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このアイドル、どこかおかしい。一人だけ、笑っていない。  作者: Nagiousen


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第69話 七色と、もう一色

七月二十三日(水) 午前九時十分




更衣室に——七人が、揃っていた。


リハーサル前の——着替えの時間だった。




誰かが話していた。


誰かが笑っていた。


いつもの朝だった。




若葉が——ロッカーを開けながら、言った。




「朝比奈エマさん——」




独り言のような声だった。


だが——更衣室に、広がった。




「どこかで聞いた名前だと、思っていましたが」




若葉は——少し、間を置いた。




「思い出しました」




杏が——振り返った。




「え、誰?」




「オーディションで——桃霞さんと、最後まで残った人です」




更衣室が——少し、静かになった。




杏が——桃霞を見た。




「そうなの、桃霞?」




桃霞は——着替えながら、答えた。




「はい」




短く——答えた。


それだけだった。




向日葵が——大きな声を出した。




「どうりで——きれいなはずだ」




全員が——向日葵を見た。




「私よりかわいい」




「向日葵——」




苺が——少し、呆れた顔をした。




「そういう話じゃないでしょ」




「でも、本当のことだよ。昨日、隣で見てたけど——あのスタイルはずるいって、思った」




「ずるいって——」




「身長も高いし、顔もきれいだし、仕事もできるし——なんなの」




「向日葵」




「嫌いじゃないよ。むしろ——なんか、好きになりそうで、怖い」




苺は——少し笑った。




「素直だね」




「素直なんじゃなくて、本当のことを言ってるだけ」




空が——ロッカーを閉めながら、言った。




「なぜ——スタッフに、なったんですか」




部屋が——少し、静かになった。


誰も——すぐには、答えなかった。


空は——続けた。




「最後まで残った人が——なぜステージではなく、スタッフ側に」




誰も——答えられなかった。




桃霞は——少し、間を置いた。




「……本人に、聞いていません」




「聞けなかったですか」




「……聞きませんでした」




それだけだった。




苺が——上着を羽織りながら、言った。




「冴子さんの考えることよ」




全員が——苺を見た。




「必ず——意味がある」




断言だった。


確信がある声だった。




若葉が——少し、頷いた。




「九条さんが——声をかけて、スタッフにしたということですか」




「たぶん、そうだと思う。オーディションで——惜しくも選ばれなかった子を、別の形で残す。それが——冴子さんのやり方だと思う」




「別の形で残す——」




「ゆめいろシフォンの近くに、置いておく。何かの理由があって」




杏が——少し、言った。




「匂いが——昨日、変わったしね」




「え?」




 と向日葵が聞いた。




「エマさんが来てから——スタジオの匂いが、少し変わった」




「どう変わりましたか」




 と若葉が聞いた。




「……広くなった気がする。今まで七人分だったものが——八人分になった、みたいな」




部屋が——少し、静かになった。




莉恋が——鏡の前で髪を整えながら——


静かに言った。




「八人目のメンバー」




全員が——莉恋を見た。




「……莉恋ちゃん」




苺が——少し、驚いた顔をした。




「ごめんなさい——忘れて」




莉恋は——鏡を見たまま、言った。




若葉が——少し、考えた。




「スタッフから——メンバーへ、ということですか」




「冴子さんは——そこまで考えているかもしれません」




「……すごいな、九条さん」




若葉は——少し、呟いた。




「計算が——遠い」




向日葵が——急に、声を上げた。




「うそ」




全員が——向日葵を見た。


向日葵は——少し、深刻な顔をしていた。




「私の人気が——ますます下がる」




部屋に——笑いが、広がった。




「向日葵!!!!!!」




苺が——笑いながら言った。




「そこ!?そこが心配なの!?」




「だって——私より可愛い子が、スタジオにいるんだよ?ファンが、そっち行くじゃん」




「向日葵の魅力は——可愛さだけじゃないでしょ」




「私の武器は可愛さと元気だよ。可愛さが——あの子に勝てないとなると、元気だけで戦うの?」




「元気で——十分じゃないですか」




と空が、少し笑いながら言った。




「元気だけで、全国を戦えるか!!!!!!!!」




「戦えると思います」




 と若葉が、真顔で言った。




「若葉ちゃんが真顔で言うから——余計に傷つく!」




「傷つけるつもりはありませんでした。向日葵さんの元気は——本物の武器だと思っているので」




「それは——ありがとう」




向日葵は——少し、落ち着いた。




「まあ——でも、いい子そうだったし。仲良くなれそうだし」




「さっきまで人気が下がるって、言ってたのに」




「両方、本当のことだよ。いい子だと思うし——可愛いのが羨ましいとも思う」




苺は——少し笑った。




「向日葵って——正直だよね」




「正直なのは——当然でしょ。思ったことを言わないと、気持ち悪い」




桃霞は——着替えを終えて、ロッカーを閉めた。




更衣室の会話を——聞いていた。


七人の反応が——それぞれだった。




若葉が——名前を思い出した。


杏が——匂いの変化を感じていた。


向日葵が——正直に、感じたことを言った。


空が——理由を聞いた。


苺が——九条の意図を考えた。


莉恋が——「八人目のメンバー」と言った。




全員が——エマのことを、受け取っていた。


それぞれの方法で。




桃霞は——少し、考えた。




(エマさんは——この七人のことを、どう思っているだろう)




昨日のスタジオでの会話が——思い出された。




「スタッフとして——支えます」




エマが、笑いながら言った言葉が。




「……お願いします」




と——桃霞は、返した言葉が。




あの瞬間に——


ライバル、という感覚が——消えた。


消えて——


別の何かに、なった。


名前はまだ——つけられなかった。




だが——


桃霞の中に、あった。




苺が——言った。




「さあ——リハーサルするよ。エマさんも来るから、しっかりやらないと」




「プロに見られる感じがして——緊張する」




向日葵が——言った。




「プロじゃないよ、同い年でしょ」




「私はひとつ下——あのオーラは、プロだよ」




空が——少し、笑った。




「向日葵さん——本当にエマさんのことが、気になってますね」




「気になってるのは——好奇心」




「……なるほど」




「好奇心の方だから、仲良くなりたいと思ってる」




苺は——向日葵を見た。




「じゃあ——仲良くなれば?」




「なる。絶対なる。向日葵ガールズを作る」




「向日葵ガールズって、何」




「私のファンクラブ」




「エマさんに、それをやらせるの?」




「いや——まずは仲間として仲良くなって——いずれ、ファンになってもらう」




「順番が変」




「変じゃないよ、正しい順番だよ」




笑いが——更衣室に広がった。




更衣室のドアが——開いた。


全員が——出ていった。


リハーサルへ——向かっていった。




廊下の先に——


スタジオのドアが見えた。




ドアの前に——


エマが立っていた。




フォーメーション図を持って。


ストップウォッチを持って。


七人が来るのを——待っていた。




向日葵が——エマを見た。




「エマさん!!!!!!!おはようございます!!!!!!!!」




エマが——少し驚いた顔をした。




「おはようございます、橘さん。元気ですね」




「向日葵でいいって、昨日言いましたよ!!!!!!!」




「……向日葵さん」




「もう一声!!!!!!」




「……向日葵」




「よし!!!!!!!!!!ありがとう!!!!!!!!!!」




エマは——少し笑った。


七人が——スタジオに入っていった。


エマも——入っていった。




麻衣は——廊下の奥から、その様子を見ていた。


タブレットを持ったまま——見ていた。


書く必要はなかった。


ただ——見ていた。




八人が——スタジオのドアの中に、消えていった。


七色と——もう一色が。


ドアが——閉まった。




麻衣は——タブレットを開いた。


書いた。




「七月二十三日朝。更衣室でメンバーたちが、エマさんのことを話していた。向日葵さんが「私よりかわいい」と言った。莉恋さんが「八人目のメンバー」と言った。苺さんが「冴子さんの考えることに意味がある」と言った。」




書いた。




「全員が——それぞれの方法で、エマさんを受け取っていた。」




書いた。


一行、空けた。




「八人が——今日も、同じスタジオにいる。」




書いた。




閉じた。





つづく…




▼登場人物のイラストをpixivで公開中


https://www.pixiv.net/artworks/144793121

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