40 宮廷魔術師候補選抜試験(2)
帰りは、乗合馬車を拾うことにした。午后の早い時間ということもあって、簡単につかまった。
三十分ほどで寮に帰りつく。今日は早く休もう――そう考え部屋へ向かおうと談話室を足早に通り抜けようとすると――思わぬひととすれ違った。
「あれ、シュカ、早かったね! おかえり」
「ノエル? 何故此処に……」
それは、休日のためゆったりとした私服を纏ったノエルだった。
ノエルはシュカの顔を見ると、すこし慌てたような顔をする。
「あーえっと……そう、ちょっと友達に用事があって……」
「そうだったのですね」
ノエルは以前、みずからの容姿のよさに寄ってくる者が多いだけで、ほんとうの友達は少ないのだと云っていた。新たな友人ができたのなら、祝福すべきだろう。
けれどシュカは、心の奥底にもやもやしたなにかを感じた。
疲れているのだろうか。今日はもう休もう――
「僕はもう休むので、また学校で」
「ああ、うん。疲れてるよね。ねえ、今夜の夕食、いっしょに摂らない?」
ノエルは疲れた様子のシュカをねぎらいつつ、提案をしてきた。
ほんとうは夕食を摂らずに寝てしまおうと思っていたが、ノエルの誘いに気分は上を向く。
「はい、構いませんよ」
「うれしい! じゃあ十八時ころに迎えに来るね」
「ありがとうございます」
ノエルは手を振ってシュカを見送ってくれた。
十八時まであと三時間ほどある。仮眠でも取ろう。シュカは部屋着に着替えると、ベッドへもぐり込んだのだった。
トントン――ノックの音が部屋に響く。
「シュカ、起きてる? ノエルだけど」
続いてかけられた言葉に、シュカの意識は急速に浮上した。
はっと目が醒める。時計を見ると、十八時をすこし回ったところだった。
眠りすぎてしまったようだ――シュカは慌てて身を起こすと、扉を開けに向かう。
「――ノエル? すみません、寝ていました」
「わあ、寝起きのシュカだ……じゃなくて、大丈夫? 疲れてない?」
「はい、大丈夫です。ちょっと身支度を調えるので待っていていただけますか?」
「わかったよ、ごゆっくり!」
シュカは急いで私服に着替えると、ふたたび廊下へ出た。
「お待たせしました。行きましょうか」
一日に二度食堂を利用することは少ないため、アマネにめずらしがられるだろうか――
そんなことを考えつつ談話室へ差しかかると、なにやら中が騒がしい。気のせいでなければ聞き馴染んだ声が聞こえるような気がした。
「ユーリ君、ストップ! それはこっちね」
「あ、ああ、わかった」
「――あー、えっとシュカ、すこし待ってもらえる?」
「? わかりました」
談話室のドアの前で、ノエルが静止をかける。なにかあったのだろうか。ノエルは細く扉を開けると、中にいる人間となにやら囁きを交わしている。
「はあい。――シュカ、もういいよ!」
ノエルが大きく扉を開け、シュカを誘う。シュカが談話室へ足を踏み入れると、そこにはユーリとディーの姿があった。
「シュカ、試験おつかれさま!」
「おつかれさま~今夜はささやかなプレゼントを用意したよ!」
そう云ってディーがテーブルを指し示す。そこには、さまざまな料理が並んでいた。
「これを、ぼくのために?」
「そう! 誕生日のときに喜んでくれたみたいだったから、今回はわたしも手伝ったんだよ」
ノエルが誇らしげに胸を張る。
「そんな……まだ受かってもいないのに」
「いいのいいの、とりあえずおつかれさまってことでね?」
「そうだぞ、シュカ。受かっても落ちても、これまで努力してきたことに変わりはないんだから」
「うんうん、さあ座って? 冷めないうちに食べようよ」
シュカが自信なさげにしているなか、三人はシュカの努力を讃えてくれる。それはたしかに、シュカの心をあたためた。
「……ありがとうございます」
シュカははにかみながら、席につく。サラダに、スープ、グラタン――メインは魚料理のようだった。
「いただきます」
四人の声が揃う。それぞれに用意された料理をつつきつつ、会話は弾んだ。シュカ以外の三人はアルコールも嗜んでいた。
「――それで、実技試験ではワイルドラビットが出てきて。何度も遭遇していたお陰で倒すことができました」
「わあ、よかったねえ、シュカ。すごいよ!」
「おふたりの協力があったからです」
「少しでも役に立てたならよかったよ」
「ね~討伐に出た甲斐があった」
食事は進む。
「そういえば、ルークが試験の話を聞きたがってたよ。先を越されたとか云ってた。今日も誘ってみたんだけど先約があるとかで断られちゃった」
「ルークさんが? 目指すのは護衛――騎士なのかと思っていましたが」
「宮廷魔術師の試験に受かっていると、それだけで箔がつくから。きっとルークも受けるつもりなんじゃないかい?」
「ルーク君、向上心の塊みたいなひとだもんねえ。将来が楽しみだ」
「まあ、まだ高等魔術に苦戦してるみたいだけど。高等魔術かあ、そんなの夢のまた夢だと思ってたけど、わたしも使えるようになるかなあ」
「ノエルなら使えますよ。魔力量だって充分なのでしょう?」
「それはそうなんだけどね……」
ノエルが表情を曇らせる。かのじょは、未だ自身の闇の魔術に付属する毒属性を受け入れられないようだった。
「なになに、ノエルちゃん、悩み事? おにいさんがなんでも聞くよ?」
目敏いディーが、ノエルの様子に気付いたようだ。
ノエルは暫し迷っていたようだが、ドリンクを呑み干すと覚悟を決めたように話し出した。
「ディー君は、毒属性に詳しいんだよね?」
「んーまあ、それなりには? 昔からの付き合いだからねえ」
「……わたし、ずっと自分のこの魔術が受け入れられずにいたの。でも、ずっと強くなりたいなあとは思ってて。それで、最近はシュカががんばってるのも見ていたから、その気持ちが強くなってきてね。――毒属性、磨いてみようかな」
シュカは、ノエルの心境の変化に驚いた。それと同時に、自分がその一端を担えたことをうれしく思う。
「オレは昔から毒属性が発現してたから役に立つなあくらいにしか思ってなかったけど。たしかに世間からの風当たりはまだ強かったりするよねえ。それでもノエルちゃんが決めたなら、応援するよ!」
「僕も応援しています」
「ノエルはすごいな。私も応援するよ。ディーならなんでも教えてくれる筈だから、頼ってほしい」
「ちょっと、ユーリ君。自分のことのように語るね?」
「あははは、みんな、ありがとう!」
ノエルはすこし涙ぐんでいる。
「ノエルは努力家なのですぐに上達しますよ。僕もまだまだですし、いっしょにがんばりましょう」
「ありがとね、シュカ。シュカがいてくれてよかったよ!」
隣に座っていたノエルが、カトラリーを置くとシュカに抱きついてくる。
「ちょっとノエル、酔ってます?」
未だひとの体温に慣れないシュカは困惑する。しかし押し返すわけにもいかず、行き場のない手を宙に浮かせていた。
「んーそうそう、酔ってる。だからもうすこしこのままで、ね?」
特に呑みすぎたわけでもなさそうだが、水をもらったほうがよいだろうか。
「ディー、すみませんがお水を……ディー?」
見れば、対面に座るディーがなんだか楽しそうにしている。
「ノエルちゃんファイト! あ、水? はいはい、水ですね~」
ディーは、水差しから水を注いだコップを此方へ差し出した。
「ありがとうございます。ほら、ノエル、お水飲みましょう?」
「えーシュカが飲ませてくれる?」
「零しますよ? 自分で飲んだほうが早いのでは?」
「……」
テーブルに沈黙が落ちる。なにか悪いことをしてしまったのだろうか。
「はあ~シュカ君。減点!」
「は?」
急なダメ出しに、シュカは首を傾げる。いったいなんだというのだろう。
ノエルは身を起こすと、渋々といった様子でコップを手に取った。
「シュカはもうすこし察してくれてもいいと思う!」
仄かに赤らんだ頰を膨らませて、ノエルは口にした。
一方で、なにひとつ状況を理解できないシュカは閉口する。困ったようにあたりを見回すと、同じく疑問符を浮かべているユーリと目が合った。
「ユーリ、わかります?」
「いや、なにが起きているんだ?」
ふたりして首を傾げているあいだにも、ノエルとディーは視線で会話している。
その表情を見るに、やれやれ、といったところだろうか。
なにを求められているのか――シュカは早々理解することを放棄し、食事に戻ったのだった。
「んーお腹いっぱい! あ、片付けはわたしがするよ、作るとき大して役に立たなかったし」
「それなら私も手伝おう。ディーとシュカはゆっくりしていてくれ」
談話室に備え付けられたキッチンに皿を運ぶと、ふたりは洗い物を担当してくれるようだった。
「それなら、お言葉に甘えます」
シュカのための会だというし、あまりでしゃばるのもよくないだろう。シュカは、ふたりに任せることにした。
席に戻ると、ディーが食後の紅茶を淹れてくれていた。甲斐甲斐しいことである。
「どうぞ~今日はなにも入ってないから安心してね?」
いつぞやの件を持ち出して、ディーがウインクする。あのときは、“素直になる薬”とやらを盛られて大変だった。
「そう願います。いただきますね」
シュガーをひとつ入れるのが、シュカの紅茶の飲み方だった。
「美味しいです。料理だけじゃなく、お茶を淹れるのもうまいですよね」
「わーい、褒められちゃった」
「それで、さっきはなんだったのですか?」
ノエルがいないのをいいことに、シュカはディーに答えを求めることにした。
「んーそれはオレの口からは云えないなあ」
褒められて気をよくしているうちなら、と思ったが、ディーはそう甘い男ではないようだった。
「何故?」
「ノエルちゃんのことだからねえ」
「ノエルの……?」
「ふふ、悩んでる悩んでる。かわいいねえ」
ディーが隣に座っているのをいいことに、頭を撫でてくる。完全に子供扱いされていた。
無言でその手を払いのけると、シュカはカップを手に取る。ノエルのことだというのなら、もっとわかりたいと思う。
シュカが思考しているのを、ディーはやさしげな表情で見守っていた。




