36 魔物討伐ふたたび
宮廷魔術師候補を選抜するための試験は、年に一回、四月におこなわれる。シュカは一刻でも早いほうがよいだろうと考え、今年の四月に受験することに決めた。準備期間は二ヶ月ほどしかないが、高等魔術が使えることが受験資格だったため、受けること自体は問題ないだろう。
試験内容は、大学卒業程度のペーパーテストと魔術試験、それに面接らしい。過去問を見た感じ、ペーパーテストに関してはすこし勉強すれば問題ないように感じられた。魔術試験は高等魔術の習熟度に加え、それぞれのもつ系統の魔術を如何に巧みに使用できるかが鍵となってくるようだった。水系統の魔術の攻撃系の使い方に不安が残るシュカは、それをユーリたちに相談した。
「シュカなら大丈夫だと思うけれど、たしかに攻撃系の魔術は重要だね」
「うーん、こればかりは慣れるしかないし、ひさびさに、行ってみる?」
ディーはユーリに視線を送る。するとユーリは、力強く頷いた。
「ああ、行こうか」
ふたりは通じ合っているようだったが、いまいち理解できない。シュカが困惑していると、ディーが人差し指をぴんと立てて、笑った。
「魔物討伐だよ!」
なるほど。たしかに、攻撃系統の魔術を磨くのにぴったりの方法だ。
しかし、高位の魔物討伐に出るとなると、流石にひとりでは不安が残るため、ふたりについてきてもらう必要があるだろう。
「それはそうですが、あまりおふたりに時間をとらせてしまうのは――」
「シュカ、こういうときこそ頼ってほしい!」
「そうそう、水くさいなあ。オレたちほどの適任はいないでしょ!」
こうして、ペーパーテストの勉強に加え、週末は魔物討伐に出かける日々がはじまるのだった。
上級の魔物討伐に出るためには、ある程度中級の魔物を倒した実績が必要である。シュカには、中級討伐一回の経験しかなかったが、ふたりは上級討伐の常連らしい。ついていかせてもらえるようで、ありがたかった。
「そういえばおふたりとも、緊急連絡先はどうしています?」
上級の討伐となると、怪我をする可能性も格段に増す。流石に適当に書くわけにはいかないだろう。
「私は姉上だ」
「オレもオレも。雇い主だしいいかなって思って」
まったく参考にならず、シュカは項垂れた。仕方がない。頼れる人間がいない以上、ふたりの腕を信用して、今回も架空の人間の名で誤魔化すしかないだろう。
シュカは腹を括ったのだった。
採集エリア、初級・中級エリアを抜けると、まもなく上級エリアに到達した。
上級の魔物を倒した経験のないシュカは、緊張する。
「そんなに固くならなくても大丈夫だよ。オレたちもいるしね!」
シュカの緊張を見て取ったのか、ディーが背中を叩いてくれる。
「そうだな。私たちは慣れているから、任せてくれ」
ふたりは今日も、例によって剣を帯刀していた。
「おふたりは剣を主体に戦うのが常なのですか?」
シュカが疑問に思い、問いかける。
「そうだな。私は魔力量が足りないこともあって高等魔術が使えないから、剣と氷の魔術を組み合わせた戦い方がいちばん力を発揮できる」
「オレはそもそも闇系統だから攻撃面では役に立たないしね。攻撃は剣が主にならざるをえないかな」
「なるほど……」
そういうわけで剣術を磨いていたというわけか。
それにしても、剣一本で上級の魔物を討伐できるディーは何者なのだ――
ふつうでない出自と自分で口にしてはいたが、俄然気になってきた。けれど、みずから話さないことを無理に聞き出すのもよくないだろう。シュカは好奇心を押さえることにした。
「あ、ほら、そこにシルバーウルフの群れが。いってみる?」
見れば、学院の森でも相対したシルバーウルフが三頭かたまっていた。上級下位の魔物だから、腕ならしには丁度よいだろう。
「僕が先陣をきってもよいですか? 遠距離から攻撃しますので、もし近づかれたらあとはお任せします」
「そうだな、それがよさそうだ」
「オッケーオッケー。残りは任せてね」
シュカは入念に幻術を使い自分たちのすがたを隠すと、シルバーウルフに向けて水の攻撃魔術を放った。
一頭に命中し、倒れた。二頭は攻撃されたとみると咆哮をあげ、此方へ向かってきた。
思いのほか動きが速い。いけるだろうか――
もう一度攻撃魔術を放つが、外した。
「――っ!」
「ディーは左を頼んだ」
「はいよ」
近距離に迫ったシルバーウルフを、ふたりはあっさり倒したのだった。
「……すみません、近づかれると恐怖が勝り……」
まさかこんな基礎的な魔術を外すとは思わなかった。
「しょうがないって。シュカ君、学院に入るまで魔物見たことなかったんでしょ?」
「はい……」
「そう気を落とすな。私なんて、はじめて中級討伐に出かけたとき、足がすくんで動けなかった」
「懐かしいね~オレがつれてったんだった。あんなに役立たずだったユーリ君がここまで成長して……」
ディーが涙を拭う動作をする。
「役立たずとは失礼な」
巫山戯るふたりは置いていってしまおうか。
とりあえず、シュカは前に進むことにした。
「お、ワイルドラビット発見~」
ディーは遠くに視線をやっている。
シュカはその存在が認識できず、「何処ですか」と問いかける。
「ディーは目がいいんだ。私にも見えない」
「ほら~ふたりとも。あの洞窟の前にさ。草の色のちいさいのがいるよ。擬態してるみたいだね。ちいさくても結構強いから気をつけてね」
ワイルドラビットといえば、S3級の魔物だ。そのかわいらしい見た目にそぐわず凶暴で、近づいた人間を噛み殺してしまうことさえあるらしい。
おそらく、基礎の攻撃魔術で倒すことは難しいだろう。動きが速すぎて当たらないにちがいない。
シュカは戦法を変えることにした。
「さあ、どうするシュカ君?」
ディーはシュカがどう出るか楽しんでいるようだった。
シュカは、魔術とばれないよう水を霧状にして、洞窟前一帯を覆う。
充分時間が経ったと思われるところで、それを一気に水状に戻した。
すると、ワイルドラビットは急に苦しみだし、やがて昏倒したのだった。そこを攻撃魔術で仕留めた。
「え? なにが起こったんだ?」
ユーリが首をひねっている。
「わーシュカ君、あいかわらずえげつないことを……」
ディーが遠い目をしている。
「霧状にした水を吸い込ませ、それを水状に戻すことで窒息させました」
簡単に云ってのけるが、そもそも魔術と気付かせない程度の低出力の魔力で水を霧状にするのには、たいへん緻密なコントロールが必要となってくる。そう多くの人間が使える技ではない。
「なるほど! 全然気付かなかったよ。すごいな、シュカは」
ユーリは目をきらきらさせてシュカを見てくる。
あまり正攻法ではないため、そんなに純粋な目で見つめないでほしかった。
「動く標的に命中させる自信がなかっただけですから。僕もまだまだですね」
「そんなことないよ。戦い方はひとそれぞれだ。シュカらしい方法ですごいと思う」
「……ありがとうございます」
ユーリは素直に感心しているようだ。此処は無難に礼を云っておこう。
「あ、おふたりとも、川がありますよ。魚は捕らなくてよいのですか」
しばらく歩いていると、川にあたった。シュカはいつかのことを蒸し返して嫌味を云う。
「流石に上級の魔物がいるところでは危ないからな」
「そうそう、魚の形態をとった魔物もいたりするし」
「……そうですか」
嫌味が通じていない。シュカは項垂れた。
「うん、魔物はいないようだし、このへんですこし休もうか」
ユーリはしばらく辺りを警戒すると、岩に座って剣を置いた。
「そうだねえ。どう、シュカ君、慣れてきた?」
「魔物を見かけることには慣れてきました」
「それはよかった」
「まずはそこからだと私も思う。シュカは技術があるから、あとは慣れれば問題ない」
ユーリが云うのだから、そうなのだろう。シュカはもうすこしさまざまな魔物と相対してみたくなってきた。
休憩を終え、一行がふたたび歩きだすと、強い魔物の気配を感じた。
キュイ―……何処からか、鳥の声が聞こえる。
「――ファイアーバード、S1級だ。私たちも手を出すぞ!」
「上空から急降下して襲ってくるから、気をつけて!」
「はい!」
返事をしたところで、森には木々がひしめき合っているから、上空を目視できない。魔力の気配を探るしかなかった。
来る――突然、シュカは頭上に魔物の気配を感じた。
「――!」
水の攻撃魔術を飛ばそうとしたが、間に合わない。
「おっと、――大丈夫?」
そこへ、ディーが割って入った。シールドを展開し、ファイアーバードを退けたのだ。
シュカは幻術を使い位置をずらして見せていたからなんとか助かったものの、紙一重だった。
「ありがとうございます。本当に急に来ますね」
「そうそう、難儀なもんだよ」
「シュカ、さっきの霧、このあたりに広げられるかい?」
「ええ」
シュカはユーリの云ったとおりに、霧を漂わせた。
ふたたび、今度はユーリの頭上からファイアーバードが攻撃を仕掛けてくる。
ユーリは反射的に氷の魔術を使ったようだった。霧が一帯を覆っていたこともあり、ファイアーバードが氷付けになる。
そこを、上空へ瞬間移動したディーが剣でたたき落とした。
ファイアーバードは絶命していた。
彼は何食わぬ顔で着地する。
「……高等魔術、使えたのですね」
闇の魔術の空間圧縮を応用したワープは、非常に高度な魔術である。それを涼しい顔でおこなってみせるとは。
「しー、みんなには内緒ね? オレもあんまり目立ちたくないからさ」
護衛という立場上、手札を隠しておきたいのだろう。シュカは黙って頷いた。
「そろそろ戻るか。日暮れまでには森を出ておいたほうがいい」
「そうだね、シュカ君も満足した?」
「はい。いろいろと勉強になりました」
その後は、襲ってくる魔物をいなしながら、森を出た。
冒険者ギルドに寄り討伐結果を報告すると、これまでにないずっしりとした重みの革袋を渡された。
「……、まさか、こんなに?」
「ああ、金貨でもらえるんだ」
「上級はこんなものだよ。金銭感覚狂うよねえ」
シュカは、これまでせこせこと占い師稼業で稼いでいたのが莫迦らしくなってきた。
「これからもよろしくお願いします」
「あ、シュカ君が買収された!」
「一応学院では推奨されてないから、ほどほどにしておこうと思っていたのだが、シュカが云うなら仕方ない。また行こう」
もはや、本来の目的――宮廷魔術師候補選抜試験に向けた修行――のことを忘れそうである。
三人はほくほくしながら帰路についたのだった。




