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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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71/114

第71話 リーダーが倒れた日

八月四日(火) 午前八時三十分




スタジオの前に——七人が集まっていた。


リハーサル前の——いつもの時間だった。




向日葵が——苺を見た。


何か——少し、おかしかった。




何がおかしいかは——


すぐには、言えなかった。




ただ——いつもの苺と、少し違った。




「苺ちゃん——朝ごはん食べた?」




向日葵が——聞いた。




「うん」




苺は——笑顔で答えた。




向日葵は——少し見た。




「本当に?」




「食べた食べた。ちょっと少なかったけど」




「ちょっと少なかった——というのは」




「あんまり食欲なかっただけ。昨日、寝るのが遅くなったから」




「寝不足?」




「ちょっとだけね」




苺は——笑った。


いつもの笑顔だった。


崩れていなかった。




向日葵は——もう少し、聞こうとした。




「苺ちゃん——」




「大丈夫だよ」




苺が——先に言った。




「リハーサル、始めよう」




---




向日葵は——少し、引っかかっていた。




(何かある)




だが——


何があるかは、わからなかった。




苺が言う通り——ただの寝不足かもしれなかった。




向日葵は——スタジオの中に入った。


引っかかりを——持ちながら、入った。




---




午前九時。




リハーサルが——始まった。




苺は——動いていた。


集中していた。




指示が——正確だった。




「ここのタイミング——もう少し早めに」




「莉恋ちゃん、そこは半歩前に出て」




「向日葵——音の入りが少し遅い」




振付師が——頷いていた。




「春日さん——今日も、よく見えてますね」




「ありがとうございます」




苺は——笑った。




誰も——深刻に思わなかった。




だが——


向日葵は——見ていた。




苺の顔色を。


顔色が——悪いわけでは、なかった。




だが——


目の下に——うっすら、影があった。


いつもより——少し、瞳の光が弱かった。




リハーサルをしながら——


向日葵は苺のことを、気にしていた。




「向日葵——今のタイミング」




「ごめん!!!!!!」




苺に指摘されながら——


気にしていた。




---




午前十一時五十分。




昼休憩まで——あと十分だった。


通し稽古の——最後の一回が、終わった。




振付師が言った。




「午前は、ここまで——」




その瞬間だった。




苺の体が——傾いた。


傾いたのは——一秒にも満たない時間だった。




だが——


その後に——


苺は——床に崩れた。




音がした。


膝が——床に当たる音が。




「苺ちゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




向日葵が——最初に声を出した。




全員が——動いた。




桃霞が——一番早く、苺に近づいた。




「苺さん——」




桃霞が——苺の肩を支えた。




苺は——目を開けていた。


意識は——あった。




だが——


顔色が——白かった。




「……ごめん」




苺が——小さく、言った。




「大丈夫?大丈夫????????苺ちゃん!!!!!!!!!!!」




向日葵が——苺の前に、しゃがんだ。




「大丈夫……かな」




苺は——少し、笑おうとした。


笑顔が——うまく、作れなかった。




「救急車——」




莉恋が——スマートフォンを取り出そうとした。




「待って——」




苺が——言った。




「救急車は——いい。ちょっと、立ちくらみしただけだから」




「立ちくらみだけじゃないでしょ!!!!!!!!!!!!!」




向日葵が——声を上げた。




「朝から、ご飯食べてなかったでしょ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




「食べた、少しだけ——」




「少しだけって、食べてないってことじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




苺は——何も言えなかった。




エマが——すぐに動いた。




「スタッフルームに——横になれる場所があります。まず移動しましょう」




振付師が——頷いた。




「そうしましょう」




桃霞と莉恋が——苺を支えた。


苺は——二人の肩を借りながら——歩いた。




「自分で歩ける——」




「黙って、苺ちゃん」




莉恋が——静かに言った。




苺は——黙った。




---




スタッフルームに——苺を寝かせた。


ソファに——横にした。




エマが——すぐに水を持ってきた。




「少しだけ——飲んでください」




苺は——受け取った。


一口、飲んだ。




「……ありがとう」




六人が——苺の周りに、集まっていた。




「麻衣さんを——呼びます」




エマが言った。




「藤原係長にも、連絡します」




エマは——部屋を出た。




---




六人だけになった。


誰も——話さなかった。




向日葵が——苺の隣に、しゃがんでいた。




「苺ちゃん」




「うん」




「いつから——こんな感じだったの」




苺は——少し間を置いた。




「……少し前から」




「どのくらい」




「一週間——くらい」




「一週間!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




「声が大きい」




「大きくもなるよ!!!!!!!!!!!!!!!なんで言わなかったの!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




「言ったら——みんなが心配するから」




「心配するよ!!!!!!!!!!当たり前じゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




向日葵の目が——赤くなっていた。




「リーダーだから——」




苺は——天井を見たまま、言った。




「心配させたくなかった」




「リーダーだからこそ——言わないといけないんじゃないの」




苺は——何も言えなかった。




「心配させたくないは——わかる。でも——倒れてから気づくのは——もっと心配だよ」




向日葵は——少し震えた声で言った。




「倒れた苺ちゃんを見た時——すごく、怖かった」




「……ごめん」




「謝るより——なんで言ってくれなかったのって、思う」




「……うん」




苺は——目を閉じた。




若葉が——少し、口を開いた。




「いつから——寝れていませんでしたか」




「ちゃんと眠れていない、というのは——一週間くらい」




「新曲の練習が——始まってから、ですか」




苺は——少し間を置いた。




「……それより少し前から」




「理由は」




「考えすぎてた」




「何を」




「大阪のこと。七人のこと。中村さんのこと。エマさんのこと。全部が——うまくいくかどうか」




若葉は——少し頷いた。




「……全部を、一人で抱えていたんですね」




「リーダーだから——」




「リーダーでも——一人で全部を抱えなくて、いいと思います」




苺は——若葉を見た。




「若葉ちゃんが——そういうことを言う」




「私が言うのは、変ですか」




「変じゃないけど——意外だった」




「……「全員が主役」を、昨日覚えたばかりなので」




苺は——少し、笑った。


弱い笑顔だったが——


笑顔だった。




空が——静かに言った。




「苺さん——今日、声が——少し違いました」




「声が?」




「はい。リハーサルの指示の声が——いつもより、少し低かったです。気づいていましたが——言うタイミングが、わかりませんでした」




「空ちゃん——気づいてたの」




「はい。でも——言えませんでした。すみません」




「謝らないで。気づいてくれてたことが——嬉しい」




杏が——少し、言った。




「私も——気づいていた」




苺が——杏を見た。




「匂いが——朝から、いつもと違った」




「どんな匂い」




「……疲れている人の匂い。でも、苺さんが「大丈夫」と言っていたので——」




「言えなかった」




「はい。言うべきでした」




苺は——少し息を吐いた。




「みんな——気づいてたんだ」




全員が——少し、黙った。




「ごめんね」




苺が——また言った。




「心配かけて——ごめん」




向日葵が——少し、首を振った。




「謝るのは——後でいい。今は——休んで」





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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