22 不和(2)
母が死んだのは、シュカのせいだった。
なにものかが、食事に毒を盛っていたことに気づけなかったのだ。それを知らず、日に日に弱っていく母に、食事を与えつづけた。
あとになって、司祭が死因を教えてくれたのだ。
どれほど後悔したことだろう。自分が光の魔術で毒消しさえ行っていれば、母は死なずに済んだ。
シュカは自分を責め続けた。それでも、涙は出なかった。泣いたところで、母は戻ってこないことはわかっていた。
司祭見習いになると決めたとき、シュカは光の魔術を磨くことを誓った。二度とあのような過ちを犯したくはなかった。
母の死、そして、それを悔やみ自死したメイド、ソフィアの死――シュカが生まれてさえこなければ、このようなことにはならなかったのではないだろうか。
離宮に追いやられた母は、シュカさえいなければ、国へ返された筈だ。そう、シュカさえ、生まれてこなければ――
いまでも、夢に見る。
かのじょたちが、幸福に、笑っていたころの姿を――
目が醒めると、シュカは天井をぼうっと見上げていた。
此処は、何処だ。
ああ、そうだ。僕はローレヒ王国の王立学院に通っているのだった――なんだか思考が散漫だ。
ベッドに伏したままに額に手を当てると、熱っぽいのがわかった。
光の魔術では、病気を治癒することは難しい。せいぜい、身体の代謝を高め、自己治癒を促すことくらいしかできなかった。尤も、光の魔術は自分自身には効かないのだが――
なんてことを考えている暇はない。時計を見ると、一限目の授業の開始時間が迫っていた。
シュカは慌てて起き上がると、緩慢な動作で制服に着替え、身支度を調える。朝食を摂っている暇はないから、そのまま鞄を手に寮を出たのだった。
「シュカ、おはよう。君がぎりぎりなのは珍しいな」
「……おはようございます。少々寝坊してしまいまして」
「あらら、シュカ君でもそういうことがあるんだねぇ。ってなんか、顔紅くない? 大丈夫?」
「ええ」
シュカは涼しい顔を保っているつもりだったが、どうしても気怠げになってしまう。
それを見て取ったユーリは、シュカの額に手を当てた。
「――微熱があるんじゃないか?」
シュカは咄嗟にその手を振り払う。しまった、と思ったときには、すでに遅かった。
「ああ、すまない。急に触れて申し訳なかった」
けれど、ユーリはその程度で気分を害するような人間ではない。寧ろ悪かったと謝るようなひとだった。
「つらかったら医務室に行くんだぞ」
「そうそう、送ろうか?」
「いえ、そこまでではありません。問題ないのでお気遣いなく」
シュカは数学の教科書を開いた。
問題ないとは云ったものの、授業に集中することはできなかった。いつもは簡単に解ける式が、ひどく難解なもののように思える。幸い、指名されることがなかったため、それが露呈することはなかったが、この程度で調子を崩す自分に、密やかに衝撃を受けていた。
授業が終わると、ユーリに袖を引かれた。
「シュカ、やはり医務室に行こう。全然集中できていないみたいじゃないか」
「うんうん、ノート取れてなくない? 絶対本調子じゃないって!」
ユーリに続き、ディーにまで口を挟まれる。
それがひどく、煩わしかった。
「――だからお気遣いなくと云っているでしょう。放っておいてください」
つい、強い口調になってしまう。
「友人だろう、心配くらいさせてくれ」
ユーリはほんとうに心配そうに、シュカを見遣る。けれど、いまはどんな言葉も空虚に響いた。
「――ゆうじん? ああ、そういえば、そうでしたね」
シュカがぼうっとしながら返すと、流石のユーリも眉を顰めた。
「なんだその云い方は」
「いえ? いまいち友人というものがわからないので」
「私のことを友人だと云っていたのは嘘だったというわけかい?」
「そうですね。貴方がそう云ってほしそうだったので口にしていたのは事実です」
ユーリは大きな衝撃を受けたようだった。
「ちょーっと、ふたりとも、ストップストップ。はい、シュカ君はいま本調子じゃないからね、医務室に行こうね」
「……本調子じゃないからこそ、本音が出たんじゃないのか?」
ディーが仲裁するも、ユーリは引かない。余程ショックが大きかったのだろう。
「その話はあとでゆっくりしようよ。シュカ君、立てる?」
ディーがシュカの腕を引くと、シュカは素直に席を立った。
一方のユーリは座ったままだ。ついてくる気がないということだろう。
ディーはため息をついてシュカの鞄を手にすると、かのじょを医務室に送り届けるべく歩みを進めたのだった。
「シュカ君、具合が悪いときにあんまり云いたくはないけど、さっきのはちょっとよくなかったね」
道中、足をよろめかせるシュカを支えつつ、ディーが口にする。
「――ゆうじんについて、ですか? わからないのは事実ですから」
「うーん、そっかあ。でも云い方があるっていうか――」
「貴方は怒らないのですね。同類だからじゃありませんか?」
シュカが踏み込んだことを口にしても、ディーは微笑みを浮かべ流すだけだった。
医務室に着くころには、シュカの熱は上がりきっていた。
校医の先生が、光の魔術と薬を処方してくれる。あとは寝ておくよう指示されたのだった。
「じゃあ、放課後に迎えにくるから、ゆっくり寝ててね」
ディーはベッドに横になるシュカの前髪を整えると、踵を返した。
ひとりになると、シュカは考え込んでしまった。自分に欠陥があることはわかっていた。けれど、ほんとうにわからないのだ。ゆうじんなんて、いたことがないのだから――
そんなことを考えているうちに、薬の影響でうつらうつらしてきた。そうして夢の世界へと旅立っていったのだった。




