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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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81/113

第81話 大阪の朝

八月二十九日(土) 午前七時




ホテル——七階。


七つの部屋の——カーテンが、順番に開いていった。




大阪の——朝だった。


雲一つ——なかった。




苺は——目を覚ました。


天井を——しばらく見ていた。




(今日だ)




起き上がった。


体が——軽かった。




二週間の——休養が、無駄ではなかった証だった。




---




午前七時三十分。




朝食会場。




七人が——順番に、集まってきた。




向日葵が——一番に、来ていた。




「おはようございます!」




いつもより——少し、声が大きかった。




杏が——目をこすりながら、席に着いた。




「……緊張して、あんまり寝れなかった」




「私も」




莉恋が——静かに頷いた。




若葉は——タブレットを、片手に持っていた。




「気温——三十四度予報」


「会場内は——空調管理、徹底されます」




淡々と——伝える。


いつも通りの——若葉だった。




その——いつも通りさが、周りを少し落ち着かせた。




空は——パンを、静かに食べていた。


窓の外を——時々見ていた。


大阪の——空を。




桃霞は——最後に来た。


いつもと——変わらない表情だった。




だが——箸を持つ手が、いつもより少しだけゆっくりだった。


誰も——それを、指摘しなかった。




藤原が——テーブルを回った。




「食べられるだけ——食べておけ、今日は——長い」




七人が——それぞれ頷いた。




---




午前九時。




貸切バスが——ホテル前に停まった。


七人と——藤原、麻衣、田中、エマが乗り込んだ。


バスが——動き出した。




車内は——静かだった。


昨日までとは——違う静けさだった。




---




大阪城ホールが——見えてきた。


外周に——すでに人の姿があった。




グッズ売り場の——設営。


警備の——配置確認。




まだ——開場前だった。




それでも——空気が変わり始めていた。




---




午前九時三十分。




搬入口。


バスを——降りた。




麻衣が——タブレットを開いた。




「本日の——スケジュール、最終確認します」


「九時半——会場入り」


「十時——サウンドチェック」


「十二時——ゲネプロ」


「十五時——休憩、メイク、衣装」


「十七時——開場」


「十八時三十分——開演」




淡々と——読み上げられた。




七人が——それぞれ頷いた。




---




楽屋へ——荷物を置いた。




すでに——七つの鏡台が並んでいた。


名札が——それぞれに貼られていた。




「春日苺」


「水瀬空」


「橘向日葵」


「霧島若葉」


「御堂杏」


「白石莉恋」


「櫻井桃霞」




七つの——名前を確認するように、それぞれが見た。




---




八月二十九日(土) 午前七時




大阪——ホテルの一室。




和田さくらは——目を、覚ました。


カーテンの隙間から——光が、差し込んでいた。




(今日だ)




飛び起きた。




スマートフォンを——確認した。


グループチャット——「大阪組」。


すでに——メッセージが、並んでいた。




「起きた」


「同じく」


「緊張して——四時に目覚めた」




さくらは——笑った。


自分だけでは——なかった。




---




午前七時三十分。




同じ——ホテル、別の階。




山田健一は——スーツケースを、確認していた。




ペンライト。


タオル。


チケット。




もう一度——数えた。


チケットだけは——三回確認した。




---




午前八時。




伊藤ななの——部屋。




配信の——準備をしていた。




カメラでは——なかった。


スマホ一台。




投稿用の——写真を、何枚か撮った。


会場までの——道のり。


グッズ売り場の——看板。




投稿した。




「大阪、来ました」




すぐに——反応が、返ってきた。




「羨ましい!」


「レポ待ってます」


「気をつけて、楽しんできてください」




画面の向こうに——今日、来られない人たちがいた。




なな自身も——その人たちの分まで、届けようと思った。




---




午前九時。




高校生の——二人。




駅の——改札前で、待ち合わせていた。




「おはよう」




「おはよう……緊張する」




二人とも——初めての参戦だった。




「何から——すればいいんだっけ」




「グッズ——並ぶ?」




「うん、まず——グッズ」




スマホで——SNSを確認した。


先に到着した人たちの——投稿が、いくつも流れていた。




「もう——並んでる人、いるみたい」




「早くない?」




「行こう」




二人は——足早に歩き出した。




---




午前十時。




母娘は——新幹線の中にいた。


娘は——窓に顔をつけていた。




「もうすぐ?」




「もう少し」




母親は——時刻表を確認した。




(あと三十分)




娘の手には——うちわが、しっかりと握られていた。


道中——一度も離さなかった。




「お母さん」




「なに?」




「桃霞ちゃん、緊張してるかな」




母親は——少し考えた。




「してるかもね」




「私たちが——応援したら、元気出るかな」




「きっと」




母親は——娘の頭を撫でた。




「届くと——思うよ」




---




午前十一時。




大阪城ホール——周辺。




すでに——列ができていた。


グッズ売り場の——前に長い列。




さくらも——健一も——ななも。


それぞれ——違う場所から、同じ列に加わっていた。




顔は——知らなかった。


だが——身につけているものが、同じ方向を示していた。




莉恋担当の——ラベンダーパープル。


苺担当の——ベリーレッド。


桃霞担当の——ピーチピンク。




色が——少しずつ、集まっていく。




高校生二人が——列に並んだ。


前にいた——年配の女性が振り返った。




「初めて?」




「はい……わかります?」




「そわそわしてたから」




女性は——笑った。




「楽しんできてね」




「私、4回目だけど——毎回、緊張する」




二人は——顔を見合わせた。


少しだけ——安心した。


自分たちだけではなかった。




---




正午——過ぎ。




母娘が——会場前に到着した。


大阪城ホールの——外観を見て、娘が息を呑んだ。




「大きい……」




母親も——見上げた。


想像していたより——ずっと大きかった。




「本当に——ここに、桃霞ちゃんたちが」




言葉が——途切れた。




娘が——母親の手を、強く握った。




---




グッズ列の——中で、なながスマホを構えた。




会場全体を——写した。


投稿した。




「もうすぐ——開場です」




コメントが——次々に、届いた。




「頑張ってきてください」


「レポ楽しみにしてます」


「私も——次は絶対行く」




見えない——たくさんの人が、この列に重なっていた。




---




午後一時。




さくらは——列の中で、空を見上げた。


雲一つ——ない大阪の空。




(あと数時間)




チケットを——確かめるように握り直した。




結成依頼——莉恋を応援してきた。


ラベンダーパープルへの——移行を、この目で見届けた。




今日も——莉恋と同じその色を、身にまとっていた。




---




健一は——列の少し先に目をやった。


さっき——後ろにいた高校生の二人が、楽しそうに話していた。




初めての——参戦。


自分にも——そんな日が、あったことを、思い出した。




腕は——組んでいなかった。


ただ——静かに、開場の時を待っていた。




---




午後二時。




列が——少しずつ動き始めた。


グッズの——受け渡しが始まっていた。




うちわ。


ペンライトの——新色。


タオル。




それぞれが——自分の色を手にしていく。




---




母娘も——列の中で順番を待っていた。




娘が——新しいペンライトを選んだ。


ピーチピンク。


桃霞の——色だった。




「これにする」




迷わず——言った。




母親は——微笑んだ。




「いいね」




---




午後三時三十分。




正面ゲート前に——すでに長い列ができていた。


一万六千人分の——列。




それぞれの——理由を抱えて。


それぞれの——色を身にまとって。




同じ——時間を待っていた。




---




さくらは——胸のあたりに手を当てた。


心臓が——少し早かった。




(あと一時間半)




健一も——同じ空を見上げていた。




ななは——最後の投稿を準備していた。




「開場——待ってます」




高校生二人は——手を握り合っていた。




母娘は——うちわを二人で持っていた。




---




大阪城ホールの——扉は、まだ閉じていた。




だが——その向こうには、もう始まっている時間があった。


ステージの——七人が、支度を進めている時間。




そして——ここには、一万六千の待つ時間があった。




どちらも——同じ場所へ、向かっていた。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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