17 新たな知人
休日、寮室でシュカが読書を満喫していると、扉をノックする音が響いた。
大方ユーリかディーだろう――知り合いはそのふたりしかいなかった――と思いドアを開けたのだが、其処には思わぬ人物が立っていた。
「ノエル・アーレント、さん?」
「こんにちは、リンドウ君。少しいいかな?」
「ええ、構いませんが……」
ノエルは桃色の髪をポニーテエルにしている見目麗しい少女だ。魔術科のクラスのみならず、他学科でも人気があると聞いていた。
こんなところで話していて噂になっても厭だ。
「よろしければ中に入りますか?」
そう云ってから、やってしまった、と気づく。普段は男装しているのだ。女子生徒を部屋に招くのは、御法度というものだろう。
慌てて訂正しようとしていると、「そうさせてもらおうかな」とノエルは気にせず部屋に入ってきた。
「すみません、配慮が足らず……扉は開けておきますから」
「ううん、いいの。だってリンドウ君って――女の子じゃない?」
「――え?」
シュカは、その言葉に頭が真っ白になった。
なにかばれるようなへまをしてしまっただろうか――まさか、かのじょ以外にも男装がばれている?
「あ、急に驚かせちゃってごめんね。とりあえず、座ってもいい?」
「はい、どうぞ。そこのソファにお座りください」
そう促して、自分は簡易キッチンで湯を沸かす。落ち着く時間が必要だった。
横目でノエルの様子を見ると、興味深そうに部屋の中を見回している。
テーブルに置きっぱなしになっていた本を手に取っては、「わあ、難しそう……」などと云ってぱたりと閉じていた。
やがて紅茶が入ると、シュカはノエルの横に腰を下ろした――ソファはひとつしかないのだから、この配置になるのも仕様がない――
「それで、なにか御用でしたか?」
「うん。実は、リンドウ君と仲良くなりたいなあって思って。でもクラスではずっとアッシュヴィルド君とナイツェン君といっしょにいるでしょう? 話しかける隙間がないから、思い切って訪ねてきちゃったの」
「なるほど……ちなみに何故僕が女子生徒だと気付かれたのですか?」
シュカは直球に問いかけることにした。
「前に交流会で、怪我をしていたわたしに肩を貸してくれたことがあったでしょう? 男の子にしては華奢だったからもしかして、って思って。やっぱりそうだった?」
鎌をかけられたというわけか――まんまと嵌まってしまった自分がふがいない。幻術は、見た目はごまかせても、実際の感触などは変えられないのだ。
「なにか事情があるのかなって思ったからほかのひとたちには云ってないよ。ていうか、わたし友達少ないし」
ノエルは紅茶を飲みながら、さらっと云う。それにはシュカも驚いた。
「え、いつもご友人に囲まれているように見えますが」
「ほら、わたしって顔がいいでしょ? だからアクセサリーみたいに一緒にいるのがステータスになると思ってる子たちが寄ってくるだけなの。だからほんとうの友達は少なくて」
からっとすごいことを云ってのける。なるほど、かのじょもかのじょなりに苦労しているというわけだ。
「ねえ、シュカって呼んでもいい? わたしのことはノエルって呼んで」
「わかりました、ノエル」
「えへへ、うれしい。シュカはアッシュヴィルド君たちに囲まれても平然としてるから、見た目とか、身分とか、そういうものには興味ないんだろうなって考えてたの。だから仲良くなりたいって思ったんだ」
「そうですか、それは光栄です」
「ねえ、その喋り方どうにかならない? なんだか距離を感じるな」
以前のユーリと同じことを云われる。
「すみませんが、幼い頃からこの喋り方になれてしまっていて。いまさら変えるのが難しくて」
「そうなんだ。それはしょうがないね。シュカはいつも本を読んでるの? この本も難しそうで全然わからなかった」
テーブルの上の本を指して、ノエルが云う。
「そうですね。それしか趣味がないもので」
「へえ、すごいんだねぇ。わたし、勉強は好きなんだけど、自分の魔術が嫌いで。闇系統の魔術なんだけど、毒属性持ちだから、みんなに敬遠されるし、自分でも好きになれないんだ」
「そうなのですか? 何故魔術科に?」
「お家がそういう家系なの。魔術科に進学する以外は道がなかったんだあ」
ノエルも苦労しているらしい。
「わたしのことばかりぺらぺら喋っちゃってごめんね。シュカも話したいことがあったら話してね。勿論、話したくなかったら、話さなくていいんだよ」
男装をしていることといい、なにか事情があることを察しているのだろう。かのじょは容姿以外にも魅力的な性格をしているように思えた。
「ありがとうございます。ではお近づきの印に秘密をひとつだけお教えしますね」
シュカはシェルフからカードを取り出すと、ソファの前のテーブルに広げた。
「実は占いが得意なのですよ。なにか知りたいことはありますか?」
「わあ、すごい! でも知りたいことと云っても、すぐには出てこないな……あ、そうだ、ルークがわたしのことどう思ってるか教えて!」
「ルークさんですか、たしか、魔術科の」
クラスメイトだった筈だ。交流会の際、かのじょたちはパーティを組んでいた。知人なのだろうか。
「かしこまりました」
シュカは円状に広げたカードを一枚ずつ捲っていく。
「なるほど、貴方がたは幼馴染みなのですね」
「すごい、そんなことまでわかるんだ!」
「近しい関係性であることが示唆されています。親戚など、血縁関係にあるのでは?」
「そうそう、遠縁だけど、親戚なの」
「ルークさんは、貴方のことを守りたい対象だと思っているようですね」
「ふうん、そっかあ」
それまで目を輝かせていたノエルは、途端に難しい顔になった。
「お気に召しませんでしたか?」
「ううん、そんなことないの。ただ、やっぱりかあって思っただけ。……ルークとは親戚で、幼馴染みでもあるんだけど、ルークの家は代々王家の騎士の家系でね。魔術科に進学したのも、アッシュヴィルド君の護衛になるためだったの。でも、ナイツェン君がいて、予定が狂ったみたいで。本人は絶対弱音は口にしないけど、口惜しい筈なんだ」
そこで、ノエルはカップを手に取る。紅茶をひとくち飲むと、話を続けた。
「わたしは、ちいさいころからルークが努力してたのを知ってるからさ、なんでも云ってほしいわけ。口惜しいとか、そういうことをさ。でもわたしは魔術に関してはそんなに能力が高くないから、対等に見られてなくて――相談相手くらいにはなりたいんだけど、なかなかそうはなれないみたい」
悲しげな表情で、ノエルは笑う。
「交流会のときも足を引っ張っちゃったし。だめだなあ、わたしって」
そんなことはない――そう云うのは簡単だったが、上っ面の言葉に意味はないだろう。
シュカは黙ってカードを片付けた。こういうときに、ディーのコミュニケーション能力が羨ましくなる。なにか軽口でも叩いて、元気づけられたらよいのだが――そうだ、ディー。
そこで、ひらめく。ディーは毒属性持ちで、彼自身、相当毒に精通しているようだった。なにか役に立てないだろうか。
「ノエル、毒属性を磨く気はありませんか?」
「え?」
「ディーは同じ闇系統の魔術を使うのですよ。しかも、毒属性持ちで、本人かなり毒に造詣が深いみたいです。話してみたら、なにか得るものがあるのでは」
提案してみたが、ノエルの表情は晴れない。
「ありがと。でも、わたし自身、まだ毒属性持ちであることを受け入れられなくて……強くなりたいのに、こんなんじゃ駄目だよね。情けない……」
かのじょの感情は根深いようだった。
「ごめんね、結局またわたしの話になっちゃった。シュカは優しいね」
「優しい? ……なにかの間違いでは?」
思いもよらぬ言葉に、シュカは動揺して真顔になってしまった。
「優しいよ。こうやって話を聞いてくれてさ、余計なひとことは云わないように気遣ってくれてるのがわかるし。もっとシュカと仲良くなりたいな。ね、また遊びに来てもいい?」
「それは、構いませんが……」
「やったあ。これからよろしくね」
ノエルは長居をするのも悪いからと、席を立った。




