34 光(3)
シュカは、憂鬱のなかにあった。
宮廷魔術師になれば、この先もユーリと友人でありつづけることができる――一方で、国家の職に就いてしまえば、セレン帝国に戻ること――母の墓参りをすることは難しくなるだろうことが予想された。
何故、気付かなかったのだろう。ここ数日は、宮廷魔術師になれるか否か、期待と不安に苛まれていた。そればかりに気を取られ、故郷を、母をすてることになるかもしれないことなど予期していなかったのだ。
母か、友人か――それは、どんな数式よりも難解な問いだった。
同時に、自分が母を天秤の片側に乗せているという事実に驚く。つい数ヶ月前までは、母が世界のすべてだったというのに――
自分はどちらを選ぶべきなのだろうか――そのとき、部屋のドアがノックされる音が、耳に届いた。
ユーリたちは、先ほど出て行った。ノエルでも訪ねてきたのだろうか。
シュカが扉を開けると、そこには予想外の人物が佇んでいた。
「ユーリ? どうして……」
「シュカ、話したいことがあるんだ。入ってもいいかい?」
ユーリは、呼吸も整わない様子で、急いでやってきたのだろうことが推察された。
「はい、どうぞ」
シュカは、そんなユーリを部屋へと招き入れた。めずらしくディーのすがたがない。それほど急を要することだというのか。
ソファに腰を落ち着けると、ユーリがシュカ、と口を開いた。
「まず、謝罪させてほしい。君に、酷な選択を迫ることになると自覚していなかった。ほんとうに、すまなかった」
「いえ、だから、それはもう――」
「でも、伝えたいことがあるんだ」
ユーリが膝の上で固く両手を握りしめている。緊張しているのか、めずらしい――シュカは目を瞬かせた。
「うかがいます」
「ありがとう。私は、これまで自分の持つ力に無自覚だった。どうせ王籍離脱するのだからと、ずっと、目を背けていたから。私の立場のせいでこうなったことはわかっている。けれど、今回の件で思ったんだ。私だからこそ、できることがあるのではないかと」
たしかに、彼には力がある。しかし、今回の件でユーリにできることがあるとは思えなかった。
「セレン帝国に、ほんとうに味方はいないのかい? なんでもいい、なにか、思い出せないかい?」
味方――そんなものはいない。そう云いかけて、ふと思い出す。
「――黄色の水仙が、供えられていたのです。僕が訪れる前に、だれかが供えてくださったのでしょう。けれど、いくら考えても、母に花を供えてくださる方など思い浮かばなくて――」
「それだ! 皇族の墓に入れるくらいの人物が、シュカのお母様のことを偲んでいてくれてるのではないのかい?」
「でも、それがだれかは――」
「私に、調べさせてほしい。お母様の毒殺の件も――私は姉上のように情報網なんて持っていないけれど、もしかしたら、なにかわかるかもしれない。もしそのひとが、シュカの味方になってくれれば、或いは今後も墓参りくらいはさせてもらえるんじゃないだろうか」
「――僕も、司祭様に伺ってみます。なにかつながりがわかればよいのですが」
「ああ、頼んだ」
ユーリの瞳には、希望の光が宿っていた。ユーリはすごい。その光が眩しくて、すべてがなんとかなるような気がしてしまう。
「じゃあ、私は行くから。早速ディーにも相談しないと」
「ええ、ありがとうございます」
そうしてユーリを見送りに出ると、壁際にはディーが佇んでいた。
「これでも一応護衛だからね」
此方がなにかを云う前に、ディーはウインクする。
「その様子だと、なにか解決の糸口が見つかったみたいだね」
「ああ。ディー、これから忙しくなる。君に頼みたいこともたくさんあるんだ!」
「はいよ、任せなさい」
ふたりはじゃれあって去って行った。
シュカは部屋に戻ると、デスクにつき、筆を執る。司祭に手紙を出すことにした。
キリロフ司祭は慈悲深い方だが、シュカとはどこか一線を引いているような接し方をされることが多かった。けれど、一度だけ、まだシュカが幼かったころ、キリロフ司祭から母への手紙が届いていたのを見たことがある。
シュカを助けてくれたことといい、彼にはなにか、母とのつながりがあったのではないか。そう思えてならない。
なにか情報が得られるとよいのだが――母は孤立していたように見えたが、それは見せかけのことにすぎなかったのかもしれない。密かに自分たちを助けてくれていたひとが、いたのであれば――
手紙には、なんでもいいから情報がほしい、と率直に綴った。
司祭は応えてくれるだろうか。
シュカは早馬で手紙を出した。
返事は二週間後、速達で届いた。
シュカは震える手で、手紙を開封する。
そこには、驚くべきことが書かれていた――




