13 リーシュカ・ロマノフスキー(2)
母は、やさしく、賢いひとだった。
東国の高位貴族で、妖しの力を持つと評判だったことから、セレン帝国の皇帝に目をつけられ、第6皇妃として迎え入れられることとなった。
母の占いはシュカのものなどよりよほど正確で、しかし、母はそれを皇帝の前で披露することはなかった。賢すぎる母は、皇帝が占いに傾倒することを恐れたのだ。それゆえ不況を買った母は、離宮へと追いやられることとなった。
シュカは、そこで生まれた。母は、シュカのことをたいそう慈しんでくれた。だから、愛を知らないわけではない。けれど、使用人たちはそうではなかった。離宮へと追いやられた王妃になど、利用価値はない。彼らの反応は冷たいものだった。
そのなかでも、ひとりのメイド――ソフィアだけは、やさしかった。母の占いに助けられたことがあったという。ソフィアがいたからこそ、あの地で生き残れたと云っても過言ではない。
母とソフィアは、シュカに生きる術を教えてくれた。魔術、料理、言語――それらはすべて、かのじょたちによって与えられた。特に母は強い魔力を持っており、シュカに幻術を学ぶことを勧めた。それはきっと、生きるために役立つ――かのじょはそう考えたのだった。
ある日、ソフィアが子を授かった。母とシュカはたいそう喜び、ソフィアに休暇を取らせた。それが、悪夢のはじまりだった。
使用人たちは、防波堤になっていたソフィアがいなくなると、たちどころに陰湿ないじめを行ってきた。食事が何日も出ないことさえあった。
シュカは街へ下り、食材を入手すると、母とともに料理をして、それを食べた。
母はそのころ、原因不明の病気に悩まされていた。日に日に弱る母を、シュカは必死に支えた。使用人たちも流石に可哀想に思ったのか、食事を与えてくれるようになった。
しかし、それがいけなかった。
あとになってわかったことだが、その食事には毒が盛られていたのだ。皇帝の命だったのかはわからない。けれど、母はだれかにとっての邪魔者だったのだろう。
シュカがそれに気付かなかったばかりに――母は、そうして命を散らしたのだった――
シュカが十四歳になった冬のことだった。
曇天の冬空の下、母の葬式は密やかに行われた。皇帝さえ現れることなく――参列者は、シュカとソフィアのみだった。
ソフィアは泣いた。わたくしがいれば、このようなことにはならなかったのに――悔やんで、いまにも死んでしまいそうな顔をしていた。
その日の晩、ソフィアは自死したという。
なにもかも、うしなってしまった。
涙さえ流れなかった。自分は、つめたい人間なのだろうか――
これからどうなるのだろう。適当な貴族か国に嫁がされて、自分もまた、母のような運命を辿るのだろう。そう思っても、なんの感慨もわかなかった。
抜け殻のように過ごしていたある日、一通の手紙が届いた。葬式を執り行ってくれた司祭からのものだった。
貴方様には才能がある。教会へきて、司祭見習いにならないか――そこには、そんなふうに書かれていた。
聖職者になるということは、皇籍を離脱するということだ。皇籍なぞに、なんの未練もない。それもよいかもしれない。
シュカはペンを執った。
皇籍離脱は、あっさり許可された。なんらかの裏取引が行われていたのかもしれないが、シュカの知るところではなかった。
そうして、新たな日々がはじまった。
司祭は厳しくも慈悲深いひとだった。
シュカの才能を見抜くと、光の魔術に磨きをかけられるよう修行も行ってくれた。
シュカは、云われるがままに司祭見習いの仕事をこなした。
はじめは、元皇族ということで遠巻きにされていたが、やがて遠慮なく話しかけてくれるひとも現れた。
離宮に閉じ込められていた日々に比べると、驚くほど平和だった。
シュカが十五になった冬、司祭の部屋に呼び出された。用事があるという。
そこで告げられたのは、隣国、ローレヒ王国の中央学院に通わないかという提案だった。
春に試験が行われるのだが、シュカなら簡単にパスできるだろう。一度国を離れて見聞を広めてみるのもよいのではないか。
司祭はそう云って、シュカをじっと見つめた。
ああ、シュカなりに努力してきたつもりだったが、お荷物だったのだろうか。皇帝からなんらかの圧がかかっている可能性もある。
シュカに、断るという選択肢はなかった。
春になると、シュカは王立学院高等部魔術科の試験を受けた。当然合格し、秋から学院に通うことになったというわけだ。
司祭は後見人となってくれるという。お荷物のシュカに、何処までもやさしいひとだった。
こうしてシュカは、ローレヒ王国へやってきた。トランクケース一個分だけの私物を持って。
華々しい水の都と聞いていたが、馬車から見えるその光景は、どこか色褪せて見えた。
学院では、平穏に過ごそう。念には念を入れて、男装をして過ごすのもよいかもしれない。高い魔力を誇る証の金色の目は隠して――
母が死んだあの日から、シュカの心が動くことはなかった。きっと、学院生活もそうやって過ぎてゆくに違いない。
なににも心を動かさず、感動することもなく、そうやって、一生を終えるのだ。
生きている意味なんて、あるのだろうか――ぼんやりと、シュカは考える。
けれど、母がつないでくれた命だ。みずから散らすのは、親不孝というものだろう。
淡々と、この灰色の世界を生きてゆこう。
馬車は進んでいく。シュカの心を置いてきぼりにしたままで――




