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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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第91話 歓声の裏側

一瞬の——出来事だった。




だが——客席の目には、確かに映っていた。


一人の——桃霞が、まるで六人に分かれたように。




ステージの——あちこちに同時に現れ、それぞれの——場所で、乱入者を打ち倒す姿。




---




最前列にいた——さくらは、目を見開いた。




「え——今の」




隣の——見知らぬ観客に、思わず話しかけていた。




「見た?桃霞ちゃん、六人に……」




「見た——見た!すごい!」




---




三階席の——ななは、スマホを、握りしめたまま、動けなかった。




「今の——どうやった?」




咄嗟に——呟いた声が、そのまま口から漏れていた。




---




高校生の——二人は、手を握り合ったまま叫んだ。




「ホログラムか何かか?」




「めっちゃ——リアルだった!」




「神演出——!?」




---




母娘の——娘は、うちわを両手で振り上げた。




「とうか——ちゃん、すごい!」




母親も——一緒に拍手をしていた。


理解は——できていなかった。


だが——素晴らしいものを見たという、確信だけはあった。




---




会場中に——歓声が、爆発的に広がった。




「桃霞ーーー!」


「格好いい!!!」


「今の演出、鳥肌立った!」




ペンライトが——一斉に、激しく揺れた。




一万六千の——声が、桃霞の名を呼んでいた。




---




誰も——気づいていなかった。


倒れているのが——本物の負傷者であることに。




うずくまる——男たちの呻き声が。


歓声の——下に、完全に掻き消されていることに。




---




袖では——状況が、まったく違っていた。




田中が——モニターの前で、凍りついていた。




「何——今の」




理解が——追いつかなかった。




「こんなの——聞いてない」




---




麻衣が——タブレットを握りしめたまま、震える声で言った。




「タイムテーブルに——ない」


「こんな——演出、予定になかった」




---




藤原が——インカムへ、怒鳴るように言った。




「誰か——状況を報告しろ!」


「これは——演出か!事故か!」




返答が——すぐには、返ってこなかった。




---




エマだけが——タブレットを下ろしたまま、ステージを見つめていた。




(違う——これは)




先ほど見た——袖の黒い影。


あの——違和感。


すべてが——今、繋がっていた。




だが——それを言葉にする、余裕はなかった。




---




ステージの上。




六人は——それぞれ混乱していた。


だが——歌は、止めなかった。


止めては——いけないと、体が知っていた。




---




苺は——歌いながら、必死に考えていた。




(さっき——桃霞ちゃんが、私の前に)


(一瞬だけ——見えた)


(あの人を——止めてくれた)




だが——視線を横に動かした。




杏の方でも——男が崩れている。




空の方でも。




莉恋の方でも。




向日葵の方でも。




若葉の方でも。




(え——)




苺の——思考が、追いつかなかった。




(桃霞ちゃんは——私の前に、いたはずなのに)


(どうして——全員のところで)




---




杏も——同じ疑問を抱えていた。




自分の——目の前に、確かに桃霞がいた。


一瞬だけ——見えた、あの動き。


だが——目の端に映る他の五箇所でも、同じことが起きていた。




(一人しか——いないのに)


(どうやって)




---




空は——歌いながら、視線だけを動かした。


自分の——背後で、何かが起きたのはわかった。




だが——振り返る前に、終わっていた。


視界の——端では、莉恋の方でも同じ現象が。




(全部——桃霞ちゃん、なの?)




理解が——追いつかなかった。




---




莉恋は——落ちたナイフを、見つめながら思っていた。




(守られた——それは、わかる)


(でも——同時にあっちでも)




視線の先——向日葵の方角でも、男が崩れていた。




(一人の——桃霞が)


(どうやって、全部)




---




向日葵は——半ば呆然としながら、それでも笑顔を保っていた。




「な、何が——」




小声で——呟いた。




隣の——若葉に、聞こえるかどうかの声量だった。




---




若葉は——分析することを、完全に放棄していた。


数字でも——理論でも、説明がつかなかった。


目の前で——起きた現象をただ事実として、受け入れるしかなかった。




(六箇所——同時)


(一人の——身体で)


(あり得ない)




だが——現実に、起きていた。




---




六人は——それぞれ、同じ疑問を抱えながら。


歌を——続けた。


視線だけが——時折、桃霞へ向かった。




---




桃霞は——ステージの中央で、まだ自分の手を見つめていた。




歓声が——「桃霞」の名を、呼び続けていた。


拍手が——鳴り止まなかった。




観客には——圧巻の新演出として、映っていた。




だが——桃霞自身には。


その——歓声が、どこか遠くから聞こえていた。




掌に——まだ残る感触。


骨の——軋む音。




それは——演出などでは、なかった。




(違う——)


(これは——演出じゃない)




桃霞の——喉の奥で、言葉が詰まった。




歓声との——ずれが、大きすぎた。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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