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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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83/117

第83話 七人の宣言

八月二十九日(土) 午後六時三十分


大阪城ホール。


一万六千の——光が揺れていた。

七色の——ペンライト。

歓声が——うねりのように、響いていた。


暗転。


すべての——照明が、落ちた。

歓声が——一瞬止んだ。

音楽は——鳴らなかった。


代わりに——一筋のスポットライトが、ステージ中央へ落ちた。


そこに——立っていたのは、九条冴子だった。


黒いスーツ。

いつもと——変わらない姿だった。

だが——ステージに立つのは、初めてだった。


客席が——ざわついた。


九条は——一礼した。

深く——静かに。


顔を——上げた。

マイクを——手に取った。


「皆様、本日は」


声が——ホール全体に響いた。


「『ゆめいろシフォン』大阪城ホールライブへ——お越しいただき」

「誠に——ありがとうございます」

「開演に——先立ちまして」

「プロデューサーである——私、九条冴子から」

「一つ——ご報告と、お詫びが、ございます」


客席の——どこかから、声が漏れた。


「えっ、何——こんなこと、今まであった?」


隣の誰かが——囁いた。


「聞いたことない……」


ざわめきが——広がりかけた。

だが——すぐに、静まった。


九条の——表情が、それを、許さなかった。

会場が——静まり返った。


九条は——一度、目を伏せた。

そして——顔を、上げた。


「リーダー・春日苺は」

「体調を——崩し」

「約二週間——通常どおりのレッスンに、参加することができませんでした」


「えっ、うそ!」

「そうなの——知らなかった」


小さな——驚きの声が、あちこちで上がった。


さくらが——息を呑んだ。

健一の——手が止まった。

高校生二人が——顔を見合わせた。

母娘も——互いの手を強く握った。


九条は——続けた。


「本日は——医師の許可を、得てステージに立ちますが、まだ——万全の状態ではありません」


「そのため、本日の——公演では、春日苺のみ——ダンスの構成と、運動量を変更しております」


「そうか——まあ、仕方ないな」


低い——声が、客席から聞こえた。


「苺ちゃん——大丈夫なの?」


心配そうな——声も、混じった。


九条は——一拍、置いた。

静寂が——落ちた。

一万六千人の——視線が、たった一人に集まっていた。


「これは」


ゆっくりと——言った。


「本人の——意思ではありません」

「彼女は——最後まで」

「皆様の前で」

「これまでどおりの——パフォーマンスをしたいと、願っていました」


「しかし、それを——止め、変更を——決断したのは」

「プロデューサーである——私です」


会場は——微動だにしなかった。

誰もが——次の言葉を、待っていた。


「彼女は——責任感が強く、誰よりも——自分を後回しにして、努力する——人です」

「その——努力に甘え、無理を——重ねさせてしまったこと」

「そして、それに——もっと早く、気づくことが——できなかったこと」

「その——責任は、すべて——私にあります」


九条は——客席を、まっすぐ見つめた。

一つ一つの——顔を、見るように。


「楽しみにしてくださっていた——皆様には、本来の——七人のパフォーマンスを、お見せできないことを、心より——お詫び申し上げます」


深く——頭を、下げようとした。

だが——止めた。

顔を、上げたまま——続けた。


「ですが、このステージに——立つ七人は、誰一人として——妥協して、ここに——立っているわけでは、ありません」

「春日苺を——守るために、七人で、この——大阪城ホールという舞台を、最高の——一日にするために、何度も——話し合い、何度も——練習を重ね、今日という——日を、迎えました」


九条は——深く息を吸った。

一万六千の——静寂の中で。


「どうか、その——七人の想いを、受け取っていただければ——幸いです」

「そして、これからも——『ゆめいろシフォン』を、温かく——見守っていただけますよう、お願い——申し上げます」

「本日はご来場——いただき、誠に——ありがとうございます」


九条は——深く、一礼した。

長い——一礼だった。


会場は——静まり返ったまま。

その——背中を見つめていた。

誰も——声を上げなかった。

拍手すら——起きなかった。


ただ——静かな重みだけが、ホールに満ちていた。


---


さくらの——目に涙が滲んでいた。


健一は——ペンライトを強く握りしめていた。


ななは——スマホを下ろしていた。

配信の——ことを、忘れていた。


高校生二人は——言葉を失っていた。


母娘は——娘が母親の腕に、そっと寄りかかっていた。


---


九条が——頭を上げた。

一歩——下がった。

スポットライトが——消えた。

暗闇が——ホールを包んだ。


---


一瞬の——静寂。


そして。

音が——鳴った。

イントロの——最初の一音。


歓声が——爆発した。

堰を切ったように——一万六千の声が上がった。


照明が——一斉に点いた。


センターに——苺が立っていた。


その後ろに——六人。

赤——青——黄——緑——橙——紫——桃。


七色が——揃っていた。


苺が——マイクを握った。

客席を——見渡した。


一万六千の——光がそこにあった。

すべてを——知った上で、待っていてくれた光だった。


「大阪のみなさん」


声が——響いた。


「お待たせしました」


歓声が——さらに膨らんだ。


音楽が——本格的に、鳴り始めた。


苺が——動き出した。

移動は——少なかった。

ジャンプも——ターンも少なかった。

それでも——確かに、踊っていた。


六人が——苺を囲むように動いた。

苺の——足りない部分を埋めるように。

計算された——フォーメーション。


そこに見えたのは、計算ではなく。

七人の——信頼だった。


---


客席は——誰一人、それを責めなかった。

むしろ——ペンライトが、いつもより強く振られていた。


「苺ちゃん!」

「頑張れ!」


声が——飛んだ。


---


桃霞が——センターへ、一瞬出た。

半歩——前へ。

照明が——顔に乗った。


エマが——袖で、それを確認していた。


(届いてる)


小さく——確信した。


---


一曲目のデビュー曲「ふわふわユメイロ宣言」が——終わった。

音楽が——止んだ。


七人が——並んで立った。

肩で——息をしていた。


苺だけが——少し、息が上がっていた。


客席から——大きな拍手が湧いた。


苺が——それを受けて笑った。

以前とは——少し違う笑顔だった。


強がりでは——なかった。

七人で——立っている、確かな笑顔だった。


一万六千の——光が、七色に揺れ続けていた。

大阪城ホールの——夜は、まだ、始まったばかりだった。



つづく…


▼登場人物のイラストをpixivで公開中

https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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