第70話 七色、一つになる
七月二十四日(木) 午前
新曲の振付が——全部、来た。
振付師が——七人の前に立った。
「今日から——通しで練習します」
七人が——頷いた。
「この曲は——今までなかった構成です」
振付師は——続けた。
「センターが——目まぐるしく変わります。誰か一人を立てる曲ではない。七人全員が、同じ重さでステージに立つ曲です」
「わかりました」
苺が——代表して答えた。
「では——最初から」
音楽が——流れた。
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最初の一回が——終わった。
全員が——息を整えた。
誰も——何も言わなかった。
しばらくして——向日葵が言った。
「……難しい」
全員が——頷いた。
「難しいというより——わからない」
「何がわからないですか」
と若葉が聞いた。
「自分がセンターじゃない時、何をしていればいいか。背景になればいいのか、でも「全員が主役」ってことは背景にもなれなくて——どっちつかずになってる」
振付師が——頷いた。
「今の通り、それが最初の壁です」
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二回目の通し。
桃霞のセンターパートが——来た。
桃霞は——前に出た。
出た瞬間に——体が、ほんの少し——止まった。
止まったのは——一瞬だった。
見えないくらいの一瞬だった。
だが——振付師は見ていた。
「止めます」
音楽が——止まった。
「桃霞さん——センターに出る瞬間、迷いがありました」
「……はい」
桃霞は——正直に答えた。
「どんな迷いですか」
桃霞は——少し考えた。
「……出ていいのかと、思いました」
「センターに出ることへの迷いですか」
「……前のパートまで、若葉さんがセンターでした。そこから前に出る瞬間に——「奪ってしまう」という感覚が、来ました」
振付師が——少し頷いた。
「なるほど。それが——桃霞さんの壁ですね」
苺が——桃霞を見た。
「桃霞ちゃん——センターを「奪う」じゃなくて「受け取る」って考えてみて」
「受け取る——」
「若葉ちゃんが——渡してくれる。バトンみたいに。だから——遠慮しなくていい」
若葉が——頷いた。
「私のパートが終わる瞬間——桃霞さんに渡すつもりで動きます。だから——出てきてください」
桃霞は——少し、間を置いた。
「……わかりました」
「もう一度」
振付師が言った。
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三回目。
若葉のパートが——終わった。
若葉が——桃霞の方を、見た。
一瞬だけ——見た。
「渡す」という目だった。
桃霞は——その目を受け取って——
前に出た。
止まらなかった。
「……良かったです」
振付師が言った。
桃霞は——少し、息を吐いた。
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四回目の通し。
莉恋のセンターパートが——来た。
莉恋は——前に出た。
完璧だった。
動きが——完璧だった。
だが——
振付師が止めた。
「莉恋さん——動きは正確です。でも——」
「でも?」
「「主役」という感じが、しないんです」
莉恋は——少し黙った。
「完璧な動きで——センターに立っている。でも——「ここは自分の場所だ」という感じが、薄い」
莉恋は——鏡の中の自分を見た。
「完成されたアイドルとして——七人の中の一人として、立ってきました」
「そうですね」
「センターというポジションが——自分のものだと、思えないんです」
振付師が——少し、間を置いた。
苺が——莉恋に近づいた。
「莉恋ちゃん」
「はい」
「ラベンダーパープルになった夜——覚えてる?」
莉恋は——少し、間を置いた。
「……覚えています」
「あの夜——莉恋ちゃんはセンターだった。ラベンダーパープルで、一万七千人の前に立った。あれは——莉恋ちゃんにしかできなかった場面だった」
莉恋は——少し、目が揺れた。
「この曲のセンターも——莉恋ちゃんにしかできない。ラベンダーパープルになった莉恋ちゃんにしかできない。そう思って、立ってみて」
莉恋は——少し、鏡を見た。
「……ラベンダーパープルとして」
「うん」
「自分の場所として」
「そうだよ」
莉恋は——もう一度、前を向いた。
「もう一度——お願いします」
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五回目。
莉恋のパートが——来た。
莉恋は——前に出た。
今度は——違った。
「主役」という感じが——あった。
ラベンダーパープルとして立っている感じが——あった。
振付師が——頷いた。
何も言わなかった。
頷くだけで——十分だった。
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六回目の通し。
向日葵のパートが——来た。
向日葵は——全力で動いた。
だが——
少し——遅れた。
センターに出るタイミングが——半拍、遅かった。
「向日葵さん——テンポが」
「わかってます!!!!!!!!」
向日葵が——先に言った。
「わかってるんですけど——」
「何がありますか」
向日葵は——少し床を見た。
「この曲——テンポが速くて。私、速い曲は得意なんですけど——センターが変わる瞬間の切り替えが、体に入ってないんです」
「もう少し——詳しく」
「普段の曲は——自分のテンポで動ける。でもこの曲は——七人のテンポで動かないといけない。自分のテンポと七人のテンポが——ずれてる感じがして」
振付師が——考えた。
空が——向日葵に言った。
「向日葵さん——私の声を聞きながら、動いてみてください」
「空ちゃんの声?」
「はい。このパート——私が歌いながら動きます。私の声のタイミングに合わせて、向日葵さんが動く。そうすると——七人のテンポを体感しやすいかもしれません」
向日葵は——少し考えた。
「やってみる」
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七回目。
空が——声を出しながら動いた。
向日葵は——空の声を聞きながら動いた。
センターに出るタイミングが——合った。
「……合った!!!!!!!!!!!!!!!」
向日葵が——叫んだ。
「合いました!!!!!!!!!!!!!!!」
スタジオに——笑いが広がった。
「空ちゃん、ありがとう!!!!!!!!!!」
「どういたしまして」
空は——静かに言った。
「向日葵さんは——音を感じながら動く方が、合っているんだと思います」
「そうかも!!!!!!!!!!私、音を体で受けるタイプだから!!!!!!!!!」
「なら——今後も、音を聴きながら、タイミングを計ると良いかもしれません」
「メモする!!!!!!!!!!」
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八回目の通し。
若葉のパートが——来た。
若葉は——センターに出た。
動きは——正確だった。
フォーメーションも——正しかった。
だが——
通しが終わった後——
若葉が一人だけ——残っていた。
みんなが水を飲んでいる間——
若葉は——フォーメーション図を見ていた。
麻衣が——気づいた。
「若葉さん」
「はい」
「どうかしましたか」
若葉は——少し、間を置いた。
「……一つ、確認したいことがあります」
「なんですか」
「私がセンターになる構成——本当に、正しいですか」
麻衣は——少し驚いた。
「正しい、というのは」
「七人の中で——私がセンターに立つことへの、根拠です」
「根拠?」
「苺さんはリーダーとしての存在感があります。莉恋さんはラベンダーパープルという変化の象徴があります。向日葵さんは感情の爆発力があります。空さんは声の届く力があります。杏さんは独自の感覚があります。桃霞さんは——格闘アイドルという唯一性があります」
若葉は——続けた。
「私には——何があるのか、わからなくなりました」
苺が——聞いていた。
若葉の言葉を——聞いていた。
「若葉ちゃん」
苺が——近づいた。
「自分の強みが、わからなくなった?」
「……はい」
「若葉ちゃんの強みを——私が言ってもいい?」
若葉は——頷いた。
「若葉ちゃんは——全体を見る人だよ」
「全体を見る」
「うん。誰かが迷ってる時——若葉ちゃんが全体を確認して、どこに問題があるか見つける。若葉ちゃんがいるから——七人全体が正確に動けてる」
「でも——それは、センターに立つ理由になりますか」
「なるよ」
苺は——断言した。
「全体を見る目を持つ人が——センターに立った時、七人全体が揃う。若葉ちゃんがセンターにいると——なんか、全体が引き締まる気がするの」
「気がする——というのは、感覚ですか」
「感覚だよ。でも——感覚が正しいことも、ある」
若葉は——少し、考えた。
「感覚で——判断していいんですか」
「今日は——いいと思う」
苺は——笑った。
「若葉ちゃんが「届いてる」って感じた瞬間のこと、覚えてる?横浜のリハーサルで」
若葉は——少し、目を細めた。
「……覚えています。分析より先に、感覚が来ました」
「それと——同じだよ。今日も——感覚で動いてみて」
若葉は——少し、間を置いた。
「……わかりました。やってみます」
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九回目。
若葉のパートが——来た。
若葉は——センターに出た。
今度は——違った。
「全体を見る目」が——センターに立っていた。
七人全体が——若葉が中央にいることで、引き締まった。
エマは——スタジオの端で、その瞬間を見ていた。
タブレットに——記録していた。
「若葉さんのセンター——引き締まった。全体が揃う瞬間があった。」
書いた。
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十回目が終わった後——
振付師が、言った。
「全員の個別の壁は——越えてきています。でも——まだ足りないものがあります」
七人が——振付師を見た。
「「全員が主役」という感覚が——まだ、バラバラです。それぞれが「自分の主役パート」をやっている。でも——「七人全員が主役」という感覚には、なっていない」
沈黙があった。
苺が——少し考えた。
「どういう状態になれば——「七人全員が主役」になりますか」
振付師が——少し考えた。
「……自分がセンターではないパートでも——主役として動いている状態だと、思います」
「センターではない時も——主役として」
「はい。センター以外のパートを——「背景」として動くのではなく。全員が、常に主役として動く」
苺は——七人を見渡した。
「……みんな、センターじゃない時、どうしてる?」
向日葵が——正直に答えた。
「なんか——控えめになってる気がする」
「控えめになる理由は」
「センターに遠慮してる。邪魔したくなくて」
苺は——頷いた。
「そこだ」
「え?」
「「邪魔したくない」という遠慮が——「全員が主役」を壊してる」
「遠慮がいけないんですか」と空が聞いた。
「遠慮じゃなくて——信頼に変えればいい」
苺は——続けた。
「センターの人を邪魔しないために控えめになる。じゃなくて——センターの人を信頼して、自分も輝き続ける。それが——「全員が主役」だと思う」
桃霞が——少し言った。
「信頼して——輝き続ける」
「そう。センターが変わっても——七人全員が、ずっと輝いてる状態。それが——この曲のテーマだと思う」
振付師が——頷いた。
「春日さんの言う通りです」
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八月三日(月)
二週間が——経っていた。
大阪まで——二十六日。
七人が——スタジオにいた。
今日の通しが——始まった。
音楽が——流れた。
苺のパートが——始まった。
苺が——センターに立った。
女王のような立ち方だった。
だが——六人も——輝いていた。
センターではなかった。
背景でもなかった。
全員が——輝き続けていた。
苺から——若葉へ。
バトンが——渡った。
若葉が——センターに出た。
全体が——引き締まった。
六人は——若葉を信頼して、輝き続けた。
若葉から——莉恋へ。
莉恋が——センターに出た。
ラベンダーパープルとして——出た。
自分の場所として——出た。
六人は——莉恋を信頼して、輝き続けた。
莉恋から——空へ。
空が——歌いながら移動した。
声が——届いた。
六人は——空を信頼して、輝き続けた。
空から——向日葵へ。
向日葵が——センターに出た。
空の声を聴きながら——
タイミングを合わせながら——
爆発した。
六人は——向日葵を信頼して、輝き続けた。
向日葵から——杏へ。
杏が——センターに出た。
ハーモニーを——維持しながら。
感じながら——立った。
六人は——杏を信頼して、輝き続けた。
杏から——桃霞へ。
桃霞が——前に出た。
迷わなかった。
遠慮しなかった。
受け取った。
笑顔が——崩れた。
うずきながら——崩れた。
六人は——桃霞を信頼して、輝き続けた。
そして——ラストのサビ。
全員が——同時に——
センターになった。
七つの色が——
一つになった瞬間が——
来た。
---
音楽が——終わった。
スタジオが——静かになった。
振付師が——七人を見た。
しばらく——何も言わなかった。
「……できました」
静かに——言った。
「七人全員が——主役でした」
誰も——声を出さなかった。
向日葵が——少し、鼻を啜った。
「……泣くなよ」と苺が言った。
「泣いてない!!!!!!!!!!!!」
「目が赤い」
「赤くない!!!!!!!!!!!!」
「向日葵——」
莉恋が——静かに言った。
「……私も、少し来ている」
「莉恋ちゃんが言うと——許されてる気がする」
笑いが——広がった。
笑いながら——全員が少し——揺れていた。
---
エマは——スタジオの端で、見ていた。
ストップウォッチを持ったまま——
止まっていた。
タイムを——計り忘れていた。
初めてだった。
仕事を忘れて——見ていた。
タブレットを——開いた。
書こうとした。
少し——手が止まった。
それから——書いた。
「八月三日。新曲——完成した。七人全員が主役だった。」
書いた。
「タイムを——計り忘れた。」
書いた。
「それが——答えだと思う。」
書いた。
タブレットを閉じた。
スタジオの七人を——見た。
笑っていた。
泣きながら笑っていた。
七色が——今日、一つになっていた。
エマは——少し、息を吐いた。
(あの場所に——立ちたかった)
思った。
正直に——思った。
だが——
(この場所から——見ていたかった)
とも、思った。
両方が——本当だった。
どちらも——消えなかった。
消えないまま——
エマは、スタジオにいた。
---
麻衣は——廊下から、スタジオを見ていた。
ガラス越しに——七人を見ていた。
エマを——見ていた。
台帳を——開いた。
書いた。
「八月三日。新曲、完成。七人が——「全員が主役」を、体で掴んだ日。」
書いた。
「桃霞さんは——「受け取る」ことを学んだ。莉恋さんは——自分の場所を取り戻した。向日葵さんは——音で動くことを知った。若葉さんは——感覚を信じることを試みた。空さんは——向日葵さんに、声を届けた。杏さんは——感じながら立つことを続けた。苺さんは——全員に、「信頼して輝く」ことを伝えた。」
書いた。
一行、空けた。
「大阪まで——二十六日。」
書いた。
「届けに行く準備が——一つ、整った。」
書いた。
閉じた。
スタジオから——笑い声が聞こえていた。
大阪まで——あと二十六日だった。
つづく…
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