35 光(4)
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「ユーリ君、情報が届いたよ」
休日の午后、ディーがユーリの部屋を訪れた。その手には、一葉の手紙が握られている。
「知り合いの情報屋に頼んでみたんだ。セレン帝国内部にも通じている仲間がいるらしくてね。第六皇妃殺害事件の概要がわかったよ」
「なに?」
第六皇妃――シュカの母親は、二年前の冬、毒殺されたという。犯人は第二皇妃の可能性が高く、しかし動機は不明とのことだった。地位も上の第二皇妃が何故、冷遇されていた第六皇妃を殺害するに至ったのか――真相は知れない。
「これは、シュカに伝えるべきだろうか――」
「今回の件には関係ないけど、知っておいてもいいんじゃないかな。そこからどんな選択をするかは、シュカ君次第だ」
「そうだな。引き続き――水仙を供えた人間の情報を――」
そこに、ノックの音が響く。
「ユーリ、いますか? シュカです」
「シュカ? どうぞ、入って」
ユーリが扉を開けると、シュカが佇んでいた。その手には手紙があって、なにかがわかったのであろうことが察せられた。
シュカをソファへと導くと、待ちきれないとばかりに口を開いた。
「水仙を供えた人物はおそらく――第一皇子のアレクセイ兄上です」
「第一皇子? 何故わかったんだい?」
ユーリは意外な人物の名に、首を傾げる。シュカは順を追って説明しだした。
「後見人のキリロフ司祭に手紙を出したのです。なにか知っていることはないか、と。キリロフ司祭は、過去に、母に助けられたことがあり、母とは偶に文通をしていたそうです。そこに出てきた名が、使用人の『アリョーシャ』でした。彼は病弱な母親をもっていて、日に日に弱っていくかのじょのことを思いなにか手立てがないかと母に相談したとのことでした。占いをおこなったところ、かのじょは病で弱っているのではなく、毒を盛られているのではないかという結果が出たそうです。それで、『アリョーシャ』の母君は助かったのだとか」
「ははあ、なるほど。アリョーシャって、アレクセイの愛称だよね。第六皇妃の噂を聞いたアレクセイ皇子が、使用人のふりをしてかのじょに接触し、助けを求めた――」
ディーが顎に手を添え推測する。
「僕も同じ意見です」
「……つながった、な」
ユーリがディーと目を合わせ、頷く。
「つながった?」
シュカが首を傾げると、ユーリはシュカと目を合わせた。
「落ち着いて聞いてほしいのだが――シュカ、君の母君を殺した犯人がわかった」
「――え?」
シュカは目を見開く。
「第二皇妃だ。位が下の第六皇妃を殺害する動機は不明だったのだが、たったいま、わかった。かのじょは、第一皇妃を毒殺しようとしていたにちがいない。けれど、それを邪魔するものが現れた――シュカの母君だ。たぶん、あとから知ったのではないかな。そうしてかのじょは、二年前に――」
シュカは固まった。突然、母の死の真相を知ったのだ。当然だろう。
「伝えるか、迷ったんだ。けれど、君には其れを知る権利があるから……」
シュカは俯いてしまう。その表情は窺い知れなかった。
「――伝えてくださり、ありがとうございます。……復讐しようだなんて無謀なことは考えないのでご安心ください。よくある、話ですから……」
自分に云い聞かせるように、シュカは云う。その掌は固く握りしめられていた。
ユーリは考える。もし自分が、母上を殺した相手を知ってしまったとしたら――復讐に手を染めずにいられるだろうか――
昏い思考に落ちそうになる、そのとき、ユーリの隣に座っていたディーが、ユーリを立たせてシュカの座る側に移動させた。
「?」
三人は、二人がけ用のソファに座る。窮屈だった。
「なんですか、急に」
シュカはあきれたように云う。真ん中のディーは、シュカとユーリの肩を抱え、ぎゅうと抱きしめた。
「ふたりとも、とりあえずさ、シュカ君がこの国の宮廷魔術師になってもお母様に会いに行けそうなことを喜ぼうよ! アレクセイ様が通してくれる筈だよ!」
シュカははっとする。これまで、皇帝の許可があり王宮に入れていたと思っていたのだが、もしかしたらアレクセイの配慮あってのことだったのかもしれない。
「……そうだな、シュカ。もとはといえば、その方法を探していたのだった。おめでとう」
「……ありがとう、ございます」
シュカの心には、喜びや無念など、さまざまな感情が渦巻いているようで、その表情はやはり晴れない。いまはそっとしておくのがよさそうだった。
シュカが部屋に戻ると、相も変わらずソファに転がるディーが訊ねてくる。
「――ユーリ君はさ、もし自分のお母さんを殺したひとがわかったら、どうする?」
ユーリは対面のソファから、ディーを見遣る。恰好は巫山戯ているが、その問いはどこか緊張をはらんでいるような気がした。
「……復讐を、考えるかもしれない。私はシュカのようには割り切れないよ」
「……そっか」
抱えたクッションに、ディーは顔を埋める。
「……なんでそんなことを訊くんだい?」
「んーまあ、興味本位? オレは母親とか家族とか、よくわからないから。どうなんだろなって思っただけ」
「私は、ディーのことを家族だと思っているよ」
「――へ?」
ディーはクッションから顔を上げる。
「親友であり、護衛であり、家族でもある。もう、ディー抜きの人生なんて考えられないくらいには、君のことが大切だよ」
「――もう、ユーリ君のたらし!」
「え?」
何故か対面からクッションが投げつけられる。
それを取って投げ返すと、またクッションが飛んできた。
「??」
クッションを手にディーを見遣ると、彼は何故か顔を紅くしていた。
「どうしたんだい? まさか風邪を……?」
「照れてるの! 云わせないでよ、もう」
ディーは飄々と笑っていることが多いから、そんな表情は貴重だった。
「もっと見せて」
「いやですー」
ユーリは好奇心から、ディーににじり寄る。彼はめずらしく、顔を隠しつづけたのだった。




