21 不和(1)
十二月に入り、寒さも本格的になってきた。
ローレヒ王国は北国のセレン帝国と違い温暖な気候をもつ国であるが、冬の寒さはシュカを憂鬱にさせた。
今日は教室の窓際の席に座っていた。シュカの好きな魔術概論の授業だというのに、つい窓の外に視線を向けてしまう。すっかり葉の落ちた木々がざわめいていて、なんだかもの悲しさを感じた。
授業が終わると、隣の席に座っていたユーリが話しかけてきた。
「シュカ、今日はめずらしく集中できていないみたいだな。なにかあったのかい?」
「……別に」
「……そうか」
シュカが笑みもなく素っ気なく対応すると、ユーリはそれ以上踏み込んではこなかった。
「次は実践魔術だねー訓練場へ行こうか」
微妙な空気になってしまったシュカとユーリのあいだに、ディーが割り込む。彼がいると場が明るくなるから不思議だ。
入学して二ヶ月半、実践魔術の授業にも、すっかり慣れてきた。
基礎の授業は訓練場と呼ばれる、特殊な結界を張られた場で行われることが多い。
担当は、みなに好かれる女性、ハミルトン先生だった。
「みんなーおはよう。今日は寒いねえ。無理せずいこうね」
朝から元気なものである。しかし、生徒たちの指揮が上がるのも事実だった。
「今日は、攻撃系統の魔術のひとたちは闇系統の魔術のひとたちと組んで、ちょっとした打ち合いをしてもらいます。といっても闇系統の子は少ないから、余った子は攻撃系で組んじゃっていいよ。光系統の魔術の子たちは魔力の出力の練習ね。あとは怪我をした子がいたら積極的に治してあげて」
これまでは、攻撃系統――水、氷、火、風――と闇系統、光系統に分かれて訓練をすることが多かったのだが、いよいよ実践的な内容に入るらしい。シュカは、授業では水の魔術のみを使用しているため、闇系統の生徒、若しくは攻撃系統の者と組むことになりそうだった。
ユーリは当然ディーと組むだろうから、ノエルでも誘ってみようか――そう考えてノエルの姿を探していると、後ろから肩を叩かれた。
「や、シュカ君。よかったらオレと組まない?」
ディーだった。
「ユーリはどうしたのですか?」
彼らは常にニコイチのため、めずらしいこともあるものだ。シュカが首を傾げると、彼は後ろを指して、「ルーク君が是非ともユーリ君と手合わせしたいらしくて」と笑ってみせた。
見れば、ルークが熱くユーリの魔術の素晴らしさを語っていた。是非勉強させてもらいたいらしい。それなら仕方ない。
「わかりました。僕でよければお相手します」
「お手柔らかにねー」
こうして、実践魔術の授業が始まった。
水系統の攻撃魔術は、実に多様だ。ただ水をぶつけることもあれば、霧のような形態に変え、相手を惑わすこともできる。シュカはどちらかといえば技巧的な技を好んだ。
霧のような形態にした水を、一点に集約させ、ディーの背後から打ち込む。
ディーは魔力の気配に鋭い。なんなくシールドで吸収されてしまった。
「わあ、シュカ君こわいこと考えるね。油断してたらやられちゃってたよ」
そんなことを云うが、ディーは実戦慣れしているようで、どんな手段を使おうがまったくダメージは通らなかった。
「流石ですね」
「え、なになに。シュカ君が褒めてくれた! めずらしい!」
「……いつも思っていますよ。貴方、かなりの使い手でしょう? 授業では手を抜いていますよね」
「それはシュカ君もだよね」
「僕は攻撃系統の魔術には慣れていませんから」
お互い、否定はしない。にこやかに微笑みながら会話を交わす様子はしかし、傍から見ればなにやら不穏な気配を醸しているように感じられる。
「はあ、疲れちゃった。ちょっと休憩しよ? ユーリ君たちの様子、見にいってみよう!」
ディーには、まったく疲労の気配はない。単に野次馬がしたいだけだろう。
勉強になることも多いため、他者の魔術を使用する姿を見ることも授業の一環だと云われている。さぼりには違いないが、怒られることはないだろう。
シュカはディーに続いて、ユーリとルークの実戦訓練の場へ近づいた。
其処は、まさしく戦場であった。
ユーリの氷の魔術は磨き上げられていて、次々にルークの頭上に氷の雨を降らせる。
一方のルークは、風の魔術で身体能力を向上させつつ、そのすべてを避け、火の魔術で反撃していた。
両者一歩も譲らぬ様子で、離れたところから見学している者も多い。
危険があってはいけないと判断したのか、ハミルトン先生も近くに待機していた。
ユーリの一糸乱れぬ攻撃に、ルークが動きを鈍らせる。彼が体勢を崩して放った魔術が、見学している生徒のもとへ向かったが――ハミルトン先生が、氷の魔術で見事に相殺していた。
「はい、そこまでー! ふたりとも、疲れが溜まってきたみたいだから今日は終わりね!」
ハミルトン先生が手を叩くと、ふたりは我に返ったように攻撃を止めた。
「流石だな、ルーク。君の魔術には隙がない」
「なにをおっしゃいますか、ユーリ様。貴方様こそ、非常に正確な技をお持ちで――このルーク、感服いたしました」
「そう堅くならなくてもよいのだが……」
互いに握手を交わして、その訓練は御開になった。
ふたりともかすり傷を負っているようだが、治療はほかの光系統の魔術を使う者に任せよう。
シュカが気配を消していると、ハミルトン先生が近づいてきた。
「リンドウ君、すこしいいかな?」
「はい、なんでしょう」
「たまには光の魔術の訓練にも参加してみないかなと思ってね。あんまり偏るのもよくないと思うし」
光の魔術の補助講師は、相当な使い手で、得られるものも多いという。
「――せっかくのご提案ですが、あまり目立ちたくなくて。二系統使用できることは隠しておきたいので……」
「そう。わかったわ。貴方の考えは尊重するから、安心してね」
「ご配慮ありがとうございます。光系統の魔術の訓練は自分でも行っておりますので」
シュカが一礼すると、ハミルトン先生はひらりと手を振って去っていった。
話のわかる先生で助かった。もしや、シュカの事情も知っているのだろうか――
訓練場の外には、曇天が広がっている。
シュカは、憂鬱を加速させた。
曇天は、あの日を思い起こさせる――母の葬儀が行われた、あの、冬の日を――




