表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
74/114

第74話 苺が帰ってきた日

八月十二日(水) 午後一時




スタジオのドアが——開いた。


六人が——振り向いた。




苺が——立っていた。


私服だった。




「……練習、見学させてもらえますか」




スタジオが——一瞬、静止した。




向日葵が——最初に声を出した。




「苺ちゃん!!!!なんで来てるの!!!!」




「退院したから」




「退院はしたかもしれないけど!!!!まだ安静じゃないの!?!?!?」




「見るだけだから——大丈夫」




「大丈夫じゃないでしょ!!!!!!!!!!!!」




苺は——少し笑った。




向日葵を見た。




「心配してくれてありがとう。でも——見ていたかった」




向日葵は——何か言いかけた。


言えなかった。




苺の目に——何かがあった。


止められない何かが。




若葉が——静かに言った。




「体を動かさない、という条件で」




「うん。約束する」




「なら——」




若葉は、少し間を置いた。




「来てくれて——よかったです」




苺は——若葉を見た。




「ありがとう」




エマが——スタジオの端に、椅子を持ってきた。




「こちらに座ってください」




「ありがとう、エマさん」




苺は——椅子に座った。




エマは——苺の顔を一瞬見た。


それから——自分のスタッフ席に、戻った。




練習が——始まった。




苺は——椅子に座って、見ていた。


最初は——笑顔だった。


六人が踊っているのを——嬉しそうに見ていた。




「頑張ってたんだな」




小さく——呟いた。


誰にも聞こえない声で。




一曲が——終わった。




苺は——拍手しようとした。


その瞬間——




「……あれ?」




小さな声が——出た。


自分でも気づかないくらい——小さな声だった。




だが——エマには、聞こえた。


エマは——苺を見た。




苺は——フォーメーション図を——


頭の中で、照らし合わせていた。




二曲目が——始まった。


苺の目が——変わった。




六人全体を見る目から——


一点を見る目に、変わった。




自分の——立ち位置を、追っていた。


自分が踊るはずの——動線を、追っていた。




苺の目が——動いた。




Aメロ。


サビ前。


サビ。


Bメロ。


一つ一つを——確認した。




確認するたびに——


苺の表情が、少しずつ変わっていった。




笑顔が——消えた。




だが——怒った顔でも、なかった。


ただ——読んでいた。




目の前で起きていることを——


全部、読んでいた。




曲が——終わった。


スタジオが——静かになった。




苺は——少し、間を置いた。




「……変わってる」




静かな声だった。




六人が——苺を見た。




苺は——誰も見ていなかった。


まだ——考えていた。




一秒。


二秒。


三秒。




「私用だ」




呟いた。




疑問ではなかった。


確認でもなかった。




答えだった。


二曲見て——辿り着いた答えが。




苺は——エマを見た。


エマは——目を逸らした。




苺は——振付師を見た。


振付師は——何も言えなかった。




スタジオが——静かだった。


その空気だけで——


全部が、わかった。




苺には——全部わかった。




苺は——少し、息を吸った。


吐いた。




「……いつから」




誰に向けた言葉でも——なかった。


スタジオ全体に——向けた言葉だった。




向日葵が——俯いた。


若葉が——目を伏せた。


空が——少し、唇を噛んだ。


莉恋が——苺を見た。


杏が——苺を見た。


桃霞が——苺を見た。




振付師が——口を開いた。




「……先週から、です」




苺は——頷いた。




「そうか」




それだけ言った。




怒らなかった。


泣かなかった。




ただ——頷いた。




向日葵が——顔を上げた。




「苺ちゃん——」




「向日葵」




苺が——向日葵を見た。




「ありがとう」




「何が——」




「黙っていてくれて」




向日葵の目が——揺れた。




「……黙っているのが——辛かった」




「知ってる」




苺は——少し笑った。




「向日葵が黙っていられたってことは——それだけ——みんなが必死だったってことだから」




向日葵は——何も言えなかった。




苺は——フォーメーション図の置いてある机を——見た。




「見せてもらえますか」




振付師が——新しいフォーメーション図を、苺に渡した。




苺は——受け取った。




見た。


一行ずつ——見た。




自分の動線が——短かった。


自分のジャンプが——消えていた。


自分のターンが——減っていた。




見続けた。




誰も——何も言わなかった。




しばらくして——


苺は——図から目を上げた。




「冴子さんが——決めたんですか」




振付師が——頷いた。




「はい」




苺は——少し、間を置いた。




「……悔しい」




正直に——言った。




「すごく——悔しい」




誰も——何も言わなかった。




苺は——続けた。




「でも」




一拍。




「大阪に——立てなくなる方が」




また一拍。




「もっと——悔しい」




杏が——苺を見た。




「苺さん」




「うん」




「本人に——決めさせなかったのは」




杏は——続けた。




「苺さんが——全部踊ると言うから」




苺は——杏を見た。




「……そうだね」




少し——笑った。




「全部踊るって——言ってたと思う」


「倒れるまで——踊ると思う」


「そうだね」




苺は——認めた。




「そうしてたと——思う」




スタジオが——静かだった。




苺は——図を、もう一度見た。


見ながら——言った。




「みんな——これで練習してくれてたんだ」




誰も——返事をしなかった。




返事の代わりに——


全員が、苺を見ていた。




苺は——全員を見渡した。




「ありがとう」




それだけ——言った。




「私が知る前から——私のために」




声が——少し、揺れた。




崩れなかった。


崩れなかったが——揺れた。




向日葵が——また泣きそうになった。




「苺ちゃん——」




「向日葵」




「うん」




「泣いていいよ」




「泣かない!!!!!!!!!!!!泣かないよ!!!!!!!!!!リーダーが泣いてないのに!!!!!!!!!!!!」




苺は——少し笑った。




「私も——泣かない。大阪で泣く」




「大阪で?」




「終わったら——泣く。今は——踊る」




向日葵は——少し、鼻を啜った。




「……踊れるの」




「踊る。この図で——踊る」




苺は——図を、胸に抱えた。




「九条さんが——決めてくれた。なら——これで踊る」




苺は——立ち上がった。


六人を見た。




「続けて」




「苺ちゃん——」




「私は——見てる。見ているから——続けて」




振付師が——頷いた。




「では——三曲目から」




音楽が——流れ始めた。




苺は——椅子に座った。


図を——膝の上に置いた。


踊る六人を——見た。




自分の動線が——短い曲を。


自分のジャンプが——ない曲を。




六人が——踊っていた。


苺のために——踊っていた。


苺は——その曲を、見ていた。




見ながら——


一度だけ——目を閉じた。


開いた。




「……大阪まで——あと十七日」




小さく——言った。




誰にも聞こえない声で。


自分に向けた言葉だった。




エマは——スタッフ席から、苺を見ていた。


タブレットを——開いた。


書いた。




「八月十二日。苺さん——スタジオに来た。一曲で気づいた。二曲目で全部わかった。」




書いた。




「「私用だ」と言った。怒らなかった。泣かなかった。ただ——受け取った。」




書いた。


一行、空けた。




「「大阪で泣く。今は踊る」という言葉を聞いた。」




書いた。


最後に——一行。




「この人が——リーダーなんだと、今日——わかった。」




書いた。


タブレットを——閉じた。




スタジオに——音楽が流れていた。




苺が——見ていた。


六人が——踊っていた。




大阪まで——十七日だった。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ