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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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第72話 全員で抱える

桃霞が——ずっと、黙っていた。


部屋の端に——立っていた。




苺を見ていた。


崩れた苺を——見ていた。




(リーダーが——倒れた)




その事実が——桃霞の中にあった。




横浜の夜——苺は「行こう」と言った。


手を引いてくれた。


「怖くていいよ。怖くても出られる」と言った。




その苺が——


今、ソファに横になっていた。




桃霞は——少し、苺に近づいた。




「苺さん」




苺が——桃霞を見た。




「……何?」




「一つ——聞いてもいいですか」




「うん」




「今——うずいていますか」




苺は——少し、驚いた顔をした。




それから——少し、笑った。




「うずいてない。それが——おかしいのかもね」




「うずきが来ない時は——体が、限界に近い時です」




「……そうかもしれない」




「うずきが来なくなったら——早めに、誰かに言ってください」




苺は——桃霞を見た。




「桃霞ちゃんに——そんなことを言われるとは、思わなかった」




「私が言う立場では、ないかもしれませんが」




「立場とか——関係ない。ありがとう」




桃霞は——少し、頷いた。




---




エマが——麻衣と藤原と田中を連れて、戻ってきた。




麻衣は——部屋に入った瞬間に、苺を見た。




「苺さん——」




「麻衣さん、ごめんなさい」




「謝らなくていいです。今の状態を——確認させてください」




麻衣は——苺の横にしゃがんだ。




確認係として——確認した。




顔色。


目の焦点。


呼吸。


声のトーン。




「病院に——行きましょう」




「大丈夫——」




「大丈夫かどうかは——医師が決めることです」




苺は——麻衣を見た。




「麻衣さんって——こういう時、強いですね」




「確認係なので」




藤原が——部屋の入口に立っていた。




全員を見た。




「病院に連れていく。田中——車を手配しろ」




「はい」




エマが——すでに、スマートフォンを持っていた。




「手配済みです。五分後に来ます」




藤原は——エマを見た。




「……早いな」




「スタッフルームに向かう途中で——手配しました」




藤原は——少し頷いた。




「よし」




---




午後二時。




診察が——終わった。




麻衣が——待合室で、待っていた。


藤原も——待っていた。




六人は——外で待っていた。


エマが——六人と一緒に、外にいた。




---




医師が——出てきた。




「春日さんの状態を——説明します」




「お願いします」




「過労による自律神経失調、および——起立性失神です」




「命に別状は——」




「ありません。ただ——」




医師は、続けた。




「一週間は——絶対安静が必要です」




麻衣は——少し、目を伏せた。


藤原は——表情を変えなかった。




「一週間後に——回復できますか」




「個人差があります。一週間で、日常生活に戻れる可能性はありますが——激しい運動や、ステージに立つことは——もう少し時間が必要かもしれません」




藤原は——頷いた。




「わかりました」




---




病室に——苺がいた。


点滴が——つながれていた。




麻衣が——入った。




「苺さん」




「……麻衣さん」




「診断が出ました」




「聞きました。先生から」




苺は——天井を見たまま、言った。




「一週間——安静」




「はい」




「大阪まで——三週間しかない」




「はい」




苺は——少し間を置いた。




「復帰——できるかな」




麻衣は——少し考えた。




「それは——私には、わかりません」




「正直ですね」




「わからないことを、わかると言えないので」




苺は——少し笑った。


弱い笑顔だった。




「みんなに——伝えてください」




「何を、ですか」




「ごめんって。迷惑かけるって」




「伝えます。でも——」




麻衣は——続けた。




「「迷惑」という言葉は、使わない方がいいかもしれません」




「なぜ」




「六人が——今、外で待っています。「迷惑をかけた」と思われると——六人が、困ります」




「なんで困るの」




「苺さんのことを、心配している人たちに——「迷惑」という言葉は、合わないと思うので」




苺は——少し目が揺れた。




「……麻衣さんって」




「はい」




「不思議な言い方を、しますね」




「確認係なので」




苺は——今日一番の笑顔を出した。


弱かったが——本物だった。




---




病室を出た後——


麻衣は——六人に、状況を伝えた。




「過労による自律神経失調と——起立性失神、だそうです。命に別状はありません」




全員が——息を吐いた。




「一週間——安静が必要です」




「一週間」




向日葵が——繰り返した。




「大阪まで——三週間ない」




誰も——何も言わなかった。


言えなかった。




若葉が——少し口を開いた。




「復帰できますか」




「……わかりません」




麻衣は——正直に答えた。




「わからない、ということは——」




「できるかもしれないし——できないかもしれない。今は、わからないということです」




全員が——黙った。




桃霞が——少し、言った。




「今日のリハーサルを——続けましょう」




全員が——桃霞を見た。




「苺さんが——一番気にすることだと思います。私たちが止まることを」




「でも——」




向日葵が——言いかけた。




「向日葵さん」




桃霞が——向日葵を見た。




「苺さんは——「全員が主役」と言いました。苺さんが一人で抱えていたから——倒れました。だから——今度は、全員で抱えます」




向日葵は——少し黙った。




「……そうだね」




「リーダーがいなくても——七人分の仕事を、六人でやります」




「六人で——できるかな」




「やります。それが——「全員が主役」だと思います」




莉恋が——少し、頷いた。




「桃霞の言う通りだと思う」




空が——頷いた。


若葉が——頷いた。


杏が——頷いた。




向日葵は——少し目を拭った。




「……わかった。やる」




「向日葵さん——」




「泣いてないよ!!!!!!!!!!!!泣いてないけど!!!!!!!!!!!!!苺ちゃんが心配なだけ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




「……泣いていいです」




桃霞が——静かに言った。




向日葵は——少し止まった。




「桃霞ちゃんが——泣いていいって言うの」




「はい」




「……じゃあ、泣く」




向日葵は——泣いた。


声を出して——泣いた。




それを見て——


莉恋も——少し目が揺れた。




空も——目を閉じた。




藤原が——六人の前に来た。




「今日の午後のリハーサルは——中止だ」




全員が——藤原を見た。




「明日から——再開する。今日は——帰れ」




「藤原さん——」




桃霞が、口を開いた。




「午後から——自主練習をしてもいいですか」




藤原は——桃霞を見た。




「スタジオを——使えますか」




「……お前たちが使いたいなら——構わない」




「六人で——やります」




藤原は——少し間を置いた。




「無理はするな」




「はい」




「苺の分まで、やろうとするな。お前たちの分を——ちゃんとやれ。それが、今できる最善だ」




桃霞は——頷いた。




「わかりました」




---




病院の廊下で——


麻衣は——タブレットを開いた。


書いた。




「八月四日。苺さん——倒れた。過労による自律神経失調と起立性失神。一週間の絶対安静。」




書いた。




「一週間前から——兆候があったと、本人が言った。向日葵さんだけが、朝から気づいていた。」




書いた。




「私は——気づいていなかった。七人の確認をしていて——リーダーを、見ていなかった。」




書いた。




「反省する。」




書いた。




一行、空けた。




「桃霞さんが——「全員で抱える」と言った。六人が——頷いた。」




書いた。




「苺さんが「全員が主役」と言った言葉を——桃霞さんが返した。」




書いた。




「大阪まで——二十五日。リーダーがいない二十五日が——始まろうとしている。」




書いた。




最後に——一行。




「苺さん——休んでください。六人が、待っています。」




書いた。




タブレットを——閉じた。




病室のドアが——廊下の先にあった。




苺が——その中にいた。


点滴をしながら——いた。




麻衣は——そのドアを、一秒、見た。




見てから——


歩き出した。




六人が待つ場所へ。




今日という日の——続きへ。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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