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39 宮廷魔術師候補選抜試験(1)

 四月の第二土曜日、宮廷魔術師候補選抜試験の日がやってきた。

 本日実施されるのは、学力試験と魔術試験。それに合格した者のみ、後日面接がおこなわれるという流れだった。

 シュカは朝早くに目を醒ますと、ペーパーテストのためのテキストに軽く目を通した。けれど、目が上滑りしてしまい、文章がいつものように頭に入ってこない。

 緊張しているのだろうか。王立学院の入試のときでも、こうはならなかった。あのときは、人生を流されるままに生きていたから、当然かもしれないが――

 シュカはテキストを読むのを諦めると、窓の外を見遣る。抜けるような青空が広がっている。

 やれるだけのことはやった。あとは、実力を発揮できるよう祈ることしかできない。

 ひとつ深呼吸すると、テキストを置いたシュカは、席を立った。


「おはよう、よく眠れたかい?」

「おはよー、シュカ君。いい天気だね。試験日和だ!」

 予期せぬ挨拶に、シュカは目を瞬かせる。

「おはようございます……何故、いるのですか?」

 朝食を摂りに行こうとしていたシュカを待ち構えていたのか、まだ朝も早いというのに、寮の談話室にはユーリとディーの姿があった。

「それは勿論、激励するために!」

「そうそう、友達の勇姿はしかと目に収めないとね!」

「それは……ありがとうございます」

 シュカは困惑する。そのためだけに、こんな時間に起きてきたというのか。まだ六時をすこし回ったところで、ほかに生徒の姿はない。

 聞いたところによると、ユーリは朝が弱いらしい。ディーが起こしてやって、やっと起きてくるのだとか。

「朝食を食べに行くんだろう? よければ一緒にテーブルをを囲ませてくれ」

「構いませんが」

 ユーリは心なしかまだ眠そうにしている。二度寝してもらって構わないのだが、ここで提案を無碍にするのも可哀想か――

 戸惑いながらもシュカが了承すると、ふたりはうれしそうに後をついてきた。

「あれ、リンドウさん。おはようございます」

「おはようございます、アマネさん」

 食堂には、アマネの姿があった。いつ来ても忙しそうにしているものだから、きちんと言葉を交わしたのは冬期休暇ぶりだ。

「今日はお友達とご一緒なのですね」

「ええ、試験の応援にかけつけてくれたらしくて」

「試験?」

「今日は、宮廷魔術師候補選抜試験を受けるんです」

「まだ高等部一年でしょう? すごいですね――応援しています!」

「ありがとうございます」

 アマネは驚嘆しながらも応援してくれているようで、シュカは心があたたかくなる。

 アマネから朝食プレートを受け取ると、ふたりの待つテーブルへと足を向けた。

「なになになに、あのきれいなひとと知り合いなの? いつのまに! シュカ君も隅に置けないなあ」

 早速、ディーが囃し立ててきた。

「ちょっと前に親切にしてもらっただけですよ」

「それはよかったね。シュカの交友関係が広がると、私もうれしくなるよ」

 ユーリは何故か誇らしげにしている。ノエルと仲良くなったときには焼き餅を焼いていたような気がしたが――彼も成長したということだろうか。

 シュカは朝食プレートを食べ進める。朝は比較的軽めのメニューで、トレーにはサラダにスクランブルエッグ、コーンポタージュ、パンといったものが並んでいた。

 ふたりは朝から肉料理を食べていて、胃袋の強さに驚くばかりだ。

「それで、シュカ君。調子は悪くなさそうだけど、どう? 緊張してる?」

「――そうですね。緊張しています」

 シュカが素直に吐露すると、対面に座るふたりはすこしばかり驚いたような顔をした。

「素直に云ってくれるとは思わなかった……」

「ほんとに……でもシュカ君なら大丈夫だよ! これまでたくさん努力してきたんだからさ」

「ああ、そうだな。万が一実力を発揮できなくても、来年だってあるのだし。あまり緊張しなくても大丈夫だ」

「来年……」

 シュカははっとした。宮廷魔術師候補選抜試験は宮廷魔術師を目指すすべての者にひらかれた試験だ。年齢制限はなく、ひとり三回まで受験できる。

 これまで、失敗してはならないという強迫観念に駆られながら、人生を送ってきたように思う。すこしでもボタンを掛け違えれば、破滅が待っている――母上の評判をこれ以上下げないために、優秀な生徒であらねばならない――そんなふうに思って、日々勉学に打ち込んでいたのだ。

 けれど、いまは違う。すくなくとも、今回試験に失敗しても、来年受験し直せばよいだけの話だ。

 シュカは肩の荷がおりたような気がした。

「そうですね。失敗してもいいんですよね」

「――ああ! これから何度だってチャンスはあるんだ。気負わなくてもいいんだよ」

「そうそう。気楽にね~」

「……ありがとうございます」

 シュカは頭を下げた。

 そうして朝食を食べ終わると、ふたりに見送られながら、シュカは試験会場――王宮に向かうことになった。

「いってらっしゃい。がんばってね」

「応援しているからな」

「はい、いってきます」

 ふたりは、学院から出る乗り合い馬車の前までついてきてくれた。

 ほかにも、見送られている生徒たちがいる。みな、今回の試験を受けに行くのだろう。高等部の制服を着た生徒から、大学の学生まで、さまざまなひとたちが集結していた。

 窓から外を見ると、ユーリとディーは手を振ってくれた。

 シュカは控えめに手を振り返す。ここまで激励されるとは思ってもみなかった。

 けれど、朝の緊張は何処かへ行ってしまったようで、ふたりに感謝する。

 馬車は王宮へ向けて、ゆるやかに出発した。


 王宮につくと、馬車からおろされる。門番にひとりひとり身分証を見せて本人確認がおこなわれた。

 そうして、試験会場に案内される。

 王宮へは以前も来たことがあったが、今回用意されたのは、試験などに使用される簡素な部屋だった。

 外部の人間が多数集まるということで、警備の者たちが多く配置されている。あたりには緊張感が漂っていた。

 会場を見回すと、年齢層は幅広く、自分のような学生から壮年を迎えていそうなひとびとまで、ざっと百名ほどが集っていた。地方会場も含めると、受験者数は千人にものぼるという。毎年、受かるのは三十名前後だ。つまりは、合格率三パーセントという計算になる。非常に難関だった。

 いまはベストを尽くすことを考えよう。――そう決めて最終確認をとテキストを開くと、朝とは違い文字がするすると頭に入ってきた。

 科目は魔術概論のほかは選択式で、古典語、数学、歴史学、法学のなかから二科目選ぶ方式だった。

 シュカは、魔術概論、古典語、数学で受験するつもりだ。歴史や法学はこの国に根付いているもののため、他の受験者に勝てないと思ったからだ。

 いよいよ、試験がはじまる。制限時間は三時間。解答用紙が配られ、開始の合図とともに、問題冊子を開いた。

 魔術概論は普段から大学レベルのものまで勉強していたため、すこしの対策でなんとかなりそうだった。古典語もまた高度なレベルまで達していたため、然程困ることはなかった。数学は大学レベルの問題に少々苦労したが、ここ二ヶ月でいちばん時間を費やしたのだ、なんとかなると信じよう――

 シュカはペンを走らせた。

 

「そこまで」

 試験官の言葉とともに、みな一斉にペンを置く。会場には熱気が籠もっていて、くらくらした。

 解答用紙を回収される。問題冊子は持ち帰ってもよいらしく、復習に使えそうだった。

「次は、魔術試験となります。番号順に呼ばれますので、呼ばれるまではその場で待機していてください。番号が後ろの方々は、昼食を自由に摂っていただいて構いません」

 シュカは二十九番と比較的早めの番号だった。窓際の席だったため、窓を細く開ける。微風が流れてきて、頭がクリアになった。

 幻術には自信がある。光の魔術にも。問題は水の魔術だったが、それもユーリたちのお陰で随分磨かれた。試験内容は未知数だが、なににでも対応できるだろう。

 窓の外では、木々が燦々と降り注ぐ太陽を浴びてさやさやと揺れている。流石王宮と云うべきか、しっかりと手入れされたそれらは、とてもうつくしかった。

「――次、二十九番の方」

「はい」

 あっというまに順番が回ってきた。ひとりあたり、それほど長い試験ではないのだろうか――

 シュカが試験官に続いて歩いていくと、結界の張られた演習場に案内された。

「シュカ・リンドウさんですね。高等魔術は幻術をお使いになると。早速見せていただけますか」

「はい」

 曖昧な指示だ。なにをどのように見せるか――それも自分の裁量にかかってくるようだった。

 シュカは、目の前の試験官の姿を模倣することにした。服飾も細部まで表現できるよう、よく観察する。次には、先ほど案内してくれた人間。学力試験の試験監督をしていたひと――と次々に幻影を生み出してゆく。門番の姿まで映し出したところで、「はい、結構です」と静止がかかった。

 試験官は顔色を変えずに、手元の紙になにかを書き付けている。

「次は光の魔術のテストです。此方の毒消しを行ってください」

 目の前に出されたのは、何の変哲もなさそうなスープだった。しかし、光の魔術を使うと、微かに毒の反応がある。相当高度な闇の魔術が使われているようだった。

 毒消しには、毒の知識が必要となってくる。まずはどんな毒なのかを解析し、成分や効能といったものを把握する必要があった。

 これは、ひとを昏睡状態に陥らせる毒のようだ。ならば――

 シュカは光の魔術で、効能を打ち消す。

「完了しました」

 試験官が目を見張る。

 少々時間がかかりすぎてしまっただろうか。

「――最後に、水の魔術のテストです。魔物と戦っていただきます。緊急の際は此方で対処しますので、落ち着いて行動してください」

 そうして隅のほうの檻から飛び出してきたのは、ワイルドラビットだった。動きが速い。シュカは咄嗟に幻術で身を隠すと、一面に霧を漂わせた。ワイルドラビットとは、ユーリたちに付き添ってもらった魔物討伐で、二、三度戦ったことがある。すべてこの方法で倒せたので問題はないだろう――そうして、一定時間経ったところで、霧を水に戻す。ワイルドラビットは窒息して昏倒した。

 そこを、基礎の攻撃魔術で仕留めた。

「――はい、結構です。試験を終わります」

「ありがとうございました」

 試験はあっさり終わったのだった。


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