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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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70/116

第70話 七色、一つになる

七月二十四日(木) 午前




新曲の振付が——全部、来た。


振付師が——七人の前に立った。




「今日から——通しで練習します」




七人が——頷いた。




「この曲は——今までなかった構成です」




振付師は——続けた。




「センターが——目まぐるしく変わります。誰か一人を立てる曲ではない。七人全員が、同じ重さでステージに立つ曲です」




「わかりました」




苺が——代表して答えた。




「では——最初から」




音楽が——流れた。




---




最初の一回が——終わった。


全員が——息を整えた。


誰も——何も言わなかった。


しばらくして——向日葵が言った。




「……難しい」




全員が——頷いた。




「難しいというより——わからない」




「何がわからないですか」




 と若葉が聞いた。




「自分がセンターじゃない時、何をしていればいいか。背景になればいいのか、でも「全員が主役」ってことは背景にもなれなくて——どっちつかずになってる」




振付師が——頷いた。




「今の通り、それが最初の壁です」




---




二回目の通し。




桃霞のセンターパートが——来た。


桃霞は——前に出た。


出た瞬間に——体が、ほんの少し——止まった。


止まったのは——一瞬だった。


見えないくらいの一瞬だった。


だが——振付師は見ていた。




「止めます」




音楽が——止まった。




「桃霞さん——センターに出る瞬間、迷いがありました」




「……はい」




桃霞は——正直に答えた。




「どんな迷いですか」




桃霞は——少し考えた。




「……出ていいのかと、思いました」




「センターに出ることへの迷いですか」




「……前のパートまで、若葉さんがセンターでした。そこから前に出る瞬間に——「奪ってしまう」という感覚が、来ました」




振付師が——少し頷いた。




「なるほど。それが——桃霞さんの壁ですね」




苺が——桃霞を見た。




「桃霞ちゃん——センターを「奪う」じゃなくて「受け取る」って考えてみて」




「受け取る——」




「若葉ちゃんが——渡してくれる。バトンみたいに。だから——遠慮しなくていい」




若葉が——頷いた。




「私のパートが終わる瞬間——桃霞さんに渡すつもりで動きます。だから——出てきてください」




桃霞は——少し、間を置いた。




「……わかりました」




「もう一度」




振付師が言った。




---




三回目。




若葉のパートが——終わった。


若葉が——桃霞の方を、見た。


一瞬だけ——見た。


「渡す」という目だった。




桃霞は——その目を受け取って——


前に出た。


止まらなかった。




「……良かったです」




振付師が言った。




桃霞は——少し、息を吐いた。




---




四回目の通し。




莉恋のセンターパートが——来た。


莉恋は——前に出た。


完璧だった。


動きが——完璧だった。




だが——


振付師が止めた。




「莉恋さん——動きは正確です。でも——」




「でも?」




「「主役」という感じが、しないんです」




莉恋は——少し黙った。




「完璧な動きで——センターに立っている。でも——「ここは自分の場所だ」という感じが、薄い」




莉恋は——鏡の中の自分を見た。




「完成されたアイドルとして——七人の中の一人として、立ってきました」




「そうですね」




「センターというポジションが——自分のものだと、思えないんです」




振付師が——少し、間を置いた。




苺が——莉恋に近づいた。




「莉恋ちゃん」




「はい」




「ラベンダーパープルになった夜——覚えてる?」




莉恋は——少し、間を置いた。




「……覚えています」




「あの夜——莉恋ちゃんはセンターだった。ラベンダーパープルで、一万七千人の前に立った。あれは——莉恋ちゃんにしかできなかった場面だった」




莉恋は——少し、目が揺れた。




「この曲のセンターも——莉恋ちゃんにしかできない。ラベンダーパープルになった莉恋ちゃんにしかできない。そう思って、立ってみて」




莉恋は——少し、鏡を見た。




「……ラベンダーパープルとして」




「うん」




「自分の場所として」




「そうだよ」




莉恋は——もう一度、前を向いた。




「もう一度——お願いします」




---




五回目。




莉恋のパートが——来た。


莉恋は——前に出た。


今度は——違った。


「主役」という感じが——あった。


ラベンダーパープルとして立っている感じが——あった。




振付師が——頷いた。


何も言わなかった。


頷くだけで——十分だった。




---




六回目の通し。




向日葵のパートが——来た。


向日葵は——全力で動いた。


だが——


少し——遅れた。


センターに出るタイミングが——半拍、遅かった。




「向日葵さん——テンポが」




「わかってます!!!!!!!!」




向日葵が——先に言った。




「わかってるんですけど——」




「何がありますか」




向日葵は——少し床を見た。




「この曲——テンポが速くて。私、速い曲は得意なんですけど——センターが変わる瞬間の切り替えが、体に入ってないんです」




「もう少し——詳しく」




「普段の曲は——自分のテンポで動ける。でもこの曲は——七人のテンポで動かないといけない。自分のテンポと七人のテンポが——ずれてる感じがして」




振付師が——考えた。




空が——向日葵に言った。




「向日葵さん——私の声を聞きながら、動いてみてください」




「空ちゃんの声?」




「はい。このパート——私が歌いながら動きます。私の声のタイミングに合わせて、向日葵さんが動く。そうすると——七人のテンポを体感しやすいかもしれません」




向日葵は——少し考えた。




「やってみる」




---




七回目。




空が——声を出しながら動いた。


向日葵は——空の声を聞きながら動いた。


センターに出るタイミングが——合った。




「……合った!!!!!!!!!!!!!!!」




向日葵が——叫んだ。




「合いました!!!!!!!!!!!!!!!」




スタジオに——笑いが広がった。




「空ちゃん、ありがとう!!!!!!!!!!」




「どういたしまして」




空は——静かに言った。




「向日葵さんは——音を感じながら動く方が、合っているんだと思います」




「そうかも!!!!!!!!!!私、音を体で受けるタイプだから!!!!!!!!!」




「なら——今後も、音を聴きながら、タイミングを計ると良いかもしれません」




「メモする!!!!!!!!!!」




---




八回目の通し。




若葉のパートが——来た。


若葉は——センターに出た。


動きは——正確だった。


フォーメーションも——正しかった。


だが——


通しが終わった後——


若葉が一人だけ——残っていた。




みんなが水を飲んでいる間——


若葉は——フォーメーション図を見ていた。




麻衣が——気づいた。




「若葉さん」




「はい」




「どうかしましたか」




若葉は——少し、間を置いた。




「……一つ、確認したいことがあります」




「なんですか」




「私がセンターになる構成——本当に、正しいですか」




麻衣は——少し驚いた。




「正しい、というのは」




「七人の中で——私がセンターに立つことへの、根拠です」




「根拠?」




「苺さんはリーダーとしての存在感があります。莉恋さんはラベンダーパープルという変化の象徴があります。向日葵さんは感情の爆発力があります。空さんは声の届く力があります。杏さんは独自の感覚があります。桃霞さんは——格闘アイドルという唯一性があります」




若葉は——続けた。




「私には——何があるのか、わからなくなりました」




苺が——聞いていた。


若葉の言葉を——聞いていた。




「若葉ちゃん」




苺が——近づいた。




「自分の強みが、わからなくなった?」




「……はい」




「若葉ちゃんの強みを——私が言ってもいい?」




若葉は——頷いた。




「若葉ちゃんは——全体を見る人だよ」




「全体を見る」




「うん。誰かが迷ってる時——若葉ちゃんが全体を確認して、どこに問題があるか見つける。若葉ちゃんがいるから——七人全体が正確に動けてる」




「でも——それは、センターに立つ理由になりますか」




「なるよ」




苺は——断言した。




「全体を見る目を持つ人が——センターに立った時、七人全体が揃う。若葉ちゃんがセンターにいると——なんか、全体が引き締まる気がするの」




「気がする——というのは、感覚ですか」




「感覚だよ。でも——感覚が正しいことも、ある」




若葉は——少し、考えた。




「感覚で——判断していいんですか」




「今日は——いいと思う」




苺は——笑った。




「若葉ちゃんが「届いてる」って感じた瞬間のこと、覚えてる?横浜のリハーサルで」




若葉は——少し、目を細めた。




「……覚えています。分析より先に、感覚が来ました」




「それと——同じだよ。今日も——感覚で動いてみて」




若葉は——少し、間を置いた。




「……わかりました。やってみます」




---




九回目。




若葉のパートが——来た。


若葉は——センターに出た。


今度は——違った。




「全体を見る目」が——センターに立っていた。


七人全体が——若葉が中央にいることで、引き締まった。




エマは——スタジオの端で、その瞬間を見ていた。


タブレットに——記録していた。




「若葉さんのセンター——引き締まった。全体が揃う瞬間があった。」




書いた。




---




十回目が終わった後——




振付師が、言った。




「全員の個別の壁は——越えてきています。でも——まだ足りないものがあります」




七人が——振付師を見た。




「「全員が主役」という感覚が——まだ、バラバラです。それぞれが「自分の主役パート」をやっている。でも——「七人全員が主役」という感覚には、なっていない」




沈黙があった。




苺が——少し考えた。




「どういう状態になれば——「七人全員が主役」になりますか」




振付師が——少し考えた。




「……自分がセンターではないパートでも——主役として動いている状態だと、思います」




「センターではない時も——主役として」




「はい。センター以外のパートを——「背景」として動くのではなく。全員が、常に主役として動く」




苺は——七人を見渡した。




「……みんな、センターじゃない時、どうしてる?」




向日葵が——正直に答えた。




「なんか——控えめになってる気がする」




「控えめになる理由は」




「センターに遠慮してる。邪魔したくなくて」




苺は——頷いた。




「そこだ」




「え?」




「「邪魔したくない」という遠慮が——「全員が主役」を壊してる」




「遠慮がいけないんですか」と空が聞いた。




「遠慮じゃなくて——信頼に変えればいい」




苺は——続けた。




「センターの人を邪魔しないために控えめになる。じゃなくて——センターの人を信頼して、自分も輝き続ける。それが——「全員が主役」だと思う」




桃霞が——少し言った。




「信頼して——輝き続ける」




「そう。センターが変わっても——七人全員が、ずっと輝いてる状態。それが——この曲のテーマだと思う」




振付師が——頷いた。




「春日さんの言う通りです」




---




八月三日(月)




二週間が——経っていた。


大阪まで——二十六日。




七人が——スタジオにいた。


今日の通しが——始まった。


音楽が——流れた。




苺のパートが——始まった。


苺が——センターに立った。


女王のような立ち方だった。




だが——六人も——輝いていた。


センターではなかった。


背景でもなかった。




全員が——輝き続けていた。




苺から——若葉へ。


バトンが——渡った。


若葉が——センターに出た。


全体が——引き締まった。


六人は——若葉を信頼して、輝き続けた。




若葉から——莉恋へ。


莉恋が——センターに出た。


ラベンダーパープルとして——出た。


自分の場所として——出た。


六人は——莉恋を信頼して、輝き続けた。




莉恋から——空へ。


空が——歌いながら移動した。


声が——届いた。


六人は——空を信頼して、輝き続けた。




空から——向日葵へ。


向日葵が——センターに出た。


空の声を聴きながら——


タイミングを合わせながら——


爆発した。


六人は——向日葵を信頼して、輝き続けた。




向日葵から——杏へ。


杏が——センターに出た。


ハーモニーを——維持しながら。


感じながら——立った。


六人は——杏を信頼して、輝き続けた。




杏から——桃霞へ。


桃霞が——前に出た。


迷わなかった。


遠慮しなかった。


受け取った。


笑顔が——崩れた。


うずきながら——崩れた。


六人は——桃霞を信頼して、輝き続けた。




そして——ラストのサビ。




全員が——同時に——


センターになった。


七つの色が——


一つになった瞬間が——


来た。




---




音楽が——終わった。


スタジオが——静かになった。




振付師が——七人を見た。


しばらく——何も言わなかった。




「……できました」




静かに——言った。




「七人全員が——主役でした」




誰も——声を出さなかった。




向日葵が——少し、鼻を啜った。




「……泣くなよ」と苺が言った。




「泣いてない!!!!!!!!!!!!」




「目が赤い」




「赤くない!!!!!!!!!!!!」




「向日葵——」




莉恋が——静かに言った。




「……私も、少し来ている」




「莉恋ちゃんが言うと——許されてる気がする」




笑いが——広がった。


笑いながら——全員が少し——揺れていた。




---




エマは——スタジオの端で、見ていた。




ストップウォッチを持ったまま——


止まっていた。


タイムを——計り忘れていた。




初めてだった。


仕事を忘れて——見ていた。




タブレットを——開いた。


書こうとした。


少し——手が止まった。


それから——書いた。




「八月三日。新曲——完成した。七人全員が主役だった。」




書いた。




「タイムを——計り忘れた。」




書いた。




「それが——答えだと思う。」




書いた。


タブレットを閉じた。




スタジオの七人を——見た。




笑っていた。


泣きながら笑っていた。


七色が——今日、一つになっていた。




エマは——少し、息を吐いた。




(あの場所に——立ちたかった)




思った。


正直に——思った。




だが——




(この場所から——見ていたかった)




とも、思った。




両方が——本当だった。


どちらも——消えなかった。




消えないまま——


エマは、スタジオにいた。




---




麻衣は——廊下から、スタジオを見ていた。


ガラス越しに——七人を見ていた。


エマを——見ていた。




台帳を——開いた。


書いた。




「八月三日。新曲、完成。七人が——「全員が主役」を、体で掴んだ日。」




書いた。




「桃霞さんは——「受け取る」ことを学んだ。莉恋さんは——自分の場所を取り戻した。向日葵さんは——音で動くことを知った。若葉さんは——感覚を信じることを試みた。空さんは——向日葵さんに、声を届けた。杏さんは——感じながら立つことを続けた。苺さんは——全員に、「信頼して輝く」ことを伝えた。」




書いた。




一行、空けた。




「大阪まで——二十六日。」




書いた。




「届けに行く準備が——一つ、整った。」




書いた。


閉じた。




スタジオから——笑い声が聞こえていた。




大阪まで——あと二十六日だった。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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