第82話 幕が上がる前に
午前十時。
ステージ。
サウンドチェック。
音響スタッフが——それぞれのマイクを、確認していく。
「苺さん、お願いします」
苺が——マイクの前に、立った。
歌の——一節を、歌った。
声が——ホールに、響いた。
誰もいない——客席へ。
一人ずつ——確認が進んだ。
向日葵の——伸びやかな声。
空の——澄んだ声。
莉恋の——芯のある声。
若葉の——安定した声。
杏の——独特の、艶のある声。
そして——桃霞。
短く——一節だけ歌った。
音響スタッフが——頷いた。
「問題——ありません」
田中が——配信機材を、確認していた。
「カメラ——三台、正常です」
「回線——安定しています」
エマが——タイムテーブルを片手に、ステージ袖を歩いていた。
「センター——切り替えのタイミング、確認します」
一つ一つ——丁寧に、詰めていった。
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正午。
ゲネプロ。
本番同様の——通し。
衣装は——まだ、着ていなかった。
だが——動きは、本番と同じだった。
一曲目から——最後の曲まで。
新曲「全員が主役」も——含まれていた。
センターが——切り替わるその瞬間。
桃霞が——センターへ出た。
半歩——前へ。
エマが——ステージ袖で、それを見ていた。
(届く)
小さく——確信した。
ゲネプロが——終わった。
振付師が——七人の前に立った。
「完璧です」
短く——言った。
それ以上——何も必要なかった。
---
午後三時。
楽屋。
メイクが——始まった。
一人ずつ——鏡の前に座った。
衣装に——袖を通していく。
赤——青——黄——緑——橙——紫——桃。
七色が——それぞれの鏡台に映った。
苺は——鏡の中の自分を見た。
ベリーレッドの——衣装。
横浜アリーナの時とは——違う体調で着ている。
それでも——確かにそこにいた。
向日葵が——鏡越しに苺を見た。
「苺ちゃん、綺麗」
「向日葵も」
苺が——笑った。
鏡の中で——七人がそれぞれ、色を纏っていく。
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午後四時三十分。
麻衣が——楽屋を回った。
「開場まで——三十分です。準備——大丈夫ですか」
一人ずつ——確認していく。
タブレットに——チェックを、入れていった。
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八月二十九日(土) 午後五時四十分
正面ゲートを——くぐった。
冷たい——空調の風が、体を包んだ。
外の——熱気とは、違う空気だった。
さくらは——チケットを、確認しながら歩いた。
「二階——Bブロック」
案内板を——見上げた。
矢印に——従って進んだ。
階段を——上がった。
視界が——開けた。
一瞬——足が止まった。
ステージが——見えた。
まだ——暗いステージ。
その手前に——広がる客席。
すでに——多くの人が、座り始めていた。
(大きい)
さくらは——息を吐いた。
横浜アリーナとは——また違うスケールだった。
天井が——高かった。
音が——上へ抜けていくのが、想像できた。
自分の——席に座った。
隣は——まだ空いていた。
鞄から——ペンライトを取り出した。
莉恋担当の——ラベンダーパープル。
膝の上に——置いた。
---
健一は——一階席だった。
ステージに——近い位置。
席に——座り周りを見渡した。
年齢も——性別もバラバラの観客たち。
だが——皆、同じ方向を見ていた。
隣の席の——男性と目が合った。
軽く——会釈を交わした。
言葉は——なかった。
それでも——通じるものがあった。
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ななは——三階席。
スマホを——構えた。
会場全体が——見渡せる角度だった。
写真を——一枚撮った。
投稿した。
「席に——着きました。もうすぐ——始まります」
すぐに——反応が、返ってきた。
「頑張って——レポお願いします」
「羨ましい……」
ななは——スマホを、鞄にしまった。
(今は——見ることに、集中しよう)
---
高校生の——二人は、二階席の端だった。
「見える?」
「見える——けっこう、遠いけど」
「大丈夫、初めてだし」
二人は——並んで座った。
パンフレットを——開いた。
メンバーの——プロフィールを確認した。
「私——桃霞ちゃん、応援する」
「私は——苺ちゃん」
初めて——選んだ、推しだった。
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母娘は——一階席、後方。
娘が——座席に座った。
足が——床に届かなかった。
それでも——背筋を伸ばしていた。
うちわを——両手で持っていた。
「とうか」の——文字。
「お母さん」
「なに?」
「ここから——見えるかな」
「見えるよ」
母親は——娘の頭を撫でた。
「大丈夫」
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会場の——照明が、少しずつ落ちていった。
ざわめきが——徐々に、静まっていった。
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さくらは——ペンライトを握り直した。
健一は——姿勢を正した。
ななは——スマホをしまったまま、じっとステージを見つめた。
高校生二人は——手を握り合った。
母娘は——うちわをそっと、胸の前に抱えた。
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一万六千の——席が、ほぼ埋まっていた。
七色の——光が、あちこちで灯り始めていた。
赤——青——黄——緑——橙——紫——桃。
まだ——バラバラだった。
まだ——一つのうねりには、なっていなかった。
だが——その一つ一つに、
新幹線の——中で見た景色があった。
ホテルの——部屋で、確認したリストがあった。
初めての——参戦を、待ちわびた夜があった。
親子で——選んだ、うちわがあった。
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場内アナウンスが——流れた。
「まもなく——開演です」
「携帯電話の——電源は」
いつもの——注意事項。
だが——今日は、いつもより重く響いた。
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さくらは——目を、閉じた。
健一は——静かに、息を吸った。
ななは——画面越しではなく、今日は——自分の目で見ると、決めていた。
高校生二人は——互いに頷き合った。
母娘は——手を繋いだ。
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照明が——完全に落ちた。
暗闇が——ホールを包んだ。
歓声が——一斉に、湧き上がった。
一万六千の——声が、一つになった。
一筋の——スポットライトが、ステージへ落ちた。
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十分前の楽屋。
七人が——並んでいた。
外の——ざわめきが、微かに届いていた。
麻衣が——最後の確認をした。
「開演まで——十分です」
苺が——七人を見渡した。
「みんな」
短く——呼びかけた。
七人が——苺を見た。
「今日まで——ありがとう」
それだけ——言った。
多くの——言葉は、いらなかった。
桃霞が——小さく頷いた。
空が——静かに微笑んだ。
向日葵が——目を潤ませた。
「泣かない——泣かない」
自分に——言い聞かせるように言った。
スタッフが——ドアの外から声をかけた。
「スタンバイ——お願いします」
七人が——立ち上がった。
ステージ袖へ——向かった。
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暗い——舞台袖。
その先に——光があった。
一万六千人の——声が、遠くから聞こえていた。
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開演——五分前。
七人は——それぞれの位置に着いた。
苺は——静かに目を閉じた。
目を——開けた。
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照明が——落ちた。
客席から——歓声が湧き上がった。
一万六千本の——ペンライトが揺れ始めた。
つづく…
▼登場人物のイラストをpixivで公開中
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