの? わたしとルークもいれて!」
そこに、ルークの腕を引くノエルがやってきた。ルークは厭そうな表情をしていたが、ユーリの顔を見るとその表情は和らいだ。
「ユーリ様がよろしければ、是非お供させてください」
「ああ、人数は多いほうが楽しいからな。みんなで行こう!」
こうして、五人は街へ下りることになった。




