19 魔物討伐(1)
「ねえ、シュカ、魔物討伐に興味ない?」
昼休み、ユーリとディーが剣の稽古をするからと去って行くと、ノエルがやってきた。
ちなみに空き教室を利用して食事をしていたのだが、何故場処がわかったのだろうか――
「シュカと話したいなあと思って探してたらアッシュヴィルド君とナイツェン君とすれ違って。この教室を教えてもらったんだよね」
ノエルはこともなげに云ってのける。あのふたりとも仲がよいのだろうか。流石の社交性である。
「なるほど。それで、魔物討伐とは?」
シュカが話を戻すと、ノエルは物憂げに口を開いた。
「あのね、わたし、自分の毒属性はまだ受け入れられないけど、強くなりたいなって思ったんだ。冒険者ギルドに行けば魔物討伐の仕事を紹介してもらえるっていうでしょ。それで、興味をもって。危険も伴うから学院は非推奨を謳ってるけど、学院の生徒って隠して参加しているひとも多いらしいんだ。シュカが興味あるならついてきてもらえないかな」
その瞳は決意に満ちていて、危険だからと止めることもできなかった。
「――そうですね。快諾したいところではあるのですが、僕は攻撃系の魔術は授業で習った程度しか使えなくて。もうひとり攻撃要員がいるとありがたいです」
「むむむ、やっぱりそうだよねえ……駄目もとでルークに頼んでみようかな。でもそういう不正なことは嫌いそうだなあ。好きな言葉は騎士道、とか云うやつだから」
ルークという人物は、随分と高潔な人間なのだろう。けれど、シュカには勝算があった。
「一度僕にお話をさせてくださいませんか? 了承させることができるかもしれません」
「――え?」
僕の微笑みを前に、ノエルは首を傾げた。
午后の授業前、中庭で剣の鍛錬していたルーク・ヴェルフを捕まえることができた。何故魔術科の生徒が揃いも揃って剣の鍛錬をしているのか――疑問は割愛する。
彼は茶髪を短く刈り上げ、精悍な面立ちをしていた。如何にも騎士という風情だ。
「――というわけで、ノエルさんの成長のためにも、ヴェルフさんに是非魔物討伐についてきてほしいのです」
ノエルの事情を噛み砕いて説明すると、ルークは難しそうな顔をした。
「何故俺がついていかねばならない? 第一ノエル、学院生が冒険者ギルドの依頼を受けることは、簡単な採集の任務などしか許されていない」
ノエルに向かって説教を始めそうな勢いのルークに向かって、シュカは魔法の言葉を口にする。
「そんなことありませんよ。非推奨を謳われているだけで――実際、ユーリも魔物討伐に出ているようですし」
「なに? 殿下――ユーリ様が?」
釣れた――シュカは笑みを深める。
「ああ、これは内密の話なのでした。どうぞ、周りには内緒になさってくださいね。けれどそうやって鍛錬を積むところもユーリの美徳ですよね」
「そんな方法が――」
ルークは考え込む。思いのほか単純そうな人間で助かった。
まあ、彼の交流会でのユーリへの心酔ぶりを見れば、こうなることも容易に予想できたわけだが――
「――よし、わかった。俺もついていこう。ただし、討伐対象はC1からC3級までの中級下位に限る」
「えー! そんなの中等部の生徒にも倒せるじゃない!」
「お前の訓練なのだろう。――シュカ・リンドウはどうやらそれなりの実力を隠しているようだし、それ以上レベルを上げる必要はないだろう」
ルークは鋭い目で此方を見遣る。
実力を隠していることに気付かれていると思っていなかったシュカはしかし、笑みを崩さない。
単純と云ったのを訂正しよう。彼は、それなりの観察眼を有しているようだった。
「もう、それでいいよ。じゃあ、今度の土曜日、朝の九時に冒険者ギルド前集合ね!」
むくれていたノエルは、諦めたようだった。
「わかった。約束しよう」
そこで予鈴が鳴ったため、話し合いは御開となった。
土曜の九時、シュカが冒険者ギルドの建物の前に辿り着くと、すでにノエルとルーク、ふたりの姿があった。
ルークは、腰に剣を下げている。中級下位の魔物を相手にするとはいえ、一応それなりの装備をしていくようだった。
「お待たせしました、ノエル、ヴェルフさん」
「わあ、私服もいいね、シュカ」
「そちらこそ、お似合いです」
ノエルは制服とは違いパンツスタイルだったが、実際周囲からちらちらと視線を向けられるくらいにはスタイルのよさが際立っていた。
「行くぞ」
ルークはたいして会話をする気がないらしく、早速受付へと向かった。
受付では、それぞれの名前と緊急連絡先を記載するようだった。
緊急連絡先――シュカは困惑した。流石にセレン帝国の後見人の司祭の名を書くわけにもいかない。
となると、知人はユーリかディーのみだが、住所で学院の生徒とばれるのもよくないだろう。
そう危ないこともないだろうし、適当に捏造した人物の名と住所を記載することにした。
書類の記入が終わると、討伐対象の希望ランクが問われる。中級下位だったため、軽い魔力測定が行われた程度で、問題なく任務を受けることができた。
ちなみに、上級の任務となると話は別で、中級の討伐をある程度行った実績が必要らしい。きちんとシステム化されているようだった。
「学院生だってばれなくてよかったね。魔力量が多いと怪しまれちゃうかと思ったけど」
「僕は出力を調整しておきました」
「わあ、その手があったか。流石シュカ」
「さあ、ぐずぐずしてないで行くぞ」
シュカとノエルが雑談を交わしていると、ルークが先頭をきって歩いてゆく。
ノエルのための訓練だというのに、彼が先頭でよいものか。まあ攻撃要員のため順当と云えるだろう。
「まずはノエル、お前が前に出ろ。シールドである程度攻撃を防ぐところから始めよう」
ルークが指示を出す。適切と思えるため黙っていたら、「そんなのわかってるし」とノエルがそっぽを向いた。
幼馴染みと聞いていたが、仲が悪いのだろうか。シュカはどうフォローすべきか迷う。
これまで、放っておいても仲のよいふたり組しか見てこなかったため、困惑していた。
しかし、ノエルは勇んで森へ足を踏み入れていった。中級エリアに到着するまでには、採集エリアや初級エリアを通る。そのあたりの魔物はスライムなど此方から攻撃しなければ害のないものが多く、スルーして進むことにした。
いよいよ中級エリアに入ると、ノエルが緊張しているのがわかる。シュカと同じで、あまり魔物を相手にした経験がないのだろう。
「ノエル、後ろには僕たちが控えているので安心してください」
「リンドウ、あまり甘やかすな」
折角緊張を解す言葉をかけたのに、ルークが煽るようなことを云ってくる。正直やりにくかった。
「問題ないもん!」
ノエルもムキになって云い返している。これは逆に仲がよいと云えるのか――
と、C3級程度の中級の魔物が突如襲いかかってくる。火の魔術を駆使して攻撃してくるものだったが、ノエルは素早くシールドを展開し、防いでいた。
実際ノエルの闇系統の魔術によるシールドは、安定しているように見えた。
この分だと問題ないだろう。
たしか、ルークの魔術系統は火と風だと記入していた。火の魔物とは相性が悪いだろうとシュカがとどめを刺そうとすると、ルークがそれを制した。
「まだだ」
ルークは、まだ続けさせるらしい。不思議に思いシュカが見ていると、ノエルの足が縺れた。
「きゃっ」
其処へ敵の焰が襲いかかる。
ルークは即座に動いた。風に乗って瞬時にノエルの前へ出ると、剣を一閃して魔物を倒したのだった。
「大丈夫ですか?」
シュカが慌ててノエルのもとへ駈け寄る。かのじょは、足が震えて立てないようだった。
「闇系統の魔術師には、精神力が求められる。どんなに攻撃されても、攻撃し返すことはできないからな。シールドで防ぎ続けなければならない。お前に足りないのは、技術ではなく精神力だ」
剣を収めたルークが淡々と説明する。
闇系統の魔術には疎いシュカは、なるほどと納得した。たしかに、彼の云うとおりだろう。
後方支援に回りがちな闇系統の魔術師は、攻撃対象が動き回る限り、すべての攻撃を防ぎ続けねばならない。いつ終わるとも知れぬ恐怖と闘う精神力が必要となってくるのだろう。
「……口惜しい!」
ノエルはやっと立ち上がると、叫んだ。
「わたし、中級下位の魔物にも立ち向かえないの? 魔力量はあるほうだし、シールドの技術だって褒められるくらいなのに、こんなに弱いと思ってなかった……」
「授業と実践は違いますからね。そう気を落とすことはないと思います」
シュカがフォローするが、ノエルは口惜しい口惜しいと地面を蹴る。
「実践あるのみだな。次へ行こう」
一方で、一切フォローする気のないルークが歩き出す。
「シュカ! わたし、がんばるから!」
気を落としているかと思いきや、ノエルの瞳は闘志に燃えている。これなら、まだやれるだろう。
シュカは頷くと、ノエルと共に歩みだしたのだった。




