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23 不和(3)

「シュカ! 風邪引いちゃったんだって? 大丈夫?」

 放課後、ディーに連れられて部屋に戻ったころ、ノエルが訪ねてきた。走ってきたようで、ポニーテエルが乱れている。

「眠ったらだいぶよくなりましたから、お気遣いなく」

「そんなの関係ないよ! つらいときにはつらいって云っていいんだからね!」

 これ、お見舞い、と渡されたのは、オレンジに苹果といったフルーツの類いだった。

「ありがとうございます」

「こらこらノエルちゃん、シュカ君本調子じゃないみたいだから、声は抑えてね」

 簡易キッチンで白湯を準備していたディーが顔を出す。

「あ、ナイツェン君、いたんだ。アッシュヴィルド君は? 一緒じゃないの、めずらしいね」

「あー……ちょっといろいろあってね」

 ディーは頰をかきながら、白湯の入ったマグカップをシュカに手渡す。

 着替えを終えてベッドに入っていたシュカは、カップのちょうどよい温度にほっと息をついた。

「フルーツは食べられそう? 剝いてこようか?」

「あとでいただきます」

「わかった。冷蔵庫で冷やしておくからね」

「ナイツェン君、甲斐甲斐しいね。いいお嫁さんになりそう」

 ベッド際にスツールを移動させて、ノエルがこそっと話しかけてくる。

 お婿さんの間違いでは?――ローレヒ王国の同性愛事情にいまいち疎いシュカは困惑する。とりあえず笑みを浮かべておくことにした。

「シュカがひとりじゃなくて安心したよ。いい友達がいてよかったね」

「友達……」

「なあに? なにか悩んでるの?」

「……ユーリと喧嘩をしてしまいまして」

「え! アッシュヴィルド君と? 彼、怒ることあるんだねえ」

「……僕は、友人というものがよくわからなくて。それを口にしたら、怒ってしまったようです。友人だと思っていたのに、と」

「そうかあ。それは悲しいかもね」

「悲しい?」

「うん。傍から見てると、三人ともすごく仲がよさそうに見えるからさ。――ちなみに、わたしはシュカのこと、友達だと思ってるよ」

「……そうだったのですか。すみません」

「うーん、謝られるのもなんか違う気がするなあ。シュカが、心の底からわたしのこと友達だと思ってくれたらうれしいけど。それは無理することじゃないし。シュカのペースで仲良くしてくれたらなって思うよ」

「……ありがとうございます」

 なんてできたひとなのだろう。友人だと思っていた人間に友人だと思っていなかったと云われても、怒らないなんて――ノエルは随分成熟したひとらしかった。

「いまはゆっくり休んだらいいよ。仲直りはそのあとで、ね? わたしはもう行くから。またなにかあったら相談してほしいな」

「はい、ありがとうございます」

 そうして、ノエルは去っていった。

 すこし離れたソファに座っていたディーが、近くに寄ってくる。

「いやあ、女の子はおとなだねえ。それに比べてユーリ君ときたら」

「……すみません。貴方のことも、悲しませてしまいましたか?」

「オレ? オレは別に――って云ったら冷たいかな。でも、さっきシュカ君が云ったとおりだよ。同類ってやつ――オレもずっと友人なんてものいなかったからさ。ユーリ君と出会ってはじめて、その概念を理解できたって感じ」

 ディーが遠い目をして呟く。彼の過去は未だに知らなかったが、特殊な出自であるということは以前耳にしていた。

「……どうして、理解できたんですか?」

 シュカが問うと、ディーは視線を合わせて微笑んでくれる。

「んー自然に、かな。シュカ君も、自然にわかる日がくると思うよ」

 なんの解決にもならない答えだったが、なにかがすとんと腑に落ちた。

 そうか、自然に――シュカは、愛を知らないわけではない。母に、ソフィアに、愛情は注がれてきた。それとすこしちがうかたちの愛が、友情というものなのではないだろうか。

「ま、頭で考えすぎても無駄無駄~さあ、そろそろ寝ようか」

 シュカの手元からマグカップを取り上げると、ディーはシュカの肩を軽く押した。

 シュカはそのまま横になる。

 ディーが掛布を首元まで掛けてくれた。

「貴方がこうやって僕の面倒を見るのは打算ですか?」

 失礼な質問だっただろうに、ディーはふっと笑って返す。

「んー? しいて云うなら愛情?」

「愛情……」

 母やソフィアは、家族だった。家族に愛情を注がれるのはわかるのだが、会ったばかりの他人に愛情を向けることなどあるのだろうか。

「まあ、考えるのはあとにしようよ。ほら、おやすみ」

 目元に手がかざされる。ひとの熱というものをひさびさに感じた。こんなに、あたたかなものだっただろうか――思考は昏闇に溶けていった。


 次にシュカが目が醒めると、時刻は夜の二十一時だった。怠さはだいぶなくなり、身体を起こしても視界が揺れることはなかった。

 ディーは帰ったようで、部屋は静寂に包まれている。

 そういえば、ノエルがフルーツをもってきてくれたのだった。

 冷蔵庫を開けると、何故か兎のかたちに切られた苹果とオレンジが皮ごと冷やされていた。

 すぐに食べられそうな苹果を取り出す。フォークを持ってソファに座る。兎の苹果にフォークを刺すが、顔から食べるのは憚られた。これはどこから食べるものなんだ――厄介な置き土産を残していってくれたものだ。

 若干の罪悪感を覚えながらも、仕方なく、頭から口をつける。しゃくりと新鮮な果実の香りが口のなかに広がる。美味しかった。

 なにかを美味しいと思えるのは、ひさしぶりだ。

 シュカは基本的に、食に興味がない。普段は食堂で食事を摂っているが、それも栄養バランスを考えてのことだ。読書に夢中で一日一食になる日も多かった。脳が働けば問題ないのだ。

 そんなシュカだったが、――収穫祭の休暇に滞在したユーリの屋敷で食べた食事は、美味しかった。はじめて行った夜市で口にした、飴細工やわたあめも――

 母が死んでから、周囲の風景は色をなくした。けれど、あの日みた、ゴンドラからの光景は、色鮮やかにシュカの目に映った。

 ひさしぶりに、心の動いた瞬間だった。

 考えてみれば、そのどれもが、ユーリが与えてくれたものだった。

 この果物は、ノエルが持ってきて、ディーが切ってくれたものだ。

 それを思うと、なんだか、心があたたかくなる。これが、友情というものなのだろうか。シュカは未だ霞がかった頭で、思った。

 自然にわかる――ディーがそう云っていた意味がわかったような気がした――


 シュカが早めに教室につくと、すでにユーリとディーが窓際の席に座っていた。

 どうしようか――迷った末、その後ろに腰をおろす。

「……あの、おはようございます」

「おはよう」

 ユーリは此方を見ずに、けれど挨拶だけは返してくれる。

「おはようシュカ君。体調、よさそうだね」

「昨日はお世話になりました。苹果、ありがとうございます」

「御礼はノエルちゃんに云ってあげてよ」

「勿論」

 そこで、会話が途切れる。ユーリは相変わらず前を向いたままで、此方に視線を遣る気配はない。

「――ユーリ」

 しかし、シュカが勇気を出して話しかけると、ユーリはしっかりと目を合わせてくれた。

「昨日は、申し訳ございませんでした」

「……君は、なにに謝っているんだ?」

 憮然とした様子で、ユーリは問う。

「ゆうじんがわからないと、云ったこと。あのあと考えのです。何故、平和な日常生活を壊してまで、貴方たちといるのか――ユーリ、貴方の屋敷で食べた食事は、美味しかったです。貴方たちとみた、ゴンドラからの景色も。母が亡くなってから、美味しいも、奇麗も、なにもかもかもがわからなくなっていたのに」

 俯き気味でぼそぼそと喋るシュカの声に、ユーリたちはしっかりと耳を傾けてくれているのがわかった。

「――これが友情なのですか? いっしょにいると、美味しい料理が食べられて、奇麗な景色が見られる。心があたたかくなる感じがします」

「シュカ……」

 ユーリは目を大きく見開いていた。

「シュカ君、わかったみたいだね」

 ディーは一件落着とばかりに頷いている。どうやら正解だったらしい。シュカはほっとした。

「……私も、おとなげない態度をとってすまなかった。具合が悪かったのだろう? それなのに見舞いにも行かず……」

「いえ、ノエルとディーが世話を焼いてくれましたから」

「……、なんだか、もやもやする……」

「――え?」

 またなにか、失言をしてしまったのだろうか。シュカが慌てると、ディーが途端に笑いだす。

「あははは、ユーリ君が焼き餅焼いてる! 自分もお世話したかったんだよね!」

「そんなことは――あるかもしれない。シュカ、今度風邪を引いたら、私も世話をするからな」

「いえ、それは流石に……殿下に世話をさせるのはどうかと……」

 勢いごむユーリに、シュカはノーをつきつける。そんなことをさせようものなら、あの恐ろしいお姉様がなにを云ってくるか、わかったものではない。

「そうか。けれど、なんだかほんとうの友人になれた気がして、いま私はうれしい」

 ユーリが手を差し出してくる。

「あらためて、よろしくお願いしてもいいだろうか」

「――恥ずかしいひとですね。まあ、僕でよければ」

 ユーリの手を握り返す。シュカよりも温度の高い体温が、心を充たしていくのを感じた。



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