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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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第97話 七人、ひとつ

八月二十九日(土) 午後八時三十分




暗転が——解けた。


照明が——一斉に灯った。




歓声が——ホール全体を、揺らした。




「アンコール——!」


「アンコール——!」




一万六千人の——声が、まだ続いていた。




七人が——ステージへ、姿を現した。




暗転していたステージに、白い光が一本落ちた。


その光の中へ——七人が、ゆっくりと歩み出る。




客席が、一瞬だけ静まった。


そして。




「わあ……」




誰かの小さな声が漏れた。




アンコール衣装だった。




白。




七人全員が、同じ白をまとっていた。


本編までの鮮やかな衣装とは違う。


余計な装飾を削ぎ落とした、透き通るような白。




ステージの照明を受けるたび、布地が柔らかく光を返していた。


シルエットも素材も、七人すべて同じ。


離れて見れば、一つの衣装のようだった。




だが、近くで見れば違う。




苺の胸元には、深いボルドーレッド。


空のリボンには、水色。


向日葵の裾には、黄色。


若葉の袖口には、柔らかな緑。


杏の腰元には、温かなオレンジ。


莉恋の髪飾りには、淡いラベンダーパープル。




そして。




桃霞の胸元には、優しい桃色が小さく息づいていた。




どれも主張しすぎない。


白の中へ自然に溶け込みながら、それでも確かにそれぞれの色だった。




さくらが思わず息を呑んだ。




「……きれい」




健一も、静かに見つめたまま呟く。




「七人になったんだな」




誰に聞かせるでもない、一人言だった。




莉恋は、自分の袖へ視線を落とした。




ラベンダーパープル。




横浜アリーナの時は、まだどこか借り物のように感じていた色。




だが、今は違う。


白の中に溶け込みながら。




七色の一つとして、そこにあった。


もう自分だけ、浮いてはいなかった。




自然に隣の桃霞を見る。


桃霞もまた、同じ白をまとっていた。


胸元に咲く桃色は、まるで最初からそこにあった色のように見えた。




七人目。




その言葉を、もう誰も口にしない。


七人は、ただ七人だった。




苺が横を見た。




空。


向日葵。


若葉。


杏。


莉恋。


そして、桃霞。




七人が横一列に並ぶ。


誰一人、欠けていない。




(——ここまで来た)




胸の奥で、小さく呟いた。




桃霞も自分の衣装を、一瞬だけ見下ろした。




白。


胸元の桃色。




七人と同じ形。


七人と同じ布。


七人と同じ光。




確かに自分も、その中にいた。




だが——。


その顔は、笑っていなかった。




さらに——大きな歓声が湧いた。


七色の——ペンライトが激しく揺れた。




苺が——マイクを握った。




「みなさん——ありがとう!」




声を——張った。




「アンコール——応えます!」




イントロが——始まった。




「明日もユメイロ」。




ファンへの——感謝を、歌う曲だった。


七人が——それぞれ、客席へ向かって叫んだ。




「ありがとう——!」




杏が——大きく手を振った。




「今日、来てくれて——ありがとう!」




向日葵が——満面の笑みで叫んだ。


空が——静かに頭を下げた。


莉恋が——両手を振りながら、声を張った。


若葉も——いつもより大きな声で、呼びかけた。




桃霞も——マイクを口元へ寄せた。




「ありがとう——ございました」




言葉は——ちゃんと出た。


声も——通っていた。




だが——笑えなかった。




口角を——上げようとした。


だが——上がりきらなかった。




顔の——筋肉が思うように、動かなかった。


まるで——別の体を、動かしているようだった。




---




客席で——それに気づく者は、少なかった。




「桃霞ちゃん——今日は、真剣だな」




そんな——印象を持つ程度だった。


異変は——まだ、観客にはバレていなかった。




---




だが——メンバーは違った。




莉恋は——歌いながら視線の端で、桃霞を捉えていた。




(やっぱり——戻ってない)




胸の——奥が、締め付けられた。




さっき控室で聞いた——桃霞の問い。




「私、笑っていませんか」




その——言葉が、まだ、耳の奥に、残っていた。




---




苺も——同じことを、感じていた。


歌いながら——横目で、桃霞を確認していた。




言葉は——出ている。


体は——動いている。


だが——魂が、そこにないような。




そんな——違和感が、消えなかった。




---




空も、向日葵も、若葉も、杏も。




それぞれの——歌声の裏で。


同じ不安を——抱えていた。




---




曲が——終わった。


拍手が——鳴り響いた。




客席は——何も、疑っていなかった。




「桃霞ちゃん、今日も——最高だった!」




そんな——声が、あちこちで、上がっていた。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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