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18 先生談話

 翌日、登校すると、ノエルがシュカに挨拶をしてきた。

 それだけで、教室がざわつくのがわかる。

 ノエルは兎に角目立つのだ――ユーリに加えてノエルとも仲良くなったのかと、周りの生徒たちは戦慄した。いったい、この地味な人物になにがあるというのか――そういえば、風の噂によると、シュカ・リンドウのファンクラブとやらまで存在するらしい。いったい何者なのだ――

 シュカが席に着くと、早速ディーがにやにやと話しかけてきた。

「なあに、シュカ君、ノエルちゃんともお友達になったの?」

「たまたま話す機会があっただけです」

「それにしては親しそうだったな」

「あ、ユーリ君焼き餅焼いてる! オレたちのほうが先に仲良くなったのにねー」

「そんなんじゃない」

 そう云いつつも、ユーリはむくれている。友人には、先に仲良くなったほうが偉いなどという序列があるのだろうか。シュカは困惑したが、まあいいかと教科書を読みはじめた。

 一限目は、古典語の授業だった。クレセント先生が教室に入ってくると、みなが着席する。

「さて、今日は抜き打ちテストを行います」

 爽やかな笑顔で、とんでもないことを口にする。そこかしこから、えー、という声が上がっていた。

 シュカにとって古典語は、馴染み深い言語である。ローレヒ王国の言語より寧ろセレン帝国の言語のルーツであるからだ。

「さ、教科書しまってね」

 プリントが配られはじめると、生徒たちはおとなしくなる。諦めたような顔をする者もいれば、自信に満ちた顔をしている者もいた。

 ちなみにユーリは数カ国語に精通しているらしく、古典語もなんなくこなす。一方でディーは、教養科目全般が苦手らしかった。

「赤点だけは避けたいなー」

 などと呟いている。

 古典語のテストはそう難しいものではなかった。 早めに解き終わったシュカは、二、三度見直しをし、席を立つ。

「図書館で自習をしていてもいいですか?」

 プリントを提出しながらクレセント先生に問う。

「お、リンドウは流石だなあ。ああ、構わないよ」

 そう云って、快く送り出してくれたのだった。


 図書館に行くと、ハートフォード先生に出くわした。

「おや、リンドウ君、いまは教養科目の授業中では?」

 ハートフォード先生は神経質そうな顔を向けてくる。

「古典語の抜き打ちテストが早く終わったので自習にきたところです」

「それなら結構」

 そのまま見逃してくれるかと思いきや、「リンドウ君」と声をかけられた。まだなにか用なのだろうか。

「いつまで正体を偽っているつもりですか」

 それは、幻術を使い男装していることを云っているのだろうか。それとも――

「アッシュヴィルド君とも仲がよいようですし、事はそう簡単には進まないと思いますよ」

 先生なりに忠告してくれているのだろうか。

「……はい。胸に刻みます」

「よろしい。それでは、勉学に励みなさい」

 そうして、踵を返して行ってしまった。

 厳しいようでいて、面倒見のよい一面もあるらしい。

 シュカは席に着くと、教科書を広げたのだった。


   ***


「ハートフォード先生」

 後ろから、自分を呼ぶ声がする。

 ハートフォードが振り向くと、クレセントが佇んでいた。

「なにか御用でしょうか」

「いえ、今年の一年生は素晴らしいですね。特にリンドウ君にアッシュヴィルド君、教養科目でも群を抜いています」

「リンドウ君に関しては主席入学なのだから当然でしょう。アッシュヴィルド君も、幼少の頃から教育は受けてきている筈ですから」

「いやそうなのですがね。魔術概論のほうはいかがですか?」

「リンドウ君が自分を偽っているのが気になりますね。すでに高等魔術を身につけているにも関わらず、その片鱗を悟らせない。実践魔術のハミルトン先生もおっしゃっていました」

「なにか事情があるのですかねえ……」

 シュカ・リンドウの詳しい事情については、上層部の者にしか知らされていなかった。クレセントが知らなくて当然だろう。ハートフォードも、明らかにする気はなかった。

「ところでハートフォード先生、今晩呑みなんていかがですか?」

 きた。ハートフォードは頭を押さえたくなるのをこらえ、クレセントに向き直る。

「……急ぎの仕事がありますから」

「えーいつもそうおっしゃるじゃないですか。たまには親睦を深めましょうよ」

 クレセントが苦手な理由は、此処にある。なにせ外向的で、他人への興味が強いのだ。

 普段遠巻きにされることの多いハートフォードにも臆せず近づいてきて、頻繁に呑みに誘ってきた。

「またいずれ、ね」

「あ、云いましたね。約束ですよ!」

 チャイムが鳴る。次の授業の時間だった。

「それでは、楽しみにしていますね」

 クレセントは微笑みを浮かべて去っていった。

 はあ、頭が痛い――廊下で立ち尽くしていると、物陰からくすりと笑い声が聞こえる。

 ハートフォードは、また頭痛の種が増えたことを悟った。

「なんですか、ハミルトン先生」

「いえいえ、エドが憂鬱そうにしてるのが楽しくて、ついね」

「ハートフォードと呼びなさい。同期だからといってなれなれしく接しないでください」

「相変わらずお堅いんだから。そんなところも、クレセント先生の興味を引いちゃってるのかしら」

「はあ?」

「あら、気付いてないの? ふふ、おもしろいことになりそうね」

「意味のわからないことを云っていないで、早く授業準備に戻りなさい」

「はあい。あ、シュカ・リンドウちゃんの件なんだけど」

「どうかしましたか」

「本人は気付いていないみたいだけど、やっぱり常に幻術を使っていて疲労が溜まっているみたいなの。それでも魔力の出力が安定しているのは流石だけど、よく様子を見ておいてあげて」

 ハミルトンもまた、シュカ・リンドウの出自を知っている者のひとりだった。

 目立たぬよう男装をし、高い魔力の証である金色の目を隠しているのであろうが、やはり常に術を使用するというのは無理があるのだろう。

「君のほうからも伝えておいてくれ」

「わたしが知ってるのを知ったら警戒されちゃうかもしれないでしょ。そこはハートフォード先生からね、頼んだわよ」

「はあ……」

 云うだけ云って、かのじょは去っていった。

 まったく、昔から勝手な女である。

 さらなる頭痛の種を抱え、ハートフォードは図書館へと向かったのだった。


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