24 Dの独白(1)
ユーリに新しい友人ができた。名前はシュカ・リンドウ。明らかになにかを隠していそうな、正体不明の留学生。常ににこやかな微笑みを浮かべているが、それは他者と一線を引くためのものであると容易に看破できるものだった。
謎の占い師の正体を暴く過程でシュカが男装している女子生徒だと知ってしまった。ユーリが詮索しないと決めたから、それに従うしかなかった。
ディーは今日もシュカ・リンドウを観察する。勉強も魔術の才能も一線を画しているようで、実はかのじょが高等部魔術科の主席合格者だというのは、周囲には秘されていることである。
特に実戦魔術の授業中は本来の力をセーブしているようで、水と光、二系統の魔術を使えるのにも関わらず、水の魔術しか使用しない。兎に角目立つのが厭なようだった。
それに伴い、目立つ存在であるユーリが近づくと、逃げの姿勢をとる。しかし、ディーとユーリで囲い込むことは容易く、かのじょは次第に逃げることを諦めたようだった。ユーリに興味を示さない者はめずらしく、それゆえユーリはかのじょと仲良くなりたがっているようだった。
シュカは才能があるくせに自我が薄く、押しにも弱い。ディーの目からは、どこか生きる気力をうしなっているように見えた。あやうい人間は多く見てきたが、かのじょもそういった類のひとりであることはすぐにわかった。
世間知らずで初心そうな娘だ。いざとなれば色仕掛けでも使えば簡単に落とせるだろう。そんな考えも、すぐに吹き飛ぶくらいには、シュカはある意味で純粋だった。
ユーリに害はないだろう。ディーはシュカ・リンドウを暫く観察した結果、そう結論づけた。
ユーリが仲良くしたがっている以上、自分もある程度仲を深める必要がある。軽口を叩けば律儀に反応を返してくれることも多く、ディーのコミュニケーション能力をもってすれば、それなりに距離を近づけることは容易だった。
かのじょは他者とのコミュニケーションに慣れていないらしく、言葉の端々から普通の出自でないことは察せられた。己もひとに云えるような経歴はしていないが、かのじょもまた、茨の道を歩んできたのであろうことは想像に難くなかった。
収穫祭の休暇期間、ユーリがかのじょを邸宅に招待したいと云いだした。流石に出自を探られるのではないかと危機感を抱いたのはディーのみだったらしく、ユーリは無邪気に新たな友人と交流を深めたいだけらしかった。
まあいいか。出自を探らないと約束したのはユーリなのだ。「姉上様」が出てきても、約束を反故したことにはならないだろう。
ディーは自分の雇い主である、切れ者の王位第一継承者の顔を思い浮かべる。冷徹で若くして内政においても活躍しているかのじょは、その実、非常に弟妹思いだった。邸宅に招待されるほどのユーリの“友人”となれば間違いなくその正体を探られるだろうが、ディーはユーリの意見を尊重することにした。
滞在中、シュカは女子として振る舞えるよう配慮がなされていた。常に性別を偽るのには気を張る必要があるだろう。すこしでもくつろいでほしいというユーリの気配りだった。
とはいえ、かのじょは、あまり性別というものを感じさせない。自我が稀薄ゆえ、性別意識にも疎いのかもしれなかった。
シュカの余暇の過ごし方は、読書、勉強、以上である。遊ぶということを知らないかのじょのために、ユーリは全力でかのじょを楽しませる心づもりらしかった。
まずは夜市に連れ出すと、シュカは人の多さに圧倒されていた。試しに飴細工を買い与えてみると、その繊細な細工に魅了されているようだった。心なしか目を輝かせながらちいさく口をつける。自然に口角が上がり、甘いものが好きなことが察せられた。
ユーリが酒を呑みだすから、つられてディーも酒を手にする。それで護衛が疎かになるような鍛え方はしていなかった。
シュカにも酒を勧めたが、出身国であるセレン帝国の成人年齢をすぎていないからと、断られた。真面目なことである。
続いてゴンドラに乗ったことがないというかのじょをゴンドラへと誘うと、シュカは水上の美に心を奪われているようだった。
このような風景は、初めて見ました――素でこぼれた言葉に、ディーの口の端は上がった。
この時点で、すでに随分楽しくなってきていた。はじめは単なる観察対象だった筈だのに、自分も絆されたものだ。この少女を楽しませてやりたいと、そう思うようになっていた。
夜のカードゲームの時間の話は割愛しよう。うわばみとはいえ、ディーもかなり酔っていて、黒歴史を話してしまった気がする。
翌朝は、二日酔いに苦しむユーリに、シュカが母親の出身国である東国の味噌汁というスープを作ってくれた。臓腑に染み渡る味わいで、酒を呑んだ次の日にはいつでも食したいほどだった。
そうして、滞在期間はすぎていった。
シュカは部屋に籠もる時間も取ることができたためか、ひどくリラックスしているように見えた。一時でも、羽休めになったのならよいことだ。
ユーリもひと仕事を終えたような満足げな表情をしている。
さて、これからどうなることやら。
ディーは先の未来を憂えることとなった。
予想どおり、姉から手紙が届いたユーリは、たいそう困惑し、慌てていた。手紙の内容など、読まなくても想像がつく。シュカのことだろう。
ユーリはシュカを探してくる、と部屋を飛び出していった。
そしてかのじょを連れ帰ってくるころには落ち着いているかと思いきや、唐突に謝罪を始める。
すこし落ち着いてほしかった。我が主のためにディーがお茶を淹れると、やっとユーリは冷静になった。こうして、シュカの出自を知ってしまったことを話し始めたのだった。
シュカは一瞬衝撃を受けたような表情をしていたが、予想の範疇だったのだろう。終始落ち着いていた。
ディーにも手紙を見せてくれるというのでありがたく拝読する。そこには、かのじょが隣国セレン帝国の第十三の姫であること、母が皇帝の不興を買い、離宮で育ったこと、母の死をきっかけに皇籍離脱し、司祭見習いとして教会に入ったこと、そして司祭の勧めで此処ローレヒ王国に留学してきたことなどが記されていた。
所作に気品があり、そのわりに他者との関わりに慣れていない理由はこれだったのかと納得がいった。もともと何処かしらの貴族の深窓のご令嬢かとは予想していたのだ。さしたる驚きはなかった。
彼らは真実を知ってもなお友人であることを選んだらしい。これにて一件落着である。




