第92話 プロデューサーの罪
八月二十九日(土) 午後七時五十二分
照明が——落ちた。
BGMは——止まらなかった。
演出の——切れ目に、紛れるタイミングだった。
---
暗がりの——中。
ステージ——脇から黒服の——スタッフが、数人飛び出した。
動きは——速く、無駄がなかった。
客席から——見れば。
「演出——スタッフが、片付けている」
そう——見えるだけだった。
だが——その実態は。
救護班と——警備員だった。
---
神崎の——両脇を、二人の——スタッフが抱えた。
鎖骨が——折れている。
自力では——一歩も、動けなかった。
呻き声を——上げる間もなく、体が持ち上げられた。
そのまま——袖へ、運ばれていった。
---
高瀬も——同じだった。
腕が——だらりと、垂れたまま。
肩を——貸されるようにして、両脇を支えられた。
足だけは——かろうじて、動かしていた。
だが——それも、支えがあってこそだった。
---
黒田は——完全に、意識を失っていた。
担架が——素早く、差し込まれた。
四人がかりで——持ち上げられ、袖へ消えていった。
---
真壁は——折れた手首を庇いながら。
もう一方の——腕を、スタッフの肩に回された。
引きずられるように——退場していった。
---
篠原は——呼吸が整わないまま。
肋骨の——痛みに顔を歪めながら。
二人の——スタッフに、ほとんど抱えられる形で運ばれた。
---
南部だけが——違った。
咳き込みながらも——自力で、立ち上がろうとしていた。
膝に——手をつき、一度崩れかけた。
それでも——もう一度、力を込めた。
「……大丈夫——だ」
小さく——呟いた。
スタッフの——手を、半ば振り払うように。
自分の——足で、袖へ歩いていった。
咳が——止まらなかった。
胸を——押さえながら。
それでも——最後まで立ったまま、歩き切った。
---
客席から——見えたのは、それだけだった。
暗がりの中、——数人のスタッフが、手際よく動いている光景。
拍手が——湧いた。
「演出、丁寧だな」
誰かが——そう呟いた。
誰も——疑わなかった。
――
一週間前。
大阪城ホール——搬入口。
準備を——進めるスタッフたちの間を、九条冴子が歩いていた。
医療スタッフの——リーダーへ、声をかけた。
「救護班は——通常の二倍」
短く——指示した。
医療スタッフの——リーダーが、少し驚いた顔をした。
「熱中症——対策ですか。八月ですし——一万六千人規模なので」
納得したように——頷いた。
九条は——それに、何も否定しなかった。
「そう考えて——もらって、構わないわ」
短く——答えた。
医療スタッフは——それ以上、深く聞かなかった。
念には——念をという、プロデューサーの配慮だと、受け取った。
「わかりました。増員——手配します」
九条は——その場を去った。
背中に——何も感じさせない、いつもの無表情だった。
だが——その頭の中では。
すでに——今日起きる、すべてを計算していた。
(六人——同時に負傷する)
(自力では——動けない)
(それを——観客に悟られずに、退場させる)
必要な——人数。
必要な——動線。
必要な——タイミング。
すべてを——事前に、組み立てていた。
九条は——搬入口を出る直前。
一瞬だけ——足を止めた。
(これは——賭けだ)
(成功すれば——真凪が生まれる)
(失敗すれば——)
その先は——考えないように、していた。
---
現在。
袖の——バックヤード。
運び込まれた——五人と——自力で歩いてきた——南部。
六人が——それぞれ、簡易ベッドに寝かされていった。
医療スタッフが——すぐさま、処置に取り掛かった。
「鎖骨——完全骨折です、救急搬送」
「肩——脱臼、整復が、必要」
「頭部——打撲、意識レベル、確認中」
「手首——骨折、固定します」
「肋骨——骨折の疑い、レントゲン、必要」
「胸部——打撲、呼吸状態、確認中」
九条は——バックヤードの、入り口に立っていた。
その——光景を見ていた。
一人ずつ——処置される六人の男たち。
呻き声。
医療用語の——応酬。
すべてが——九条の、計画の結果だった。
(想定——していた)
(怪我人が——出ることは)
(覚悟の上——だった)
だが——目の前の現実は。
想定と——覚悟の間にある何かを、九条の中に残していった。
「救急車——二台、要請済みです」
医療スタッフの——一人が報告した。
九条は——短く頷いた。
「お願い」
---
ステージからは——音楽が、まだ聞こえていた。
七人の——声が、重なっていた。
だが——その中の一つが、まだ——戻っていないことを。
九条は——インカム越しに、感じ取っていた。
つづく…
▼登場人物のイラストをpixivで公開中
https://www.pixiv.net/artworks/144793121




