12 リーシュカ・ロマノフスキー(1)
ユーリは、最近浮かれていた。
高等部に入ってから新たな友人ができたのだ。
シュカ・リンドウといって、自分を王族扱いしてこない。それどころか若干邪険にされている節があり、そんなところも新鮮だった。
シュカは、学院の覆面占い師として名を馳せる人物であり、普段は平穏な生活を送ることを願う一般組の生徒であった。訳あって男装をしているらしいのだが、踏み込んだことは聞いていない。
そんなシュカを邸宅に招いてしまったことから、すべてがはじまった――
「姉上から手紙? 珍しいな」
とある休日に届いたのは、一通の手紙だった。
裏面を確認すると、姉――王位第一継承者アレクシアの印章が刻まれている。
「厭な気配がするな。ディー代わりに読んでくれないか」
ユーリは、ユーリの部屋のソファに転がっていたディーに、手紙を差し出す。
「えーそんな不敬なことできるわけないでしょ。さ、読んだ読んだ」
しっしっと手を振り返され、ユーリは渋々手紙を開封する。
一行目は他人行儀な挨拶が綴られており、如何にも厳格な姉らしい。そして本題には――
「――これは、」
ユーリは目を見開いた。
***
休日の昼過ぎ、シュカは図書館で探しものをしていた。収穫祭の休暇中、ローレヒ王国の文化に触れ、もっとこの国について知りたいと思ったのだ。勿論、基礎的な知識はもっている。
男女同権を掲げる先進的な国であり、学院も位置する首都は水の都として名高い。
当然農業も盛んで、ギルドも活発であり、魔道具などにおいても革新的な発明が多くなされていた。
王立学院も世界有数のエリート養成機関であり、各国からの留学生も多い。シュカもそのひとりであった。
『ローレヒ王国の社会と文化的発展』――この本がよさそうだろうか。手に取ったところで、後ろからついと袖を引かれた。
「――シュカ、少しいいかい?」
そこには、珍しく息を切らせたユーリが立っていた。
「この本を借りてからでもよいですか?」
「あ、ああ――すまない。それで構わないよ」
ユーリの視線がせわしなく動いている。落ち着かないようで、いつもの彼らしくない。
本をカウンターへ持っていくあいだも会話をする様子はなく、無言でついてくるだけだった。
図書館を出ると、シュカが口火を切る。
「さて、それで、なんのお話でしょうか?」
「それが――此処ではちょっと……私の部屋に来てもらってもよいかい? ああ、勿論ディーもいるから安心してくれ」
「わかりました」
ユーリは早足で寮のほうへと向かってゆく。追いつくのに一苦労だった。
「おかえりー」
ユーリの部屋には、宣言どおりディーの姿もあった。
「お邪魔します。ユーリはいったいどうしたのですか?」
「それが、オレにもわからなくて。お姉さんからの手紙を読んだら飛び出していっちゃったんだよね」
「そこのソファに座ってくれ。いまお茶を――」
「お茶は結構ですから。――なにがそんなに、貴方を焦らせているのですか?」
シュカが意図的にゆっくりと喋ると、ユーリは若干の落ち着きを取り戻す。
「ああ、そうだな。――先ほど、姉上から手紙が届いたんだ。それで――シュカ、すまない!」
ユーリは突然頭を下げた。
シュカとしては状況をなにも把握していなかでそんなことをされても、意味がわからない。
「――頭を上げてください。一から説明していただかないとわかりません。まずは座りませんか?」
「そうだよ、ユーリ君。ちょっと落ち着こうか」
ディーが席を立つと、簡易キッチンで湯を沸かしはじめる。
ユーリはソファに座ると両手を組んで項垂れている。
ほんとうに珍しい。
やがてディーが紅茶を運んできた。
「ほら、これでも飲んでさ。ひと息つこうか」
「……ありがとう」
ユーリはカップを手に取ると、一口紅茶を口にする。
それで、だいぶ落ち着きを取り戻したようだった。
「取り乱してすまない」
シュカも紅茶を飲むと、カップをソーサーに戻す。
「それで、改めて何があったのですか?」
ユーリは暫く沈黙すると、おもむろに口を開いた。
「――姉上が、シュカの素性を調べたらしくて……君の秘密を、知ってしまった」
シュカは頭が真っ白になる――しかしそれと同時に、その可能性が頭の片隅に浮かんでいたのを否定できはしなかった。
ユーリの“友人”として邸宅に招かれたときから――もっと云えば、ユーリの“友人”になったときから、こうなる運命にあったのかもしれない。
「……そうですか」
シュカは静かに頷いた。思いのほか、動揺は少なかった。
「……怒らないのか?」
「――何故? ユーリが探ったわけではないでしょう」
「けれど、約束を破ってしまった……ほんとうにすまない」
「まあ、起きてしまったものは仕方がないですよ。お姉様も、心配だったのでしょう。なにせ、ユーリの前に突然現れた怪しい人物に違いありませんから」
「違う! シュカは友人だ!」
「まあまあ、落ち着いて。シュカ君だって動揺しているわけだからさ」
ユーリはいつもの無表情が嘘のように、悲痛な表情で此方を見ていた。
「これが手紙だ。読んでくれないか?」
そうして差し出してきたのは、一通の手紙だった。
「……それは流石に……よろしいのですか?」
「ああ」
シュカは渋々手紙を手に取ると、文面に目を通しはじめた。
手紙には、流麗な文字でこう書かれていた。
シュカ・リンドウのほんとうの名はリーシュカ・ロマノフスキーと云い、セレン帝国の第十三の姫であること。母が皇帝の不況を買い、離宮に追いやられていたこと。母の死をきっかけに皇籍離脱し、教会に身を寄せ、司祭になるべく勉学に励んでいたこと。そうして、司祭のアドバイスで、此処ローレヒ王国王立学院へ留学するに至ったこと――
「ふむ、正確な調査ですね。間違いありませんよ」
「どうしてそう落ち着いていられるんだ」
「まあ、貴方の“友人”になった時点で、こうなる可能性はありましたから」
「……私に考えが足りなかったということだな、すまない」
「いまさら後悔しても仕方のないことですね。ちなみにこれ、ディーに読ませても問題ありませんか?」
「え、いいの?」
「説明が面倒なので読んでいただいたほうが早いかと」
「――ああ、構わないよ」
そして手紙はディーのもとへ渡った。
「へえ! シュカ君はお姫様だったわけだ!」
「元、ですけどね。いまは皇籍離脱しているので一般庶民です」
「よく許してもらえたね。どっかの国に適当に嫁がされてもおかしくない状況だっただろうに」
「そうなのですよね。権威のある司祭様が口添えをしてくださって。ありがたい限りです」
「ディー、何故そんなにすんなり受け入れられるんだ……」
「なにせ王子様の護衛だからねえ。ひとりくらい高貴なひとが増えたくらいじゃ驚かないよ。それにシュカ君、所作に品があるから、何処かのお貴族様かな、くらいには思ってたし」
「気づいていなかったのは私だけだったというわけか……」
ディーの話を聞き、ユーリがさらに落ち込む。
「ほんとうにすまなかった……」
その様子を見て、シュカは口を開く。
「あの、そろそろこの話はやめにしませんか。いつまでも落ち込まれていてもこちらも対応に困りますし。すべてお姉様のせいなのですから気にすることはありませんよ」
「そうそう、知っちゃったものはしょうがないし、前を向こうよ、ユーリ君」
ユーリはのろのろと顔を上げる。
「そうだな。いつまでも謝られていても迷惑なだけだよな。これで終わりにする。――シュカ、あらためて、これからも私と友人でいてくれるかい?」
ユーリの菫色の瞳がじっと此方を見てくる。
「そうですね。ここまで巻き込まれておいていまさら友人じゃないとは云えないかと。これからもほどほどによろしくお願いします」
「――! ありがとう!」
「一件落着だね」
ディーがぱちぱちと拍手をする。
「だから何故君はそんなに楽観的なんだ……」
ユーリがそんなディーを横目に睨んだのだった。




