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16 姉妹(3)

 日曜日の午后一時、約束どおり、王家の馬車がシュカたちを迎えにきた。

 目立たぬよう裏門に止めてもらったが、それでも人目は引いた。

 シュカは云われたとおり制服を纏っている。やってきたユーリとディーも制服だったため、問題ないだろう。

 そうして、馬車は出発した。

「緊張しているのかい?」

 ユーリが問うてくる。

「当然でしょう。他国にも噂が轟く御方ですよ。たいそう優秀だそうで」

「ああ、そうなんだ。私も未だに向き合うときは緊張するよ」

 宛てにしていたユーリまでアレクシアと向き合うときは緊張するようで、シュカは困惑した。嘘だろう、嘘だと云ってほしかった。

 姉弟仲は悪くないと聞いていたが、よくもないのだろうか――

 シュカの不安を他所に、馬車は進んでいく。

 まあなるようにしかならない。腹を括ることにした。


 王宮に着くと、まず通されたのは客室――ではなく更衣室だった。

「リンドウ様のお世話を担当させていただきます、レイラと申します。お見知りおきください」

「……よろしくお願いします」

 どうしてこうなった。

 お茶会にドレスコードはなかったのではなかったのか――いや、ユーリは、制服で来てよいと云っただけだ。ドレスコードを指定してはこなかった。つまりは、王宮で着替えるということだったのか――

「リンドウ様は此方の色などお似合いになりそうですね」

 そういって選ばれたのは、紫のドレスだった。

 たしかに好きな系統の色ではある。あるがしかし、そこまで肩が露出しているのはいかがなものか――

「もうすこし露出の少ないものをお願いします」

「リンドウ様はセレン帝国のご出身でしたね。それでしたら此方のデザインなど如何でしょう」

 出てきたのは、先ほどよりは布面積の大きい、深い紫色のドレスだった。もうそれでよい。

 シュカは諦めて袖を通した。

「クールな雰囲気も相俟って大変お似合いです。コルセットを締めさせていただきますね」

 そもそもドレス装に慣れていないシュカは、コルセットの締め付けに顔色を悪くした。

 けれど、そんなことおかまいなしに締め付けられるのが、貴族というものだ。

 お茶は入るだろうか。不安になるシュカであった。

 眼鏡を取り払われメイクを施されると、普段男装しているのが嘘のように女性に見えた。

 更衣室を出ると、濃紺のスーツを身に纏うユーリがいた。ディーは護衛の正装だろうか――こちらも、かっちりとした服を着ている。

「シュカ、似合っているぞ」

「シュカ君かわいいねー」

「おふたりも、大変お似合いです」

 ふたりが礼儀として褒めてくるものだから、シュカも称讃を送る。貴族の慣習というものは面倒なものなのだ。

「お手をどうぞ」

 ユーリが腕を差し出してくる。非公式とはいえ正式な場であるから、エスコートは受けるべきだろう。シュカはそっとユーリの腕に手を沿わせた。

「わあ、王子様みたい」

「王子だ、一応」

「一応なんですね」

 ふたり揃うとまったく緊張感がなくなる。

 シュカは肩の力が抜けるのを感じた。

 執事に案内されたのは、薔薇の咲き誇る温室だった。

 そこには、すでにアレクシアの姿があった。淡水色の髪を結い上げ、鮮やかな碧色のドレスを身に纏っている。

「ようこそおいでくださいました」

 完璧な礼をもって、出迎えられる。

 此方も礼を返すと、椅子が引かれた。着席したところで、かのじょと目が合う。

 高潔な光を灯す金色の瞳が、此方を射貫いていた。

「リーシュカ・ロマノフスキー様、急にお呼び立てして申し訳ございません。お越しいただけてうれしく存じます」

「こちらこそ、ご招待に預かり大変光栄でございます。私のことはどうかシュカとお呼びください。リーシュカ・ロマノフスキーは棄てた名です」

「承知いたしました。わたくしのこともアレクシアと」

「ありがたく存じます、アレクシア様」

 存外話のわかるひとのようだった。

「堅苦しいー」

 そのとき、ユーリの後ろにつくディーが、小声で呟いた。

 ちょうど会話の切れ目だったため、その声はみなの耳に届いたところだろう。

 不敬であるが、アレクシアは寛大らしく――もしくはそんなディーの態度に慣れているのか――咎めることはしなかった。

 執事がみなに紅茶を配る。ティースタンドも配置され、本格的なお茶会のていをとるようだった。

 シュカは内心ため息をつく。只でさえコルセットの締め付けがきついのだ。これを完食するのは至難の業だった。せめて、アレクシアに合わせて手をつけることにしよう。

 アレクシアが紅茶を口にしたため、シュカもそれに倣いカップをとる。ユーリも同じように振る舞っていた。

「シュカ様には、日頃の御礼を申し上げようと思いお呼びいたしました。ユリウスともエリーゼとも仲良くしていただいているようで――感謝申し上げます」

「とんでもございません」

「成績も優秀でいらっしゃるようですね。高等魔術の幻術もお使いになられるとか」

「……ええ、まあ」

 ユーリやエリーゼには内密にと云っておいたが、やはり何処からか漏れたのだろう。かのじょの調査能力を侮っていたわけではないが、もうすこし警戒しておくべきであった。

「素敵なご友人ができてよかったですね、ユリウス」

「ええ、姉上。シュカは得難い友人です」

「そうですか。ところで、シュカ様、卒業後はどうなさるおつもりですの? やはりセレン帝国にお戻りになられるのでしょうか」

 きた――やはりシュカの動向を探ることが目的なのだろう。

「――お恥ずかしながら、将来のことはまだ考えておりません。教会の司祭様に、ひとまず見聞を広げるようにと送り出されたものですから」

「そうなのですね。シュカ様は優秀ですから、方々からお声がかかりそうですね」

「そんなことは……」

「大学まで進学するのであれば、うちの宮廷魔術師からも声がかかるかもしれません」

「――ローレヒ王国では、外国出身の者も国家の職員として受け入れておられるのですか?」

「うちは能力主義をとっておりますから。出自や思想、経歴に問題がなければ、いくらでも就職口はありますよ」

 出自、経歴ともに複雑なシュカにとって難易度が高い話である。それでもその話をするということは、なにかしらの意図があるのだろうか。

 かのじょは微笑みを浮かべるのみで、その心情を推し量ることはできない。

「そうなのですね。先進的な国とは伺っておりましたが、素晴らしい制度ですね」

 とりあえずは褒めるに限る。貴族の会話の基本だ。

「ありがとうございます。陛下の改革の賜物ですわ」

「アレクシア様も内政に関わっていらっしゃるとか。たいそう優秀であらせられるのですね」

「わたくしなどまだまだです。みなに助けられてばかりですから」

 この表面上の会話はいつまで続くのだろう。ユーリに目配せを送ると、彼は自信満々に頷いた。なにか策があるのだろうか――

「ところで姉上、学院生活は非常に楽しいものですね。姉上の学生時代はどんなふうだったのですか?」

 ユーリが話の方向転換にかかる。

「そうですね。勉強の日々でしたよ。高等部で高等魔術を使えるようになることが目標でしたから。ユーリ、貴方、剣技ばかり磨いていないで魔術の勉強はしているのかしら?」

 しかし、姉といういきものは一枚上手だった。

「あー……まあ、ほどほどにがんばっております」

「貴方も王族の名に恥じぬよう、魔術の勉強に力を入れるのですよ。なにやらおいたもしているようですが――ディードリヒ、ユリウスのことは頼みましたからね」

 ふたりが密かに魔物討伐に出ていることまでばれているのだろう。

 ディーは冷や汗をかきながら、「勿論でございます」と頭を下げていた。

 こうしてアレクシア主導によるお茶会は幕を閉じた。

 少なくとも、シュカに害がないことは伝わっただろう。心労は酷かったが、それだけで収穫はあったというものだ。

 ドレスは差し上げますと云われたが、丁重に断り、制服に着替えた三人は帰路についた。

「いやー肩が凝った凝った。相変わらず怖いひとだよね、アレクシア様。なんでも見抜いてるんだもん」

 馬車のなかで、疲れ切った三人は暫く無言だったが、ディーが口火を切る。

「そうだな。姉上にかかればなんでもお見通しというわけだ」

「心労が酷いです。おそろしく優秀な方ですね。いずれ外交も担うことになるでしょう」

「シュカ、無理を云ってすまなかったな」

「いいえ、身の潔白を証明できたならよかったです」

「そんなこと……! いや、姉上もやはり、そこが気がかりだったのだろうか……不快な思いをさせてすまない」

「僕が同じ立場だったら同じように警戒したでしょうから、気にしていませんよ」

「あーやだやだ。貴族ってなんでこう大変なんだろうねえ」

「ほんとうに。窮屈だ。早く王籍離脱したいな」

 そこで、御者から声がかかる。

「ユリウス様、到着いたしました」

「ご苦労様」

 馬車は、行きと同じように裏門に止まっていた。しかし、そこからが問題だった。

 何故か裏門に人影が多かったのだ。ユーリが王宮に向かったという情報を得て、帰りを待っていたのかもしれない。彼の姿をひと目見ようとする中等部や、他学科の女子生徒が大半だった。

 ユーリが馬車を降りると、「ユリウス様!」と声が上がる。

 シュカも続いて馬車を降りるが、ユーリは明らかに辟易としているようだった。

「まあ、あのおうつくしい御方はどなた?」

 遠巻きに見つめる生徒たちのなかから声が上がる。

 ――うつくしい? 

 シュカがあたりを見回していると、ユーリが疲れた声でああ、と呟いた。

「シュカのことじゃないか?」

「――え?」

 シュカは困惑する。そういえば、いまはメイクを施されているし、前髪もセットされている。目の色も擬態していない。

 しまった――そう思ったときにはすでに遅く、あたりはざわめきに包まれていた。

「シュカ・リンドウ様では? 最近殿下と仲がよろしいという」

「まあ、地味な御方かと思っていたら、あんなにうつくしいお顔を隠していらっしゃったのね」

「あーあ、シュカ君、やっちゃったね」

 ディーがぽんと、肩に手を置く。

 シュカは俯いたが、もう遅かった。

 この国では、男性もメイクをする。ユーリもしていたから、せめて女だとばれていなそうなことだけが救いだった。


 女子たちの噂が広がるのは早い。 

 その後、ユーリ、ディーに続き、シュカのファンクラブができたとか。


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