第88話 守れない、その瞬間
「セブンスカラー」。
サビが——近づいていた。
七人は——それぞれの立ち位置で、呼吸を合わせる。
客席では——一万六千本のペンライトが、大きく揺れていた。
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その頃。
一階席——中央通路。
黒いスーツ姿の男が一人。
静かに——立ち上がった。
神崎龍司。
腕時計を——一度だけ見た。
予定時刻。
秒針が——重なる。
神崎は——何も言わず、歩き始めた。
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下手側通路。
高瀬修が——立ち上がる。
周囲の観客が——振り返った。
「来た!」
誰かが——声を上げた。
歓声が——広がる。
「乱入演出だ!」
「大阪もやるんだ!」
期待を含んだ——笑顔が、客席に広がった。
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上手側通路。
黒田剛が——ゆっくりと歩き出す。
無駄のない——歩幅。
一直線に——ステージを目指す。
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PA席付近。
真壁隼人が——手すりを越えた。
軽い——身のこなし。
客席から——歓声が飛ぶ。
「すげぇ!」
「近くに来た!」
スマートフォンを掲げる者もいた。
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花道入口。
篠原徹が——姿を現した。
黒いスーツ。
黒いネクタイ。
まるで——警備員そのものだった。
だが——その歩き方だけが違った。
迷いが——なかった。
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最後に。
ステージ袖。
南部誠が——静かに現れた。
桃霞を——一瞬だけ見た。
その視線は——すぐ前へ戻る。
深呼吸を——一つ。
そして——歩き出した。
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六人。
六方向。
同じ——タイミングだった。
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客席は——大歓声だった。
「来たーーー!!」
「待ってました!」
「また桃霞ちゃんだ!」
「大阪バージョン!」
横浜アリーナで話題となった——あの乱入演出。
その再現だと——誰もが思っていた。
期待が——熱狂へ変わる。
ペンライトが——さらに大きく揺れた。
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ステージ上。
曲は——止まらない。
苺は——歌い続ける。
空も。
向日葵も。
若葉も。
杏も。
莉恋も。
そして——桃霞も。
誰一人——視線を乱さない。
まるで——すべて予定どおりで、あるかのように。
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神崎は——中央階段を上った。
高瀬が——下手側から。
黒田が——上手側から。
真壁が——花道を駆ける。
篠原が——中央へ。
南部が——袖から。
六人の距離が——少しずつ縮まる。
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サビまで——あと数小節。
照明が——七色へ変わった。
レーザーが——ホールを横切る。
観客の視線は——歌う七人と、近づく六人。
その両方へ注がれていた。
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「桃霞ーーー!!」
誰かが——叫んだ。
歓声は——さらに大きくなる。
まだ——誰も疑っていなかった。
これは。
ライブの——演出なのだと。
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六人は——同時にステージへ上がった。
その瞬間。
音楽は——サビへ突入した。
桃霞は——知っていた。
演出の——概要を。
横浜アリーナと——同じ構成だと、聞いていた。
乱入者が——現れる。
桃霞へ——向かって来る。
桃霞が——それを制圧する。
「お待たせしました」——で、締める。
そういう——流れだと、聞かされていた。
(来る)
心の——準備は、できていた。
自分に——向かって来る、六つの気配。
そう——思っていた。
だが——違った。
暗がりから——現れた六つの影。
それぞれが——散っていく方向。
桃霞へでは——なかった。
苺へ。
杏へ。
空へ。
莉恋へ。
向日葵へ。
若葉へ。
(え——)
桃霞の——思考が、一瞬止まった。
聞いていた——話と、違う。
そして——見えた。
六人の——男たちが、それぞれ懐から取り出したもの。
鈍い——光。
ナイフだった。
「えっ」
苺の——声が漏れた。
歌声の——合間に。
観客には——聞こえない、小さな声。
「えっ、何——」
杏も。
「これ——」
空も。
莉恋の——目が、見開かれた。
向日葵の——足が、一瞬止まりかけた。
若葉だけが——即座に、状況を分析しようとした。
だが——理解が、追いつかなかった。
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桃霞には——わかった。
構えを——見た瞬間に。
立廻りではなかった。
演出用の——動きではなかった。
ナイフの——握り方。
重心の——落とし方。
視線の——動き。
すべてが——本物だった。
(本気だ)
確信が——桃霞の中に落ちた。
(この人たち——本気で)
(仲間を——傷つけようとしてる)
計算が——桃霞の頭の中を、駆け巡った。
六人。
同時に。
六方向。
自分は——一人。
一人で——一箇所しか動けない。
それが——身体の限界だった。
六箇所を——同時に守る方法など。
存在——しなかった。
(間に合わない)
その——結論に、桃霞の中の何かが抗った。
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苺へ——伸びる、刃。
杏へ——伸びる、刃。
空の——背後に、迫る気配。
莉恋の——足元を、狙う影。
向日葵の——傍らに届く、寸前の手。
若葉の——前に、立ちはだかる姿。
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守れない。
守らなければ。
守れない。
守らなければ。
矛盾する——二つの叫びが、桃霞の中でぶつかった。
そして——それでも譲れない意志。
(——できない、なんて)
(言ってる場合じゃ、ない)
その——瞬間だった。
桃霞の中で——何かが弾けた。
音のない——弾け方だった。
だが——確かに何かが壊れ、そして——何かが生まれた。
視界が——変わった。
色が——変わった。
時間の——流れ方が変わった。
(一つじゃ——ない)
(一つに——絞らなくて、いい)
初めて——聞こえる声だった。
自分自身の——奥底から、湧き上がる声。
八百年分の——術がそこで初めて、桃霞自身のものになった瞬間だった。
桃霞の——目つきが、変わった。
瞳の——奥に、これまで誰も見たことのない、色が宿った。
顔つきも——変わった。
いつもの——柔らかさが消えた。
代わりに——現れたのは、静かで深く底の見えない無表情。
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それを——一瞬視界の端で、捉えた苺が。
歌いながら——背筋を凍らせた。
(桃霞ちゃん——?)
知っている——桃霞の顔では、なかった。
だが——それを見届ける、猶予はなかった。
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六本の——刃がそれぞれの標的へ、振り下ろされようと——していた。
桃霞の——足が、床を蹴った。
音は——なかった。
姿が——一瞬、消えたように見えた。
つづく…
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