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37 ブルーム・フェスティバル(1)

 三月に入り、宮廷魔術師候補選抜試験の勉強も佳境に入っていた。

 シュカはデスクから顔を上げ、窓の外を見遣る。休日の昼過ぎ――外には雲一つない青空が広がっていた。偶には息抜きに散歩に出てもよいかもしれない――そう思っていたとき、部屋にノックの音が鳴り響いた。

「はい」

 シュカがドアノブに手を掛けると、「シュカ?」と声がする。ノエルのようだった。

「ごめん、勉強の邪魔しちゃったかな?」

 話があるというノエルをソファへと導くと、かのじょは切り出した。

 ノエルには、宮廷魔術師候補の試験を受けることを伝えてあった。気を遣ってくれたのだろう。

「いえ、ちょうど休憩しようかと思っていたところです」

「よかった! あのね、よければなんだけど、明日ブルーム・フェスティバルに出かけない? もちろん勉強が優先だったら断ってくれてもいいからね! ただ、息抜きも必要かなと思って」

 ノエルはめずらしく遠慮がちに云う。

「すみません、ブルーム・フェスティバルとはなんでしょう」

「あ、ごめんごめん、知らないよね。春祭りっていうのかな。春の訪れを祝うお祭りで、街中がお花で飾りつけられるんだよ~」

 やっと冬が明け、最近は陽気のよい日が増えてきた。祝いたくなる気持ちもわかる。

「素敵ですね。見てみたいです。よければご一緒させてください」

「やったあ!」

 ノエルは頰を染めて喜んでいる。そのすがたは大変かわいらしかった。

「せっかくならユーリとディーも誘ってみますか?」

 シュカがそう提案すると、ノエルが急に慌て出す。

「あ、えっと、できればふたりだけがいいっていうか……そう、今回は女の子だけで楽しみたいなあ、なんて!」

 あたふたと両手を振っている。たしかに、男子がいないほうが入りやすい店などもあるだろう。

「わかりました。そうしましょうか」

「――うん! えへへ、うれしいなあ。それじゃあ明日九時に迎えにくるね。ちゃんとお洒落すること!」

「……お洒落ですか、善処します」

 ノエルはうきうきと部屋を出ていった。一方のシュカはというと、眉根を寄せて考え込んでいる。お洒落、お洒落――難易度の高い課題だった。


 翌日、シュカは早くに目を醒ました。お洒落を一晩中考えていたせいで、まなうらにさまざまな服の影がちらつく。そうはいってもたいして私服を持っているわけではなかったため、結局はクローゼットの中から選ぶことになりそうだった。

 シュカはクローゼットを開けた。中には、シンプルなシャツにボトムスが多く吊されている。アウターはそろそろ要らなそうな気温だ。しかし、シャツとボトムスだけでは味気ないだろうか――と、そこで、クローゼットの端にかかっていたワンピースが目に留まった。淡い水色のそれは、誕生日にノエルがプレゼントしてくれたものだった。ユーリとディーによって、バッグと靴までセットでプレゼントされていた。これならば、お洒落と云えるだろう。しかし、果たしていまの自分がこれを着て似合うのだろうか?

 シュカは鏡を見る。幻術を使って変えているのは体型のみで、顔のかたちはそのままだった。伸びっぱなしの前髪に、野暮ったい眼鏡。とてもこんなかわいらしい服が着られるようなすがたではなかった。

 鏡の前で唸っていると、扉がノックされる。

 まだ八時前だというのに、いったいだれだろう。ドアを開けると、そこにはノエルが佇んでいた。

「おはよう~」

「おはようございます。まだ約束の時間ではありませんが……」

 約束したのは、九時だったはずだ。

「そうなんだけど、シュカがお洋服に迷ってるかなと思って手伝いにきちゃった」

「たしかに迷っていましたが……」

「でしょでしょ、わたしが選んであげる! ついでにメイクもしようよ。道具は持ってきたからさ!」

 ノエルの片手には、大きなメイク道具入れが提げられていた。

 ノエルは、開けっぱなしになっていたクローゼットに目をつけると、端から端まで見渡す。

「わあ……同じ服がいっぱい……」

「楽ですから」

「テンションが上がらないよう……やっぱりこれしかないよね!」

 そう云ってノエルが手に取ったのは、件のワンピースであった。

「ええと、せっかくいただいたのですが、僕には似合わないかと……」

「そんなことないよ! 絶対似合うから、任せておいて!」

 ノエルはいい笑顔を浮かべた。

 そこからが大変だった。まずはソファに座るよう促されると、ノエルはテーブルの上に数々のメイク道具を並べだした。

「シュカならこの色かな、いや、こっちも似合うだろうし……うーん」

 同じ色にしか見えないアイシャドウパレットを見比べて、うんうん唸っている。

 そうして、シュカの前髪を上げると、ノエルはメイクを施しはじめた。

「う゛、顔がいい……お肌すべすべ……まっしろ……」

 なにやら呻いているが、意味がわからない。顔がよいのはかのじょのほうだろう。

 シュカは門外漢のため、すべてノエルに任せることにした。

 髪までセットし終えると、ノエルが手鏡を渡してくる。

 そこには、完全に年頃の女の子に見えるシュカが映し出されていた。

「わあ、メイクってすごいですね」

「シュカは元がいいからね」

 ノエルは、一仕事終えたとばかりに額を拭う。かのじょの腕はほんものだった。

「さあ、お着替えしてね~わたしは外に出てるから」

「何故? 此処にいてください。着方がわからないので」

「――え! あ、そ、そうだよね、うん……わかった」

 ノエルは何故か目を泳がせながらシュカのほうへおそるおそる近づいてきた。

 ワンピースの着方は流石にわかるが、問題は背中のチャックと腰のリボンだった。

「ノエル、背中のチャックに手が届かないです。あとリボン、結んでください」

「はわわ、はーい――ってウエスト細すぎ! ちゃんと食べてる?」

「必要最低限は」

 ノエルはぶつぶつ云いながらリボンのかたちを整えている。

「はい、できたよー」

 腰の後ろでふんわりと結ばれたリボンは、たいへんかわいらしい。かわいらしいがしかし――

「ちょっとかわいらしすぎません? ほんとうに似合ってます?」

 シュカは心配になった。あまりにも服に着られすぎているのではないだろうか――

「大丈夫だって! わたしのセンスを信じてよ。シュカにとっても似合ってるから!」

「……ノエルがそう云うのなら……」

 鏡を見ると見慣れない女の子が映っていた。自分だと云われなければ、自分でもシュカだとわからないほどの変身っぷりだ。

 靴を履くと、ヒールが高すぎず丁度よいサイズだった。いつのまに測られていたのだろう。

 こちらも足の甲には水色のリボンがあしらわれていて、かわいさが増してしまった。

 極めつけのバッグは、淡い水色と白色のもので、ころんとしたフォルムがかわいさを引き立てる。

 どこをとってもかわいいアイテムたちだった。

「まあ、これくらいのほうが僕だとばれなくていいですかね」

 これなら男子生徒には見えないし、街歩きにはよいかもしれない。シュカは腹を括ったのだった。


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